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149 昨今の学校教育の行き詰まりは、算数数学に表れる?

1章2節には、こんな「自立的な学び手が育たない現状」が示されていました。

①小4;平行四辺形の面積を求める授業。そのとき、教員が「長方形の面積の求め方を使って」とめあてを言ってしまう。ほんとうは、長方形に置き換えることに気づけるかどうかが重要なポイントなのに、それをサラッと言ってしまう。

②「めあて」「まとめ」「ふりかえり」が1時間の授業の中に組み込まれている授業がほとんどであるが、そのほとんどの授業で子どもたちは受動的であり、形式的に話し合いをさせられている。

③「グループで話し合いましょう」と投げかけられているが、本当に対話なのか。得意な子が苦手な子に一方的に説明しているだけではないのか。間違った意見が表出されることなく、得意な子に指摘されたことを素直に修正するだけでは、論理的思考力は育たないのではないでしょうか。

僕が感じていることは、これらのことすべてが「怒られない」ためにやっていることなんじゃないかな?ということでした。だから、機能度が低くなってしまう。僕は数学の教師なので、この現象になってしまうのがよく分かります。①も②も③も、周囲に怒られないためにやっていることだと思うんです。各種調査やテストの結果を最低限出すために恐怖感からやっていることだと思う。生徒が先生から怒られないためにしていることと似ている。僕はそう感じている。

もしも、プレッシャーがなかったら「ほんとうは、長方形に置き換えることに気づけるかどうかが重要なポイントなのに、それをサラッと言ってしまう」ようなことは、少なくなるんじゃないのかな、と考えます。もしくは、仕事が忙しすぎてそういうことを考える余裕がない現状が算数数学に顕著に表れているのかもしれませんね。