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フェヌグリークのこと#2_実践編

【前回からのつづき】もっと!フェヌ君の魅力を引き出そう

前回は,実はよく知らなかったフェヌグリークの諸々について実験を交えて深掘りした.

限られた内容ながら,得られた知見をまとめると以下の通り.

・香りの成分「ソトロン」は水溶性
・フェヌグリークの香りはソトロンの濃度によって変化する
・油はソトロンの沸点184°Cを達成する温度上昇の役割
・苦味の原因プロトジオスシンを低減するには焦がす勢いでの加熱が必要(?*)
  *プロトジオスシンの熱安定性については入手可能な文献未確認

また,加熱時間を延ばす中で大豆と同じくタンパク質の分解によって生じると思われる「きな粉の香り」がするなど,マメ科としてのフェヌグリークの一面も垣間見ることができた.
ちなみに,マメとしてのフェヌグリークに迫る試みとしては,カレー哲学さんの(おそらく世界初?の)フェヌグリーク納豆作りも興味深い.

いろんな一面を知ってより好きになったフェヌグリーク,以下では親しみを込めて「フェヌ君」と呼ばしてもらう.
さて今回の目的は,#1で得られた基礎プロフをもとに,フェヌ君の魅力をより一層引き出す方法を探ること.前回はフェヌ君単体の風味を探求したけれど,大事なのはカレーの中で彼の良さをいかに活かすか.我々(他のスパイス探求者たちの記事はこちら)の最終地点はあくまで集合知カレーの実現であり,フェヌ君をアイドルに仕立て上げることではないのである.
そこで,カレー作りでの実践を想定したアプローチの候補として

1. 水での抽出を促す:乾煎りし砕いてから煮込みの段階で入れる
2. 高温の油で香りを引き出す:テンパリングして煮込み段階で加える
3. マメとしての可能性を探る:水煮にしてから具としてカレーに加える

の3パターンを考え,以下の「基本のグレイビー」1/2量に各条件のフェヌ君を加えた.

「基本のグレイビー」
クミン小さじ1/2とホールチリを油大さじ1でテンパリング
タマネギみじん切り1個分を茶色くなるまで炒める
塩小さじ1,クミンパウダー小さじ1/2,コリアンダーパウダー小さじ1,ターメリック小さじ1/2を加えてしばらく炒める
ホールトマト缶1/2(約200g)を加えて水気が飛ぶまで炒める

では早速,実践編スタート!


【アプローチ1】水での抽出を促す

ここでは「乾煎りで香りを立たせる→粉砕して表面積を増やす→水で煮込んで抽出」の算段.
まずは,フェヌグリーク小さじ1/2を枯れ葉色くらいまで乾煎りして粉砕.
これを「基本のグレイビー」に馴染ませた後,水1カップを加えて水気がなくなるまで煮込んだ.
実際のカレー作りにおいてはパウダースパイスを加える段階で一緒に加える想定.今回の手法ではちょっと煮込みが短いかも.

乾煎り粉砕後

乾煎り後に右奥のステンレスミルで粉砕

粉砕加えた

出来上がり.いたって普通ですね.

味は,全体に香ばしさが広がっている感じ.コゲ味ではなく,あくまで「香ばしさ」.単に何かを炒った香ばしさではなく「あ,ソトロンなんだろうな」っていう香ばしさ(日本語下手か).甘みやコク感はあまりない.ハズレではないけど,フェヌ君の魅力を引き出し切れているとは言えない.

ちなみに,当初は黒こげになるまで乾煎りして粉砕後カレーに加えてみたのだが,普通に焦げ味で不味すぎたので上記の通り「枯れ葉色」(甘い香りから香ばしい香りに変化するくらい)でやり直した.黒こげ粉末を入れた場合もめでたくカレー全体が焦げ味に染まったので,粉末にすると抽出効率が上がり味が均一に馴染むのは確かそう.

黒こげ粉

黒こげver.はまるでインスタントコーヒー.グレイビーが均一に苦くなった.

はい,次!


【アプローチ2】高温の油で香りを引き出す

ここでは「油で高温を達成して香りを際立たせる→水で煮込む間にグレイビーに風味を移す」という算段.
油大さじ1/2でフェヌ君小さじ1/2を加熱し,油ごと「基本のグレイビー」に馴染ませてから水1カップを加え,水気がなくなるまで煮込んだ.
実際のカレー作りでは,具材と同じタイミングでグレイビーに投入するイメージ.

油で炒め始め

このくらいの色の時が一番甘い香りが強い

油で加熱後

加熱後.上の写真くらいで加熱を止めても余熱で見る見る黒くなる.

熱っ,小皿あっつ.写真撮影前に危うくこぼすところだった.狙った高温は無事達成されていそうです.
やはり漂う香りの良さは,油で加熱している時がピカイチ.甘くかつ香ばしい,大人しめなカラメル感.色は真っ黒だけど,コゲっぽさは感じない.

