ロボティクスやメディアアートの大学院生が広告代理店に入って幸せになれるのか?

大学で博士課程までロボティクスの研究をしてきた.周りの人たちはメーカーに行くのが大半な中,まだ博士号も取れていないのに大手の広告代理店に新卒入社させてもらえることになり,プランナーとして働き出して数年が立った.このポジション,岐路に立っているような気がしている.

そもそも自分が広告代理店を選んだ理由の一つは,Rhizomatiksのようなテクノロジーを使った表現が好きで,こういう方向でまだ知られていない技術に光を当てられるのではないかと考えたから.モノが作れるならプロダクションで良いのではとよく言われるが,実際,企画をするのは広告代理店だと聞いていたので,どうせなら最初から考えたいと思って,こちらを選んだ.広告代理店かプロダクションかという問題については,業界に入ってみて,どちらも一長一短あるなと感じた.確かに流れ的には,まず広告代理店に案件がやってきて,そこから企画して,ある程度方向性が見えてからプロダクションへ発注されるのが一般的だった.けれど,広告代理店で扱う案件は,CMを打つようなマス・コミュニケーションじゃなければ大抵の場合,予算もあまりなくて,すべてがテクノロジーを使って面白くなる案件でもない.一方で,開発力のあるプロダクションには,広告代理店である意味フィルタリングされているので,必然的に面白い案件がやってくる.

ちなみに選んだもう一つの理由は,日本の中心を見てみたかったから.どういう機序でこの国が動いているのか知りたかった.こちらは朧気ながら,仕事をしていると,どういう思考・承認プロセスで大きな組織が動いているのか分かってきた.けどこれは今回の主張と関係ないので置いておく.


で,ロボティクスやメディアアートの大学院生が広告代理店に入って幸せになれるのかという問題.

広告代理店で働く理系の職種を見てみると,大別して,データマーケティングか,プランナーということになる.データマーケティングの方はわかりやすく,今流行りの機械学習の現場経験が積める良い環境なのだと思う.(待遇が良いのかは別として.)

一方で,自分みたいなテクノロジーを使った表現とか企画のプランニングというのは,まだ広告代理店のビジネススキームに適合できていないように思う.経験上,テクノロジーを使った案件は長期化しやすく,求められるKPIに対して予算も潤沢にあるとは言えない.正直,CMなんかと比べて割に合っていないように感じる.割りに合っていない案件を複数同時並行して受け,企画はするものの自分でモノは作らず,プロダクションを始めとした各方面とやり取りしていく時間の方が長いのが現状だ.なんで自分で作らないかというと,環境も時間もノウハウもないから.コピーライティングは自分が文字を書けばそれで終わりだし,アートディレクションやCMプランニングなら自分で手を動かす必要はなかったかもしれない.上の人たちは,テクノロジーもそれらと同じだと考えているのだろうが,今,ここで,どれとも違うのではないかと主張したい.

現場の上の人たちは今までCMやポスターの中身を考えてきた方々で,それまで培ってきた企画力のような考え方から学ぶこともあるが,違和感もある.まず,みんな明らかにある一定以上の専門知識を持とうとしない.精々WIREDの記事を読むのが限界で,論文を読み解こうとする人はほぼいない.だから,GoogleのAIの性能がすごいらしいとかボストンダイナミクスのロボットが人間みたいな動きをするらしいという知識は持ってはいるが,それがどれくらい難しいのか仕組みにほとんど理解がないから,現場と世界最前線の技術格差に気づいていない.特に問題だと思っているのが,手を動かすより企画を考えることに時間を使う文化で,プロトタイピングすれば解決したり理解できるだろうことに長い時間を掛けて話し合いを重ねることが往々にしてある.

今既に普及しているものを作るなら確かにプロダクションにお願いすればいい.けれどまだ社会にないモノを作ろうとしているなら試行錯誤して作るしかない.この試行錯誤にはそれなりに研究開発をしてきた経験やスキルが必要で,だからこそ,この部分を外注するとなるとコストがかなり掛かる.やってみて初めて分かることだってたくさんある.そうでなければ工学の研究者は誰もモノをつくらないだろう.ここに価値があるはずなのに,それが出来ていないから,現状,テクノロジー系のプランナーはちょっとテクノロジーに詳しいプランナーにしかなれていない.今どき,kinectやAutoMLを使った企画だけなら悔しいことに誰でもできる.この業界では「考えたやつが偉い」理論がすべてを支配していて,実装することへの評価はほぼゼロどころか良いように利用されてしまう.これは,仮にプロダクション側のエンジニアになったとしても付き纏う気がしていて,この空気感が嫌なら,この業界の外で戦わないとならない.


折角,大学で最先端の研究をしてきたのに,プロデュース作業にかかりっきりでインプットに十分な時間が取れず,さらには自分で手を動かさないから勘も鈍って,どんどん知識が陳腐化していく危機感が自分の中にある.何か開発しようにも,まずは開発環境がないし,周りに同じことをやってきた人がいないから一人でやるしかない.

結局,クリエーターは個人商店で,自分が何をするかで,他人や環境に頼るのは甘えだと言ってしまうと話は終わりだが,環境が良くないと人は集まらないし,だったら広告代理店で働く理由はなくなる.そんなこと言ってる間にgoogleやコンサルは始めている.最近,メディアアートをやってきた学生が大量にこの分野に入ってきてはいるけれど,テクノロジー系のプランナーにとってのプロトタイピングには,アートディレクターにとってのラフスケッチやカンプ以上の意味があることに業界が気づかなければ,早晩良い人材は居なくなるだろう.クライアントのコンセプトプロダクトをつくったり,新商品のプロトタイピングを手伝ったり,まだ誰も見たことがない表現方法を生み出したり,本当はもっと活躍できるはずだと思う.

自分が思ったより自分をうまく使えていなかったり,現場でそのまま使えるスキルセットを持っていないのも原因にあると思っていて,これは自分に向けての叱咤でもある.早く誰かが実績をつくらないといけない.どれくらいの業績が必要なのかと言うと,多分カンヌでゴールドかグランプリ獲るくらいなんだろうけど.

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ekunish
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