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社会保障制度を変える方法

 社会に対して、異議申し立てをする方法として、Exit(離脱)とVoice(発言)がある。

 厳密には、ある組織がうまく機能していないとき、それを組織運営者に認識させる方法だ。

 社会保障がうまく機能していないことを、組織運営者=国家・医療・介護機関に知らせる手段としての、Exit (離脱)とVoice(発言)について考えてみよう。

発言(Voice)

 発言は、異議申し立ての手段だ。医療保険も年金も、我々にとってはさまざまな意味で割高だ/質が低い、と主張することだ。

 例えば、公的、私的に「後期高齢者1割負担かつ高額医療補助があって、大半を現役世代が負担する社会保障制度は持続不可能だから、より現役世代の負担が少なく、より多くの現役世代が家庭や家をもち、子供を作ることを現実的に考えることができるような仕組みに変えるべきである」

 と主張することや、投票活動、政府を含む公的機関への投書、インターネットでの書き込み、次世代運動など、社会保障制度の是正を求める政治活動に参加することが含まれる。

離脱(Exit) 


 
 離脱とは、組織を辞めることや、制度から離脱することだ。社会保障制度でいえば、つまり年金を支払わない、保険組合に所属しないことだが、これは大きな負担を伴う。
 国民年金であれば、支払わなければ資産を差し押さえられる可能性があるし、保険組合は強制加入だ。

 もちろん、収入の7割が年金と保険料として徴収されるなど、非現実的なレベルの負荷になれば離脱は選択肢になるかもしれない。

 僕自身の立場で言えば、年金も健康保険も適切に運用すればほとんどの人に利益がある仕組みだとは思っている。このシステムを破壊したいわけではない。国家財政が窮乏化しても、医療は必要だ。持続可能な仕組みにして、医療従事者への信頼が維持され続けるような仕組みに修正してほしいだけだ。

 離脱の最もラディカルな形は移民だが、大規模な移民は現実的ではない。

一方で、

シルバーファースト現象のため、選挙の効果は限られる

 社会保障制度を修正することを公約する候補は与野党ともに少数派で、シルバーファースト現象もあって、選挙で社会保障を縮小する候補を当選させるのは現実的ではない。

 社会保障が継続困難ではないか、という疑念を広めていくことが重要になる。

若い世代は、離脱が有力な選択肢になる。

 じゃあ若い世代は社会保障制度を変革する手段を現実的に持たないのか、というと、決してそんなことはない。

 大学生や高校生、専門学校生は、将来の分野として医療・介護分野を選ばないことができる。
 つまり、医療従事者や選挙権をもたない高校生、それから世代人口が少ない若い世代は、医療・介護を職業として選ばないことで、社会保障に対する離脱を選択することができる。
 基軸通貨を発行できる国家は通貨発行ができるから、MMTの考え方によれば財政破綻はしない、と訴える人たちがいるが、通貨をいくら発行しても、やりたがらない仕事を無理やりやらせることはできないのだ。

医療従事者は、離脱と発言を組み合わせることで、最も強力な異議申し立てができる。


 医療従事者は、転職によって意思表明をすることができる。無益な治療を提供する施設を退職して、意味のある医療行為を実施している施設に転職することができるし、医療以外を選ぶこともできる。

 労働法を無視した働き方が常態化している施設もあるが、労働基準監督署に業務の是正を求めることも、労働法を守っている職場に転職することもできる。

 これは、約30年前、つまり就職氷河期であれば、成立しなかった。あの時代には若者に対して仕事が少なく、どんな分野であっても仕事があればそれを選ばなければならなかった。実際、就職先を生み出すために介護保険制度が整備された背景もある。

https://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/01/dl/s0126-8g.pdf

2000年、労働省告示


 2020年代になってようやく、少子化のために若い世代が仕事を選べるようになったので、離脱の選択肢が意味を持つようになった。

 医療・介護従事者は、自分の仕事が社会保障の持続を困難にすると考えているなら、退職/転職する選択を提示しつつ、こうした無益な治療をやめることはできませんか、と発言することができる。

 医師では地域枠など、他の仕事を選べない立場もあるが、地域でずっと働いてきた人や、長く働くだろうと考えられている人、つまり地域への忠誠があると判断される人の発言は、無視できない重みをもつ。

 僕は医療従事者が最も、現在の社会保障制度の持続可能性についての実感を伴った批判を行いやすいと考えている。
 自分の仕事は社会の生産性にどのように影響を与え、患者さん自身の体験に何をもたらしているかを具体的に描けるからだ。

 思いもしなかったけど、絵を描くことは、非常に強力な思いを伝達する手段かもしれない。

 社会保障の持続可能性に異を唱える医療従事者は多い。
どのように医療制度にお金や資源が消費され、どのような結果を生み出しているかを間近で見ることができるからだ。

 自分が医療に使ったお金は簡単に調べることができるし(医師であれば、レセプトチェックのときに医療費をみて、その患者がどう退院していったかを思い出そう)、自分の治療や看護が何をもたらしているかは、日々やっていることを振り返れば、容易に実感できるものだ。
 
 そうした実感を踏まえた、異議申し立ての方法として、離脱と発言を組み合わせるより強力な方法はない。その最も強力な手段はストライキやボイコットだが、そこまでしなくても、声をあげることはできる。

 人の声は、思ったより長く残る。残された声は、別の声を生み出す。10年前に介護士の友人が、老人を嫌いになった体験を僕に語っていなければ、この記事だって書いていなかったかもしれない。

まとめ

  • 上手く機能していない組織に機能不全を自覚させるには、発言するか、離脱する、2つの方法がある。

  • 健康保険や年金からの離脱は現実的ではない

  • 選挙による異議申し立ては、シルバーファースト現象のために難しい

  • しかし異議申し立てはできる

  • 若い世代にとっては、離脱が強力な方法になる

  • 医療従事者は、離脱と発言を組み合わせることで、組織の機能不全を組織に認識させることができる

 

 


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