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28 8分間の出来事なのに


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人格が多層化する。目の前の出来事を捉える時の視座が増えると、立体視できるようになる。そうやってしだいに「一筋縄では捉えられない人間」になってゆく。それが成熟ということです。「先生、俺、三日前と比べてこれだけ成熟しました」っていうことは言えるわけがない。そんなことが言えるのは「三日前の自分」と「今日の自分」の間に量的な差しかないと思っているからです。でも、それは増量ではあっても成熟ではない。

中学生は身体以上に心が大きく変化する時期。だからこそ、目に見えない成熟を大事にしていきたいと思う。
「家庭学習を毎日提出させよう」とか「放課後学習会に全員参加させよう」などの学力向上策を考えることが僕は苦手だ。なぜ苦手なのかは、もしかすると、量の増大だけしか議論されないことが嫌なのかもしれない。ただ、それだけなのかも。子どもたちに家庭学習や学習会で迫る感じが、僕らが校内研修で求められていることと重なって見えてしまったのかもしれない。

先日、ファシリテーターの青木将幸さんのMM法で2月の振り返りを何人かとした。

一人8分ずつ問いを持ち寄り、あーかなこーかな話すだけ。

僕は「部活動の取り組みがいまいち探求ベースに乗っからないのはなぜか?」をテーマに話し合った。
・「王貞治のモノマネをしよう」という課題を与えてみてはどうか。
・もっとステップを踏む必要があるね。
・どうなりたいのか目標がないのかもしれないね。
・顧問自身がどんな情景を思い描いているのか、もう少し具体的に描けた方がいいかもね。

こんなことが交流された。
その後の僕は、次のことを起こした。
・練習メニューの確認(練習方法と目的を再確認)
・練習メニューを自分で組めるようルールを追加(*がついたものは3セクションの中で必ず1回実施する)
・研究の時間(撮影した動画でフォームを確認する、顧問に助言をもらう、youtubeから情報を得る)を週1回は持つ。
・打撃フォームの課題を文章化し、子どもたちと共有する。

MM法がおもしろいのは、持ち時間は8分しかないからその場でスッキリ解決することは稀だけれど、MM法による話し合いの後の「時間」は間違いなく変化する、ということだ。ちょっとだけ撹拌されるだけなのに、大きく変化していくことがおもしろい。なんでだろう。

フォーマルな校内研修ではなく、インフォーマルな校内研修としてみんなでやりたい。子どもたち同士も、僕がMM法で体験したような関係性、前進する感覚を味わってほしい。まだまだ成熟とは呼べないかもしれないけれど、量的な差ではない変化を、同僚にも子どもたちにも味わってほしいんだよな。