研修医「この診療って何の意味があるんですか?」
*注 多分こんな研修医はいません。
19時の救急外来 救急隊から連絡が入る。
特別養護老人ホーム〇〇苑より救急要請、A山A子、87歳女性 主訴は発熱、SpO2低下、発症は1時間前、要介護5 ADL全介助、既往歴は認知症、高血圧、糖尿病 意思疎通は「うん」と発語するときが時折ある、程度。
家族は息子の嫁が2時間後に来院する予定
指導医「これから40分くらいで到着するから、準備をしておこうか。さるもちょうしんきって知ってる?」
研修医「はい。酸素、ルート確保、モニター…」
指導医「そうそう、ちゃんと勉強してるね、まず何をしようか…」
(一通りの準備を終え、患者が来院する)
研修医「施設職員に聞いた話だと、5年前に施設入所、この時点で名前を言える程度だったそうです。現在は名前を言えないことも多くて、コミュニケーションは難しいです。経過としては夕食後に嘔吐して1時間後に38.0度の発熱、SpO2 80% 吸引しても改善せず救急要請したみたいです。
診察上は両側肺野でrhonchiを聴取します。他の診察は、何聞いてもうんって答えるから信用できないんですけど、軽度下腿浮腫を除いて異常なさそうです。経過からは殆ど誤嚥性肺炎でよさそうです。採血と各種培養は一応だして、今はラクテックを40ml/hでつないでます」
指導医「お、いい感じだね。あとは画像検査だね、高齢だと違う感染症を契機に誤嚥性肺炎ということもあるし、診察所見があてにならないなら、胸部から骨盤部までCTを撮影しよう。きっと入院になるから胸部レントゲンもとっておこう。オーダーしたら食事にしようか。何か食べた?」
研修医「いや、まだです。家族も40分後くらいに到着予定です」
(食事)
研修医「それで、僕がやってるこの診療って何の意味があるんですかね」
指導医「肺炎の治療だろ、救急車が呼ばれた以上、誰かがやるしかないんだよ」
研修医「本人が何を体験するかを考えると、A山さんって、もともと認知機能がかなり低下しているじゃないですか。となると、何を感じてるのかな、肺炎の治療をすることで何か本人にとって良い体験がもたらされるのかなって」
指導医「いやあ、先生、知ってる?誤嚥性肺炎ってさ、施設は対処しないと訴えられて裁判で2000万円払わなきゃいけなくなるんだよ」
研修医「それは救急要請などの処置を行わなかった場合ですよね。僕らの病院に来てから何をしたかが争点になったことはないはずです。つまり、原理的に言えばご家族にこれは老衰の一つの形態ですと話して、納得してもらえれば治療は必ずしも必要ないわけです」
指導医「えっ先生は安楽死とか賛成してるの?そういうのは日本だと殺人になるんだよ」
研修医「認知症が進行した場合の誤嚥性肺炎を治療しないのは、定義上安楽死じゃないですよ。僕らは死を早めるために医療行為を行うわけではないですから。どちらかといえば尊厳死に近いです。で、僕施設の人に聞いたんですよ、どうして救急車搬送されたのかって。そしたら、施設の決まりでそうなってるからって言われましたよ」
指導医「そりゃあそうだろ」
研修医「僕が問題だと思うのは、本人の体験にとって医療行為はどうなのか、という積極的な考察がどこにも存在しないことです。結局、うちに入院したら絶食点滴抗菌薬でせん妄になって鎮静と行動制限されて、経口摂取ができなくなって療養型病院に転院する感じじゃないですか。まあ、先生によっては食形態を変えるか、皮下点滴で施設に戻れるかもしれないですが」
指導医「それで、先生はどうしたいと思うの?」
研修医「まず、家族に一回来院してもらいたいですね。息子の嫁っていうのも意思決定の主体にはなれなそうな感じがして不安なんですよね。ちゃんとキーパーソンを含めて複数の家族に来てもらって、状況はこうで、経過を踏まえると大往生と捉えることもできます。治療しないで施設で過ごす方が苦痛は少ないかもしれないです。と話して、どうするか決めてもらいたいですね」
指導医「まあ、そういうのは先生が主治医になってからだな。僕らはほら、救急外来の当直医だし、そこまでする義理はなくて、明日まで生かしておけばいいからさ」
研修医「でも、こういう誤嚥性肺炎でしっかりアドバンスド・ケア・プランニング(ACP)をやる先生はうちに殆どいなくないですか」
指導医「まあ、それはそうだ。残念ながら」
研修医「そしたら、今のうちに僕が先生の指導の下でACPを実施して、どうするか方向性決めておいた方が患者さんにとっては良い選択肢を選べる可能性が高いと思いませんか」
指導医「あー…お前本当に初期研修医か?」
研修医「初期研修医2年目です。わからないことばかりなのでいろいろ教えてください」
指導医「俺もACPはよくわからないけど…まあ、やってみたらいいんじゃねえか。責任はとるよ」
研修医「ありがとうございます。じゃあ、家族に早速連絡してきてもらいますね」
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