最適な家族なんて存在しない【第10話】マザーハッカー
フリーライター・早島チサ43才、独身。政府主催の親子マッチングプロジェクトに不正があると疑い、参加することで真偽を確かめようとした。「親」としての役割が振り分けられ、17才の少年との共同生活がはじまる……はずだったが、そうはならなかった。
なぜなら「息子」として指定され、「家」で待つ保取コウジは、もうすぐ還暦を迎える男だから。
似た者同士だからの齟齬。
一人目は老婆だった。
最初から人を頼んでシステムの解析などのハッキング作業をさせたが、一回目はデータをいじらずに申し込んだ。「家」の住所を書き替えるのもなく、コウジは前もって指定された空き家に行って待っていた——自前のコーヒー器具持参で。
捨てた母と同世代の老婆は、室内に入った途端に空気が湿っていると言い出す。淹れてあげたコーヒーがにがいとか、水がほしいとか、やはりお茶にしようかとか注文ばかりつけてきて、しまいに亡くなった息子のできの良さをアピールしはじめ、世話する自分に説教をかましてきた——本人は親切に礼儀作法を教えようとしたかもしれないが、己の無礼も気付かれないと話にならん。
こんなのいらない。
うまく言いくるめて——無理なく怒らせて、スタートキット一式に入った親子関係解除届に実印を押して署名をもらい、「家」から出てはすぐ区役所へ直行して提出した。
お試し期間の三ヶ月内では、マッチングされた親子間の各種名義や年金、保険などについて変更があったとしても仮なので、双方の署名捺印の入った届を一通出せば、遅くても一週間ですべて元通りにできる。
次に行こう。
ババアはその後どうなったのが知らん。
二人目の時から誕生年をいじった。最初は控えめに40才にした。すると自分と同年代の女が来た。若い頃には旦那の浮気を許せなくて離婚し、娘は20代前半で海外に嫁ぎ、それからほとんど連絡してこなくてさびしいなどと言っていた。黙っていると子育ての苦労話を延々と聞かされ、相づちしたら「子供を生んだことないあなたにはわからないと思いますが」と何回もはさんできた。必要なのは息子ではなく、口が上手いホストじゃないかと言ってやったら、すぐ解除届に署名捺印をしてくれた。
子持ちだったババアの相手ではさすがにしんどいと、誕生年を一気にかさ上げてみた。17才という、顔合わせをすればひと目でウソだとわかる年齢にした。いちいちコーヒー器具を持って指定された「家」に出向くのも嫌気がさしてきたので、事前に少し手間かかるが、マッチングした女を仕事部屋に来させるようにとの細工はコウジが考案し、実行してきた。
三人目はとにかくさわがしかった。玄関で顔合わせてからぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあと喚き散らし、何言ってるのがわからなかった。大丈夫ですかと話かけるコウジをよそに、部屋に入ってすぐ解除届を乱暴に差し出してきた。四人目は不妊症の女で、やさしかった夫からは何回も引き止めてくれたが、迷惑をかけたくないと協議離婚をしたという。それでも子供がほしかったから、マッチングプロジェクトに申し込んだ——でもいきなり保取さんのような息子を持つなんて考えられない。と、泣きながら言っていた。
五人目と六人目は最近のことだが、詳細はよく覚えていない。このへんでもはやルーティン作業の感じだった。
どいつもこいつも、入ってきた女は誰もが自分の話ばかり——コウジには目をくれず、自分だけを見ている。
こっちから願い下げた。
七人目のこの女。雑誌付録らしきトートを肩にかけ、大きなトランク一つで入ってきた。43才にしては幼い、もっと精確に言うと幼稚な感じ。女よりも、私立学校に通う少年のような雰囲気をまとい、声もしゃべり方も中性的で——化粧気もなく、正直ひと目では性別が判断しづらかった。
大人にも子供にも見えて、年齢不詳に性別不詳だけど、初めてコウジより先に自己紹介してきて、初めて渡されたコーヒーに対して礼を言ってきた、変わり者の女。
綿貫サブローの話をされたのが初めてだ。少しだけなら、話に付き合ってやってもいいと思えたのも初めてだ。まっすぐに見つめてくる、単純そうな娘さんだなと思ったら、いきなり「親になります」などとぶっとんだ話をふっかけてきて、頭のおかしな女。
やっぱ頭がおかしいんだよな、自分をまっすぐに見つめてくれる女って。きっとまともじゃない。
まっすぐに見つめてくる。まるで人を見透かすように——見てきやがって。
見るな。
◇
「ごめんなさい。遊び半分で荒らしのような真似をして申し訳ありませんでした。反省します。もうしません。しょうもないおっさんで本当にすみませんでした。ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません。勘弁してください。これ以上また貴重なお時間を取ってしまうのも実にしのびないので、どうぞこちらの関係解除届に印鑑とサインをしていただき、今日はこれにてお引き取りください」
「遊び半分……ふむ」
チサは差し出された解除届用紙を一瞥し、またコウジのほうに向き直って、その目を深くのぞき込むように。
「保取さんはゲーム評論家だから、詳しく説明しなくてもご存知だと思いますが……えっと、ゲームの本質、リスクとリターンの話。あるいはリワード」
ゲームはどうでもいいから用紙を見てみろよ——この流れでゲームの本質に持っていくのは唐突すぎないか? 日本語が理解できないか? この女は普段でもこんな感じでしゃべるのか? これで知人や友人との会話が成立するの? ついていける人はいるのか? マジでヤバくないか?
コウジの胸中には疑問だけよぎる。
「極論だとも言われますが、『ゲームの本質はリスクを冒してリターンを得ること』と、カービィの人……名前を忘れましたが、言いました。リスクを冒してこそリターンが得られる、というのが真であれば、逆に言うと……保取さんにとってのリターンは何なのかは知らないけど、リターンを狙ってこのゲームに参加した以上、リスクは付き物です」
「ご自身がリスクだというのですか」
「そうですね。最大のリスクを抱えさせながら、最大のリターンをもたらせる存在……いや、『状態』を作り出す『きっかけ』にすぎないかも、かな。うーん。例えば」
15秒ほどの間を置いて、チサは再び口を開いた。
「名古屋撃ち的な?」
反射神経がダメなので自分じゃ全くできないけどね、できる人ってすごいですね——とも付け加えて。
同情するなら金をくr……あ。いいえ、なんでもないです。ごめんなさいご随意にどうぞ。ありがとうございます。