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鏡の向こうのつづれ織り 2

詩&写真 谷口江里也
©️Elia Taniguchi

目次
1:ハーメルンの笛の音
2:豊饒の海のなかの生命
3:類いまれな神
4:夢色の光
5:空の記憶
6:夜の街の鐘


1 ハーメルンの笛の音

07-1:富戸の樹-5:2007:0322**

ハーメルンの笛の音が
どこからともなく聞こえてきた朝に
茶色の革で縁取りされたブーツを履いて外に出た。
確かグレーのコートを羽織って……

とそこまでは
何とは無しにおぼえている。
問題はただ
それがはたして現実だったのかどうか…?

ハーメルンの笛の音が
どこからともなく聞こえてきた朝に
白いベンチが両側に
二つ並んだ木立を抜けた。

スカイブルーの煙草の箱を
何とは無しに踏んでみた。
そのとき一瞬
ふっと場面が変わったような……

問題はただ
それがはたして夢だったのかどうか…?

たしかなことは
笛の音が遠いところから流れてきて
私がそれにつられて外に出たということだ。
それがほんとうの
笛の音であったにせよ
なかったにせよ……

むかしむかし
千の色の服を着た一人の見知らぬ笛吹の
たった一本の笛の音で
街を困らすネズミどもが河へ河へと誘い出されて
一匹残らず退治されたという話。
ちゃんと約束をしたはずなのに村人が
笛吹へのお礼を出し渋ったという話。
一銭もあげなかったという話。
そのせいで
千の色の服を着た一人の不思議な笛吹の吹く
たった一本の笛の音につられて
村の子供という子供がぞろぞろと
笛吹の後を付いて行ってしまったという話。
笛の音をかき消すために
村人は鐘や太鼓で騒いだが
それでも笛の音は
どんなところにいても
どんな子供の耳にも聴こえてしまったという話。

そうして村の明日を担うはずの
二百三十一人の村の子供が一人残らず
いなくなったという話。

ハーメルンの笛の音が
どこからともなく聞こえてきた朝に
どこかでだれかが
赤いシューズの紐を結んで外に出た。
ウールのマフラーをくるりと巻いて
ビルの谷間のタイルの舗道を
音も立てずに渡っていった。

それは虚構ゆめ…?
それとも現実うつつ…?

二つの世界を吐息のようにつなぐ
そんな笛の音を
あなたが聴いたのは
いつ…?

07-2:プラハ-08:黄金の小径-14**(軽量)

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