メイクのトレンドが韓国から中国へ移るとき
2019年6月7日、スパイラルで開催されたトークイベント「『盛り』の誕生 ー女の子のビジュアルとテクノロジーの平成史ー 【第3回】『盛り』サミット《MORI 3.0》」の記事が、ログミーでアップされた。
このなかで、昨今注目を集めている中国メイク、中国美女を指す「チャイボーグ」のハッシュタグなどに触れるシーンがあった。そして、韓国好きの日本女子たちが、中国好きに変わる可能性についても示唆されていた。
これを読んで、今年5月にある動画を高評価していたことを思い出した。ビューティー系YouTuber・鹿の間さんの、中国メイクのチュートリアルだ。
この動画は現在40万回再生を記録している。登録者数9万人(当時はもっと少なかったはず)で、1動画10万回再生されるのが稀な彼女のチャンネルでは、確実にヒットの部類に入る動画だ。
私が高評価を押したのは、まさに中国メイクが韓国メイクに代わる新たなトレンドになる予感があったからだ。そこには韓国メイクにはない"インディペンデント"な強さがあると感じた。
韓国メイクを好む女子の実態
2000年代後半、K-POPのセカンド・ウェーブが訪れた。火付け役は東方神起、BIGBANG、少女時代、KARAといったアイドルだ。
このとき、日本の若い女性たちの間で"オルチャンメイク"が流行し始めた。オルチャンとは、顔(=オルグル)が最高(=チャン)という意味を指す造語で、"美少女"を指す。つまりオルチャンメイクとは、韓国美女メイクという意味だ(このときすでに韓国では"オルチャンメイク"が死語だったと思われるが、日本では単純に"韓国メイク"の意味で広がり、今でもよく使われる)。
オルチャンメイクの特徴は、白くて透明感のある肌、ナチュラルな平行眉、ふくよかな涙袋、目尻にしっかりと引いたアイライン、赤いグラデーションリップなどだ。
オルチャンメイクは当時、日本のファッション誌で紹介される若者向けメイクと一線を画するものだった。それを言語化するなら、少女ではなく、女性であることを目指すメイク、ということだったのではないかと思う。
日本人女性は幼いころから、テレビや雑誌などのメディアで「可愛い」の基準を学んできた。マスカラは重ね塗りして目をぱっちりさせないといけないし(よく"ひじきまつげ"になった)、チークはニコッと笑った頬のてっぺんにつけないといけないし(よく「たこ焼きにソースじゃなくてチークだな」と言われた)、リップはピンクやオレンジなどの馴染みある色を選ぶものだった。
それらの「可愛い」が何を意味しているか、幼い私たちは言語化できなかった。しかし、その「可愛い」が何かしらの幼さ、無邪気さ、純真さ、つまり少女性を指していて、それを社会が私たちに強いていることを、心のどこかで感じていたのではないかと思う。
実際に、古賀令子さんは著書『「かわいい」の帝国: モードとメディアと女の子たち』で、
「かわいい」は、未成熟を嗜好する美意識である。
と書いている。「可愛い」は、私たちが未成熟であることを示し、大人や男性に対して攻撃性がないことを証明するラベルのようなものだったのではないだろうか。
そこに、K-POPの波とともにやってきたのが韓国メイクだった。私たちはそれを結局「可愛い」という言葉で片付けてしまうのだが、その裏には従来のメイク以外の選択肢があり、それが少女性ではなく女性性に属するものだという喜びがあったように思う。
実際、韓国で少女性ではなく、女性性が求められるのは文化的な側面がある。
韓国での美しい女性は、気持ちにも経済にもゆとりがあり、幸福な女性であるという考え方が一般的だ。また、男性が女性に求める"美”には優美さ、セクシーさなども含まれる。つまり、あどけない少女よりも、成熟した女性のほうが好まれるのだ。
そのような韓国で生まれたメイクは、もちろん女性性を強調したものになった。素肌っぽいナチュラルメイクではなく、艶やかで発光するような陶器肌。主張しないインサイドラインだけでなく、クールな"流し目"感を与える目尻のアイライン。ピンクのうるうるリップではなく、華やかさや大人っぽさを演出する赤リップ。
それは韓国では当たり前のものなのだが、日本人には目新しく映った。そして、日本で流行した。
「赤リップは男ウケが悪い」といくら言われても、私たちはむしろそれを望んでいた。上等だと思った。男に可愛がられる少女でいたくない。韓国メイクを好んだ女子の根底には、そんな「可愛い」を強いる社会への違和感と反抗心があったのだと思う。
韓国メイクの夢と現実
