虫たちの午後 2
文:谷口江里也
画:海藤春樹
©️Elia Taniguchi & Haruki Kaito
君がもし
自分のことを嫌いになりそうになったら
とりあえず、この虫たちを見てほしい
そして、君がもし
誰かを好きになったら
いつかどこかで、この虫たちを思い出してほしい
ヒトはいろいろ
ムシもいろいろ
それぞれみんな一つの命
それぞれみんな一つの心
目次
1:進化虫
2:月食い虫
3:星かつぎ虫
4:ヒラヒラ夜虫
5:戦闘虫
6:おとと虫
1 進化虫
空を飛ぼうとした虫がいた
海を渡ろうとした虫がいた
土深く潜もうとした虫がいた
みんな死んでしまった
風になろうとした虫がいた
水になろうとした虫がいた
石になろうとした虫がいた
みんな死んでしまった
そこである虫が
今度は火になってやろうと決意したが
やっぱり死んでしまった
虫族三十億年の流れを超えて再び
空を翔けようとした虫がいた
海を行こうとした虫がいた
土にも水にも、風にも木にも
星になろうとした虫すらいたが
みんなみんな死んでしまった
こうして虫族はすっかり死に絶えたと
私が手にするものの本に書いてある
とすると、私の部屋の向こうの方で
正座をする私をしりめに寝そべって
本をニタニタ読んでいるあの虫はなんだ
おまけにあいつは、本をニタニタ読むばかりか
読んだ端からムシャムシャ食べている
つまりあやつは
本を二重に楽しんでいるという訳だ
あんまりシャクにさわったので私が
おい本は寝そべって読むもんじゃないぜ、と注意すると
虫が言った
君は言葉使いが悪いね
思いもよらぬ虫の言葉にうろたえて私が一瞬言葉をなくすと
私の動揺を見透かしたかのように虫が言った
言葉は大切にしなくちゃね、それに生きていく上で何が大事かも
それを聞いた私の頭は熱湯になった
思わず読んでいた本を投げつけて
それがつまりは本を食うということか!と私が怒鳴ると
虫は飛んできた本をヒラリと避けて
何故か急にしみじみとした口調で言った
なるほどね、やっぱりね
そうなんだ・・・・・
そして虫は、良かった。これでまた一つわかった
と一言つぶやいたかと思うと
私が見ている目の前で
スッと一筋の美しい色の煙となって
宙に消えた
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