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no.60 エピローグ ― 変化はどのように起こるのか?

このテキストでは、新しいビジネスをプロデュースすることに焦点を当てながら、それを実現するために必要なさまざまな要素について説明してきた。

新しいものやことをプロデュースするには、タイミングも重要になる。最後に、その見極め方のポイントについて触れておこう。

 

京都大学教授であった中西輝政は、著書「本質を見抜く『考え方』」の中で、主要な現象は歴史の流れから見て3つの関係で引き起こされてきたと説明している。(60)この変化の法則は、彼が物理学者のニュートンの運動の法則を研究したときに見つけたようだ。そして、この変化の法則はプロデュースのプロセスを理解するのにも役に立つ。

 

わたしのビジネス経験もこれら3つを肯定している、それをここで説明したいと思う。

 

ひとつはアクションとリアクションに関するもの。

ある方向に一つの大きな力や動きがあれば、必ず反対の力や動きが生まれる。プロデュースの力や動きが強ければ強いほど、押し戻される。

東洋哲学の陰陽である。これは、見える見えないにかかわらず、常に何らかの反作用があるという理論だ。

この作用と反作用の説明に基づいていうと、プロデューサーが新しいものを着想し、発案し、実現する能力が高ければ高いほど、より多くの力がプロデューサーを押し戻し、別のものを提案する。あるいは、プロデュースそのものが実現しないような抵抗があるかもしれない。これらの反応や動きは必ず発生する。

この反応に負けると、アイデアが実現できなくなるのだ。

これが常に存在することを認識し、それに備えることで、プロデュースの実現がより現実的になる。

 

中西が説明しているもう 1 つのポイントは、鹿を威嚇するメカニズムを意味する「ししおどし」に例えられる。これは農作物に被害を与える鳥獣を、寄せ付けないための道具で、片側を切り落とした竹製で、支点で支えられている。切り口に水を一定の水流で流し込み貯めると、水の重みで「ししおどし」が傾き、水が流れ出す。そして、それに対するリアクションで、再び跳ね上がる。その時、竹のもう一方の端が下の石に当たって音を出す。

中西氏は、「ししおどし」に水が溜まるように、生み出す力が徐々に溜まっていくと説明。そしてある日突然、それが反対の力に打ち勝ち、水が流れ、跳ね、カチッと音を立てる。つまり、この説明は、プロデューサーが押し返す力に負けずに、プロデュースを構成する必要なアイデアを蓄積し、提示し、実現に向けて熱心に取り組み続けると、ある段階で抵抗に打ち勝つことができることを示唆している。

 

3つ目は、動き出すと動きを止めにくくなる。この動きによって、多くの人々(利害関係者)の利益、誇り、責任、自立などが築かれていけば、慣性ができるということ。

積み上げが始まると、動いている流れを止めるのは非常に困難になる。

つまり、プロデュースの実現ステージでこの一定の慣性を生み出すことができれば、残りはその流れの力に委ねることができるということだ。

自主性に委ねることで、さらなる勢いが生まれる。

この慣性が蓄積してきた段階では、プロデューサーは細かいところまで気を配ったり、指示したりすることを控えるべきなのだ。

 

ここで私の経験を共有したいと思う。

私は化粧品業界でキャリアを築いてきたがその中でも美容界。専門美容産業と呼ばれる美容院、エステ、ネイルサロンなど、消費者に対する専門家のサービスが中心となる産業に従事していた。

 

このプロの美容業界の最前線で、顧客を美化する専門家は、通常、特定の創造的な感性を持っている。

そして、私は彼らに刺激を与え、啓蒙するために働いた: 製品、サービス、および情報の開発。

PRやイベント開催などのプロモーション活動にも携わってきた。

 

そんなある年、私が関わっていたセバスティアン・インターナショナルというアメリカの会社が、ヘアスタイリスト向けの教育用ビデオテープの開発を決定した。 1980年代のバブル景気の頃だ。

アメリカでも日本でも、当時の美容師の気質には大きな違いはなかった。彼らは流行のファッションに身を包み、顧客から「ディレクター/先生」と呼ばれていた。サロンで提供されるヘアスタイルは、美容師が自信を持っておすすめするトレンドのスタイル。

あるいは反対に、顧客の特徴に合っているかどうかには関係なく、顧客の要求に100%、そのまま応えようとする美容師もいた。

ヘアサロンは、 リラクゼーションと楽しい時間を提供、そこでクライアントは忙しい日常から簡単に逃れられた。ヘアスタイリストは、似合う形や髪色をデザインするよりも、顧客のプライドをくすぐるのをよしとしたのだ。

