最適な家族なんて存在しない【第9話】 ソフトリブート
フリーライター・早島チサ43才、独身。政府主催の親子マッチングプロジェクトに不正があると疑い、参加することで真偽を確かめようとした。「親」としての役割が振り分けられ、17才の少年との共同生活がはじまる……はずだったが、そうはならなかった。
なぜなら「息子」として指定され、「家」で待つ保取コウジは、もうすぐ還暦を迎える男だから。
壊れて、入れ替われる。
さすが大先輩——綿貫サブローこと保取コウジは評論家として、ゲームや映画制作畑で活躍する業界人の取材を長年こなしてきたからか、いつの間にか聞き手に回ってきて、どっちがどっちに取材しているのがわからなくなった。
しかも、ピンポイントに自分も一番ひっかかるところから聞いてくる。
——「しあわせ家族」ってなんだ。
——知るか。
若さなら愛なら知ってるけど——頭の中にはなぜか『宇宙刑事ギャバン』の主題歌が流れてきた。2012年の海賊戦隊とのコラボ映画は本当によかったなぁと、ほんの少しだけ現実逃避してみるチサ——この話題をかわせるのか。
かわせない。現実は非情である。
「強いて言うならば……生物的な血縁か、財産継承のつながりで形成する集団の一員として、その役割を果たすことで長時間かつ一定的な満足感の得られる上に、ほかのメンバーの存在及びパフォーマンスに対しても満足している、そんな構成員たちが維持している、状態……ではないでしょうか」
「ほぅ」
予想外の返答に、コウジは少しだけ驚いた様子を見せた。それから首をかしげてピエロの笑顔。
「やはり変わってますね、早島さんって」
「なるほど……」
コウジの反応を気にもせず、チサは独り言のように続ける。
「解析方法に問題なくても、たとえ膨大な『組み合わせ』をデータにしてインプット、そこから『組み合わせの共通ルール』を見い出せるとして、本当にほしいのが『状態』だから、変動するから……『フォーマット』が合わないんだ……」
幻影はいくら分析しても存在しない——でも影は作り出せる。
「あああっ! なるほど! そうか……わかった、わかったよ綿貫さん」
「な、なにが……なにがわかったと言いたいですか」
「目的……用途がわかった気がした」
◇
「用途?」
わからない。
「つまり、深層強化学習の応用。AIが自ら試行錯誤により学習データを、生成……としたら、アルゴリズムで、エゴリズムの組み合わせを……あ」
今度はチサがシャットダウン——バッテリー切れた機械人形のように、コウジを見つめて、動かない。
さっぱりわからない。
なぜか少しは気の許せる変わった女だと思ったら、これはこれは誠に変な女だった——自分のやっていることが狂気の沙汰だという自覚はあるが、この女も下手すると正気ではないかも。
心底から湧き起こる不安と動揺を、コウジはなんとか表情に反映しないように抑えた。
ここは落ち着いて、紳士的に対応しよう。
「早島さ……早島さん? 大丈夫ですか?」
「不思議ですね、綿貫さんと話したら、迷いがふっと晴れるんだよ……すごいです! すごいですよ綿貫さん」
「いや、ぼくはなにもしていませんが」
「そうですけど……そうですね。うん。そうですね。お腹が空きました」
「は?」
「機内食を食べてなくて、羽田からそのままここにきたから、お腹が空きました。これから料理を作って食べます。台所をお借り……いや、台所を使います」
チサはさっと立ち上がり、つかつかと冷蔵庫に向かった。
ちょっと待て——今まで冷静を保ってきたコウジも、チサの意表を突かれた行動を見てさすがに慌て出した。しかしこのまたもやの急カーブに振り回され、立ち上げるタイミングも掴めず、ただ振り向くのが精いっぱい。
パッパッと冷蔵庫の扉が開かれた。冷蔵室にはお酒とお茶とチョコレート、冷凍室には氷とジップロックと小型コンテナ。整理整頓されているが、どれも大量に置いてあって、冷蔵室も冷凍室も満杯の状態。
数秒の凝視ののち、チサはそっと冷蔵庫の扉を閉じて、コウジのほうに向けて口を開いた。
「食材ありませんね」
「当たり前じゃないですか。ここはぼくの仕事部屋ですよ」
「今日から『家』です」
「え?」
「親子マッチング結果通知書に載っているのでしょう。ここが私たちの『家』、私たちは『家族』、私が綿貫さん……いや、こぅ……いや、保取さんの『親』になります」
狂ってる。
七人目にして実にイカれたのを送り込んできやがった——怒りとも驚きともつかない、ただひたすらやり場のない感情が、コウジをその場でフリーズさせてしまった。