油加熱加えた

グレイビーに投入.あやしい見た目です.

画像12

煮込んで完成.黒い粒粒が健在.

さて,小皿に取り分けて実食.まず取り分ける段階で香りが桁違い.口の中でも,甘みと香ばしさがふわ〜っと広がってくれる.フェヌ君の香りが炒めタマネギの風味を引き立たせている感じ.これは高得点!

いいね,次!


【アプローチ3】マメとしての可能性を探る

こちらはフェヌ君をダル(豆)の一種として扱う試み.
小さじ1/2をカップ1の水で茹で,茹で汁ごと「基本のグレイビー」に投入し水気が飛ぶまで煮込む.実践でのイメージとしては,下茹でした具として投入するイメージ.

茹でている

見る見る水を吸ってふくよかになっていくフェヌ君

茹で上がりビフォアフ

右が茹で上がり.左の原型と比べると体積1.5倍くらい

水煮加えた

グレイビーに投入.見た目はちゃんと豆っぽい!具っぽい!

水煮完成

完成.瑞々しく元の黄金色を留めたままのフェヌ君が見える

この手法で特筆すべきはフェヌ君を茹でているときの香り.はっきりとしないけどどこか懐かしいような...うまく記憶の糸をたぐれないのだが,出汁っぽい.それもカツオや昆布のようなくっきりとした旨味ではなく,干し椎茸を戻した時のようなちょっとひなびた感じ.だれか試してみた方がいたら(多分いない),良い表現を教えてください.

肝心のカレーとしての仕上がりは,味のまとまりがイマイチ.全体にうすら苦く,香りや甘みはほとんど感じられない.食感はぷにっとして確かに豆なんだけど,味はほぼ残っていない.なんだかちょっと残念...


【アプローチ4】仕上げのテンパリングに加える

ここまで試した3条件の中で,暫定ベストは【アプローチ2】の油で加熱し加える方法.後半に油を加えたのでマイルドさが増しているのもあるが,甘い香りが断然強い.フェヌグリーク自体というより,タマネギの甘みを引き立てている感じ.
ここでふと思いついたが「煮込む段階,いらなくない?」ということ.
ソトロンは水溶性,という前提に囚われていたけど,高温で香りを引きだせた時点でグレイビーに溶かし込む必要はなくなっている.つまり,煮込まずとも仕上げのテンパリングで入れて良いのでは?
一般的にはスタータースパイスとして使われるフェヌ君の,これは新たな可能性を開くチャンスなのでは!?
というわけでフェヌ君を仕上げのテンパリングに起用する方法を【アプローチ4】とし,比較のため,【アプローチ2】と並行で再度作り直した.

画像13

左がテンパリングして煮込み前に加えた【アプローチ2】,右がテンパリングして仕上げに加えた【アプローチ4】.見た目はあんまり変わらないけど...

結果.香りの点ではテンパリングして仕上げで加えた【アプローチ4】の圧勝.オイリーさも相まって豊潤な香りと味わいが実現された.このグレイビーだけでウイスキーとかラムとか,洋酒が進みそう.意外性と美味しさとが相まって,小躍りしちゃう嬉しい結果となりました.


【まとめ】

最終的に4つのアプローチを試した結果は

1. 水での抽出を促す:香ばしさのみが際立った
2. 高温の油で香りを引き出す:甘味みと香ばしさの両方を引き出せた
3. マメとしての可能性を探る:味にまとまりがなく,うすら苦い
4. 仕上げのテンパリングに加える:2より一層風味が引き立つ [←BEST!]

となった.だが,ここで問題.冒頭にも述べたが,集合知カレーの終着点としては何が求められるだろう?ということ.

今回試した4条件の他,検討時の比較としてフェヌ君なしの「基本のグレイビー」のみと,オーソドックスに始めのテンパリングで黒こげまで焦がしてから基本のグレイビーと同様に作った対照群も作成した.
「基本のグレイビー」のみだと,あくまでスパイシーなトマトペースト,という感じ.味にまとまりがない.
一方,スタータースパイスとして使うと,ベースの方にフェヌ君を感じ,存在感が全体を下支えしているイメージ.同様に油で加熱しているにもかかわらず,後半に入れたときに輪郭が浮き立つように香るのとは対照的な印象だった.始めに加える方が,最もカレーっぽいと言えばカレーっぽいかも.

仕上げのテンパリングに加えるという新手法,せっかくなので推していきたいところだが...カブやキャベツ,ジャガイモなど,クセの少ない野菜をメインに据えるときには,華やかさが加わっていいかも.もしくは香りを楽しむため,酒のアテとしてグレイビーをバゲットに添えて出したり?

はい,ということで,ちょっとぼやけてしまいましたが今回の結論は

・フェヌグリークの香りを主役に持ち上げるには,仕上げのテンパリングに加えるのが吉
・「おいしいカレー」が食べたいなら王道の初手テンパリング

となりましょうか.
集合知カレーに少しは近づけたかな〜.



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