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鏡の向こうのつづれ織り 1

詩&写真 谷口江里也
©️Elia Taniguchi

目次
1:天使の街が生まれる時
2:真一文字の大地の傷
3:不思議な境界としての扉
4:世界を伝達する媒体(メディア)としての象徴(シンボル)
5:封印された憧憬(あこがれ)
6:某年某月某日


1 天使の街が生まれる時

01-1:溺れかかった天使(87)**

天使も時には失速し、あるいは飛び損ねることがあるだろう。
先日、溺れかかった天使を見た。
天使は虚空に助けを求めており
私はその悲鳴のようなものを
一瞬、たしかに聴いたような気がした。
そしてそのとき、ふと思ったのだ。
天使とは、その在りようとは、なんとはかなく
そして過酷なものだろうかと……

天と地、二つの全く異なる空間を飛び交う天使は
神でも人でもなく、性別すら定かではなく
いわばその両方の意思をとりもつ使者である。
神と共にあってはその意を解し
人と共にあってはその思いを汲む。

しかし
神の言葉がそのまま人に伝わるわけはなく
人の言葉もまた容易には遥かな天に届きはしない。
かくして天使の役割は
天と地、あるいは虚と実といった
本質的に異なる位相を繋ぎとめる
媒体(メディア)として働くことにある。
天使の役割の過酷さは
この言語の変換という高度な作業を
まるで当然のようにやり遂げることにあり
そしてそのはかなさは
全ての媒体がそうであるように
もし伝えるべき何かがなければ
その役割そのものが存在しないことである。

ところで天使はどこに住むのか……
神は天に人は地に
しかし天使はそれでは、どこに住むのか。
考えて見れば
天使が本質的にメッセンジャーである限り
天使の居場所は
ほんの束の間、天と地に架かる虹のたもとのように脆い。

天使は常に、ここからむこうへと、なにかを託され
その他者の意思とでもいうべきラインにそって飛ぶために
自らに固有の在りようというものを持たないからである。
だからもし、天使たちの住む街というものがあり得るとすれば
出来得るとすれば
それは無数の目には見えないラインの拘束から
つまりは役割から解き放たれあるいは脱落した天使が
そこやかしこに出没し始める時だろう。

その時
彼等は一様に、ある種の戸惑いをみせる。
なによりも、なにかを運ぶために不可欠なものとして
あたりまえのように自らの背に付いている翼の
その力の不思議さに……
そして初めて自らの意思で飛ぶことを決意した天使たちは
しばし至福の飛翔を続けた後、やがて
この世でもあの世でもない奇妙な空間を彷徨いながら
ふと途方に暮れる。
何処へ……?

常にどこかへ向かって飛び続けて来た天使の
それは哀しい性と言ってよい。
ただ、そんなとまどいの中から
翼が風を切る音の中から、やがて
天使にとっての
もう一つの夢が姿を現す。

01-2:天使の街(87)**

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