 

そんな時代、わたしはヘアスタイルは、自分の容姿やライフスタイルに似合うかどうか―微妙なニュアンスを気にする消費者にとっては、デリケートな問題だと思うようになった。

顧客はプロの美容師に、オープンマインドで様々な可能性や提案を話してほしいと思っているはずだ。客は、自分に一番似合うヘアデザインを真剣に見つけたい。プロとしての真摯な提案を求めている。

 

私は30代前半で、カリフォルニア大学バークレー校で美術を専攻し、大学院にも籍を置いた。そして、自分が学んできた美の理論に自信を持っていたのだ。

 

私は顧客に合わせた個性的なヘアスタイルをデザインするための教材を業界に提供すべきだと考えた。ヘアデザインは、見た目だけでなく、客の心理やライフスタイル、ファッションの好みなどを考慮し、スタイリストと客の協働のもとに考え出される。十分なカウンセリングが必要だった。 「デザインの要素」、「コンポジションの要素」、「色の要素」などの教材の制作を提案した。

当時、セバスティアンの会社としての使命は業界に刺激を与えることであり、会社は業界をリードしようとしていた。この使命と消費者市場の流れを考慮して、これらの教材をビデオテープ、テキスト、教師用マニュアルの形で制作することを提案したのだ。

 

最初は、会社や他の利害関係者にその目的を理解させることが困難だった。シナリオ、絵コンテ、ラフデザインが完成しても、制作陣、特に実際のサロン活動を担当するメンバーからは「難しすぎる」という声が上がった。 「私たちの仕事は非常にデリケートだ。私たちの技術的専門知識がすべてだ!」 「顧客満足は理論的でも論理的でもない…。」といった抵抗と反応が高まっていった。

さらに、ビデオテープのディレクターである CAL Art の卒業生でさえ、私が説明していることをよく理解できなかった。彼はエキサイティングなビジュアルとオーディオを作成するだけだった。ちなみにちょうど始まったばかりのMTVの人気が出てきた時代で、彼は教育的というよりも瞬発的なインパクトを持った魅力的なものを作ろうとしていた。彼はしばしば、重要な理論上の要点を無視する傾向があった。6桁の巨額ドルと数千万円が必要なプロジェクトだったので、私1人でリードするのは大変だった。

しかし、1年以上の間、多くのコミュニケーションを経てこれらが実現した。

 

最終的に、完成したビデオテープやその他の教材は大きな大学や美術学校・美容学校によって購入され、表彰されたりしたが、プロの美容業界での販売は米国ではうまくいかなかった。

 

私は責任あるプロデューサーとして、この状況に対処するのに苦労した。

 

しかし、これらのシリーズは、日本やアジアの美容師によって評価され始め、さまざまなサロンの勉強会や学習ネットワークで取り上げられるようになった。

 

日本で美容師一人当たりの月間売上の平均が50万円前後だった頃、この教材で提唱されたアイデアは、少人数の美容グループが、収益を上げるために活用された。 「目指せ、月商100万円!」

このセッションを導いた主催者も一般のサロン経営者であり、実際、これらの経営者は、制作された資料に示されている、顧客との密接なコミュニケーションのアイデアを活用することに成功していた。客の満足度とリピート率、サロンに戻ってくる頻度も高くなった。

そして、これらの教材は、トータルな接客をマスターし、関連するプロフェッショナルサービスやサロンの化粧品の売上を伸ばすためのツールとして活用され始めた。教材は、この時代にサロンが繁栄するのを助けたのだ。

 

特にバブル経済に陰りが見える時代となると、このノウハウを美容師が一流の高額サロンを目指す上で、必須の知識と考える人も出てきた。そして、これがししおどしメカニズム。クリックしたのだ。

その後、米国とヨーロッパでも、この概念が支持されるようになった。

 

1990年代半ば以降、エンターテインメントに偏った大規模なヘアショーは徐々に縮小し、実際のサロンの実質的な成功を共有する理論的なアプローチが人気を博し、多くの人々に支持された。勉強会や学習会でもこれが主流になっていった。

 

2000年代以降、この傾向は慣性となり、現在ではトップサロンから小さくても差別化を図ろうとするほとんどのサロンに至るまで、顧客へのカウンセリングやコンサルティングが設計の基本となっている。

顧客の意図を可能な限り具現化することを重視するコスト優位のサロンにおいても、デザインの要素、コンポジションの要素、色の要素で提示されるデザインの方法論は大切になったのだ。

 