韓国メイクは長いトレンドとなった。いったんセカンド・ウェーブが落ち着いても、当時定着したK-POPファンは一定数存在したし、2010年代後半にはサード・ウェーブが訪れた。TWICE、BLACKPINK、Red Velvetなどのアイドルがこれに当たる。
その間に、韓国メイクにもさまざまなトレンドが発生した。2015年には”すべての男性を虜にする”という意味で、赤やピンクをメインカラーに使った「ドファサルメイク」、2017年には、フワッとした優しい雰囲気をまとう脱力版オルチャンメイク「フンニョメイク」、2018年にはジュワッと溢れる果汁をイメージした、エネルギッシュな「果汁メイク」などが流行した。
K-POP旋風は今なお続いている。韓国に関心を持つZ世代も多く存在する。そのなかには韓国メイクにいそしむ女の子も、たくさんいることだろう。また、テクニックとしての韓国メイクは今なお興味深いものだし、ステージに上がるアイドルやアーティストのメイクを見るのは楽しい。
しかし、韓国メイクがかつての感動をもって日本人女性の心に君臨し続けるかというと、私はNOだと答える。
それは、流行はいつか終わるという簡単な答えであると同時に、いずれまた、少女たちは自由と独立を探求し始めるだろうと考えるからだ。
社会に強いられた少女性を手離し、韓国メイクを楽しんだセカンド・ウェーブの発生から約10年。流行の1サイクルを経て、そこにあった女性性は結局、男性・社会の目線によって作られたものだと気づいた。すべての男性を虜にする「ドファサルメイク」はもちろん、優しさや包容力を感じさせる「フンニョメイク」も、瑞々しさで好印象を与える「果汁メイク」も、すべてそこに帰結した。落ちない赤リップを手に入れても、ヨレないアイライナーを手に入れても、私たちに待っていたのは、そんな疲弊感だった。
時代はまた、次なる"韓国メイク"を探すだろう。そう思っていたところに現れたのが中国メイクのトレンドだった。
中国メイクは"アジア版アメリカメイク"
中国メイクには、以下のような特徴がある。
【ベースメイク】
カバー力の高いファンデーションを使い、あえて「メイク感」を出す。
【コントゥアリング】
ハイライト・シェーディングをはっきりと入れる。
【チーク】
頬骨に沿って斜めに入れ、大人っぽさを演出する。
【アイブロウ】
長く、濃く、山をつけて強さを出す。
【アイメイク】
基本的にはダークなカラーを使う。
【リップ】
ブラシでくっきりと輪郭を描く。
これは、アメリカをはじめとした西洋諸国のメイクの特徴と同じだ。つまり、中国メイクが描こうとしているのは、独立心に溢れた、意志を持つ女性なのだ。そこには社会や男性への"媚び"は存在しない。
このようなメイクが日本に存在しなかったわけではない。YouTubeでは「ハーフメイク」という枠で数年前から発信されてきた。しかし、チャレンジ要素が強く、決して普遍的なものではなかった。なぜなら、私たち日本人の顔は骨格的に似合わないケースが多いし、それでもそういったメイクを施そうとするならテクニックが必要だし、結局はメイク直しが大変になるだけだからである。
そこにきて中国メイクは私たちがほしかった2つのものを満たしている。それは、アジア人でも無理なくできて、"インディペンデント"な強さがある、ということだ。昨今のフェミニズム・ブームも後押しし、中国メイクはその象徴となるかもしれない──そんな思いから、ブックマーク代わりに、冒頭のYouTube動画を高評価した。
ただ、わかっている。メイクを変えたところで、本当の独立や強さは手に入れられない。それは武装でしかない。それすら、社会や男性の目に囚われていることの証明かもしれないし、少女たちは、いつかどこかで疲弊してしまうかもしれない。
けれどもし、中国メイクがトレンドになるのなら、その裏には、少女たちの切実な願いがあるはずだ。自由と独立を求める彼女たちの潜在的な旅は、さまざまな時代を経て、今なお続いている。
▼参考文献
・古賀令子 著「『かわいい』の帝国: モードとメディアと女の子たち」
・四方田犬彦 著「『かわいい』論」
・コリアンワークス 著「知れば知るほど理解が深まる「日本人と韓国人」なるほど事典―衣食住、言葉のニュアンスから人づきあいの習慣まで」
コリアラボ 著「日本人と韓国人のおどろきマナーブック」
・川島淳子 著「韓国美人事情」
・メイクイット by モデルプレス「今話題の「チャイボーグ」メイクにトライ!NEXTヒットは中国美女?」
Top Photo by Marco Xu on Unsplash