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入院患者の半分以上は後期高齢者で占められる、故に内科専攻医は苦悩する

最近内科をやっている後輩たちが続々休職、転職していると話を聞いた。
うなずけるものは大いにあって、過重労働の有無にかかわらず、徐々に市中病院の研修は難しいものになっているのではないかと感じる。

まず、前提として、大学病院や医学教育は患者の年齢が50-70歳くらいの時代・環境の医療を暗黙の前提としている。

しかし、市中病院ではしばしば入院患者の平均年齢は75歳を超える。

入院患者の平均年齢をデータとして出している病院は少ないが、今までいろいろな病院で働いてきた感覚と

こうした地域にある病院の
診断群分類別患者数等(診療科別患者数上位5位まで)
から類推するに、内科入院患者の年齢中央値は75歳以上ではないかと思う。
尼崎総合医療センターは救命センターを擁する地域の中核病院であるから、疾患群がバラエティに富んでいて、平均年齢も若めではあるが。

また、入院患者全体のデータも同じ傾向を示す。

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450022&tstat=000001031167&cycle=7&tclass1=000001166809&tclass2=000001166811&tclass3=000001166812&tclass4=000001166813&tclass5val=0
より著者作成

2020年のデータで66%の入院患者が70歳以上だ。

ちなみに、別口でデータを見てみると、全年齢の患者のうち、75歳以上の患者で54.8%を占める。つまり、入院患者の半数以上は後期高齢者だ。

さて、患者さんの平均年齢が60歳の病院と、80歳の病院では治療の考え方が違う。

そして多くの研修医は、平均年齢が比較的高い市中病院、つまり上記に挙げたような病院で医師としてのキャリアをスタートする。

初期研修医のうちはまだいい。意思決定を自分一人で行うことは基本的にない。
でも内科後期レジデントになれば、自分で色々なことを決めなければならない。

高齢者医療は複数の特有の問題を抱えており、通常の医療、ガイドライン通りの医療を実施すると、大変に苦労することになる。

また、医療の原則として語られる問診や身体所見があてにならないことも多い。

ここで重要になるのが老年医学の知識と、家族の意志決定能力の類推、そして治療目標の設定だ。

老年医学は高齢者特有の問題を教えてくれる。

家族の意志決定能力の類推は、長期的な方針を決めるのに重要で、必要に応じて認知機能が保たれた家族と別途話をする必要があることもある。

また、若い患者であれば治療=社会復帰で迷うことはないが、高齢者の場合そもそも家で暮らせていたのか、家で暮らし続けられるのかを考えなければならないし、家族の介護にある程度は依存する関係上、医学的にどれだけ良くなっても家族が見れないと答えてしまえば家以外の選択肢を決めなければならない。

こうした状況に立ち向かうためのツールキットが老年医学の領域に複数用意されている。

しかし、多くの内科医は老年科の知識を身に着けているわけではない。
これは指導医も同様だ。指導医が若い時代には、患者さんももっと若かったから、あまりこうした知識は必要なかったのだ。

そのため、各専門科の知識を使って対応していくことになる。
つまり、間違った道具を使って対応していくことになる。

何がむなしくさせるかといえば、医学部の6年間で学んだ膨大な知識の中に、高齢者医療は殆ど含まれていないことだ。それは実習も含まれる。
また、救急や各臓器別(つまり循環器内科、消化器内科などだ)のテキストは高齢化社会を前提として考えている項目は少ない。

これは、著者の多くが大学病院や救命救急センターを擁する病院など、患者平均年齢が若い病院で働く傾向があるからだ。

テキストも乏しい。老年医学の知識は重要だが、それが学会として明解な形で述べられているわけではない。

本来であれば、入院患者の平均年齢が80歳という病院で、今までの臨床医学の知識やテキストは有効なのか?と疑問を抱く必要がある。

僕なりになぜ若い内科医が病んでいく、内科を選ばない、急性期病院を選ばない傾向があるかについての回答は以下の通りだ。

1.循環器内科、内分泌代謝内科といいつつも、実質的にやっていることの多くは高齢者医療だから

軍人で言えば海軍としての訓練を受けて陸軍として戦うような、訓練と実践のミスマッチが存在するのだ。

2.思っていた医療の姿と異なっているから

60歳の心筋梗塞を治療すると思って循環器内科を志したが、実際には80歳から90歳の認知症に合併した心不全の診療が主たる業務である、みたいな話はざらにある。

3.治療方針の決め方がわからないから

これは最も大きな問題だろう。高齢者医療の場合、状況に応じて緩和医療や看取りに切り替えるべき時は多い。

しかし、緩和ケアは癌診療に重点が置かれており、認知症、心不全、肺炎に対する緩和ケアというのは殆ど知られていない。

だからこの辺は、誰もやっていない中で自分なりに考えなければやっていかなければならないところで、非常にハードルが高い。

まとめると、病院を患者の平均的な層が、臨床医学が前提としている領域から離れている。

騎馬突撃を主体に据えたドクトリンで、機関銃が設置された塹壕戦に向かい合うようなものだ、と言ってもわからないかもしれないけど。

これが軍事的状況であれば、大量の死者という形で状況は明確になる。

しかし、医学全般の高齢者医療化は認識が難しい。
研修医たちがなぜやる気を失い、内科から離脱していくかの原因究明には、まだしばらく時間がかかるだろう。





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