中西の説明と並行して、別の古典「易経」には変化の法則が記されている。

その中で、変化の様相はドラゴンの状態に例えられている。(61)この古典的な「易経」は、有名なノーベル賞受賞文学者、ドイツのヘルマン・ヘッセもよく知っていた。彼はそれを自分の人生の指針の一つとして選んでいたとも言われる。

これは、物事の流れに焦点を当てたアジアの叡智の凝縮なのだ。

 

陰陽の捉え方によると、龍は陽であり、龍の目から見た陰は雲である。龍の力で雲を呼ぶことができ、この雲がもたらす雨の恵みが地に降り注ぐ。

このように龍は動きを生み出し、世界を変えていく。

しかし、そんな龍でも必ずしもいつも雲を呼ぶとは限らず、雨を降らせることも、時には自由に力を発揮することもできないことがあるという教えでもある。

 

龍には六龍と呼ばれる段階がある。以下の6つだ。

 

潜龍

龍の第一段階は、大地の奥深くに沈み、暗闇にいる龍である。プロデューサーが世間に認知されず、自信を失いがちな時代と言える。しかし、易経がここで教えているのは、この苦難の時にも、テーマを実現する十分な力を蓄えるため、志を明確にする必要があるということだ。地面に沈み込んだ龍にとって、甘やかされたり持ち上げられたりする環境はない。

しかし、今こそテーマをしっかりと抱擁して願望を抱く時である。いろいろな角度からテーマを考え、それについて分析することが大切だ。

 

 

見龍

この龍は、暗闇から出、周りを見て学んでいる龍である。

モデルになる人を見つけたり、様々な媒体からの情報や歴史を紐解いて基礎を学ぼうとする段階だ。先人の真似をして、いかにテーマに貢献できるかを見極める力をつける。これは、貢献する方法を見つけることに集中する段階である。

 

乾龍(君子終日)

第三段階は、自分だけのオリジナルを作ろうと奮闘する龍・乾龍。龍が自分のアイデアやスキルに熱中している状態である。よりクリエイティブに貢献する方法を数多く考え、プロデュースの鍵となる重要なコアを見つけようとし、発案の準備をする段階だ。

 

躍龍

四番目の龍は今にも飛び上がりそうな龍。周囲の気配を読みながら、今までの努力を実らせるタイミングだ。

テーマを具現化するための予兆を求め、周囲の空気を読み、骨を削り、エネルギーを蓄えながら、さまざまなシミュレーションを繰り返す発案の時である。

 

飛龍

次は飛龍。それは自分自身にコミットし、空に飛びあがるとき。

すべてがうまくいき、失敗をも成功へと導く力を秘めたステージ。パワーの頂点にある龍のステージだ。

この段階で、目的に対するコミットメントに応じ、計画を立て、チームを編成する。龍はリーダーシップを取り、すべての利害関係者の心に目的を浸透させようとする。

 

亢龍

最終段階は危険な段階である。龍を取り巻く霧は、龍を傲慢へと向かわせようとする。忍耐力が失われやすい。

龍はその力の頂点に達し、衰退の段階にある。

ここで力が弱まるため、雲は龍から離れていく。しかし、遠方の雲をうまく利用することが重要だ。

心を開いて、周りのメンバーの話を素直に聞いてほしい。彼らを対等に扱い、大切にしてほしい。プロデューサーを動かし、プロデュースを続けさせてくれた様々な人や環境に感謝し、周りの人に任せてプロデュースするようにもっていこう。

 

第一線から引退し、次の(新しい)テーマを見つけ、アイデアを出し、再挑戦。新しいプロデュースの実現を準備する時だ。

 

このように、ビジネスもプロデュースも変化していく。世界は私たちが望むほど甘いものではない。さまざまな障害も出てくる。

どのような立場に置かれたときでも、冷静に問題や課題を把握し、発見する必要がある。実行するアクションは自信をもって選択されねばならない。ビジネスでも、その他のプロデュースでも、成功の秘訣は自分を信じることだ。

自信を持って課題に取り組むことが重要。このテキストで最初に説明した「コネクト」から始めよう。

 

プロデュースの各段階にはさまざまな困難が待ち受けている。そのような場合は、前述した変化のタイミングに注意して、現時点でプロデュースはどの段階に近づいているかを検証してほしい。

そして、いずれの場合でも、あなたがうまく前進することを願っている。

 

 

 

 

 

参考文献:

60: 「本質を見抜く『考え方』」中西輝政著(サンマーク出版)

61: 「易経 上・下」(㈱岩波書店)