小説「実在人間、架空人間 fictitious編」第十四話
暫くは黙って待っておこうか、かといって長い沈黙は怪しいし、時間を消費してくれるのはありがたいけどそろそろ話しを切り出さないといけない、そう思えるぐらいの結構な沈黙だった。
「皆に聞くが……」
口火を切ったのは先崎、間をおいて皆に確認する。
「判別ができるのはガク以外いないんだよな?」
俺を疑っているというのをストレートに言葉にしてきたけど、それに反応するひとはいなかった。そのことを確認してからまたメモに目を通してる、しきりにページを捲っては戻す、メモ書きした同じ箇所を何度も確認しているようだった。
先崎の勘というかその嗅覚は合ってる。
判別はハクで間違いない、ハクは俺が島津学だからこそ自ら名乗り出ないんだ。この違和感はたぶん皆も感じているんだろうね、でも事実上僕が判別というこの既成事実がどうしたってその違和感を殺してくれる。
ハクはもうゲームに参加してない。
SNSでいうところの見たくない内容をミュートしていて、自分の中にある『汚いワード』を全部NGにしてハク自身の内面を守ってる。もう誰かを傷つけたくないという思いが傷つきたくないという固定した自己の意識に向かって、僕という存在を理屈とは程遠い位置から見ていて信じてる。
主張の強い発言は全て悪、その世界だけを望む契約に近い。
これは裏で僕とハクとの間に結ばれた協定、このゲーム内の崩れないふたりの契約書と同じ、法と同じ。
僕たち双子は意思の疎通というのを無意識レベルで行えちゃうから、僕の痛みはハクの痛みでもあるし、だからこそハクが痛いと思う。
ハクはここじゃない元の世界で過ごしたことが全てなんだ。
過去に一緒に島津学と共有した時間が今、ハクの沈黙という時間と符号したんだ。
つまり僕は今この瞬間に、先崎が皆に確認した瞬間に、実在人間であると皆に認知された、周知された。それと同時に、これはもう二度と実在側に判別は存在しないということも意味するんだ。
策は稜々。
道天地将法。
孫武の説いた孫子の兵法でいうところの策、僕のスペシャルムーブによって『道』は完成した。
道は意味。
意味のある働きを持ってして人は動く、僕の一環して通したこの行動こそが僕という存在を皆が理解した。
天はタイミング。
ハクが判別であるかは一種の賭けだった。勿論そこに道は完成していたから、それが外れても問題は無かったし、その期待値をあらかじめ予測していたからこそ天を優位に活かせる。
地は地の利。
天と地は表裏一体、地という理の積み重ねによってこの策が成立していて、天運を活かせるのもこの地道な理を持って積み重ねたから天を味方にできる。ここがいい加減だと天に味方されても天に見放される。
将は必要な仲間。
仲間の把握はこのゲーム内において勝利に等しい。もし僕が実在側だったらこの時点で勝利しているからね。その仲間の把握を完了した僕は、その将を得て、経ていくことで勝利へと向かう。
法は法律。
ハクと僕との間に生まれた法は”僕たちの仲”では『全ての法』になっている。ここでいう僕たちの仲というのは、実在側も架空側も含めての仲。僕らにある共通思考は敵対はあれども表面上はどちらともつかないのだから、ここに僕たちの仲での法が出来たというのは絶対的な理が確率されたに等しいよね。つまり、僕は判別ができる実在側であり、実質僕以外が判別を出来ないというルールが皆の同意する形で周知され、形成された。
僕が『道』を形成し、ハクが運良く判別であるという『天』は味方し、先崎の発言から虚は実になって『地』は固まり下地という『将』を得て、僕が判別であり実在側であるという『法』が出来上がった。
諸葛孔明曰く、事機が有利に展開しているのにそれを生かせないのは智者とはいえない。勢機が有利に展開しているのにそれに乗ずることができないのは賢者とはいえない。情機が有利に展開しているのにぐずぐずためらっているのは勇者とはいえない。
僕は今、智者となってこのゲームを掌握した賢人、不利な島津学という足枷をもろともせずに勇猛果敢に毒牙をもって策を通した。
まだゲームは半ばを過ぎたぐらいなのに勝利は確信に入っちゃってる。
「じゃあ、そろそろ判別始めてもいいかな、これ以上ぐずぐずしてたら時間がもったいないよ」
先崎と有本と柊の視線が一気に僕に集中した、まるで3人があらかじめ練習していたマスゲームでもやってるみたいな感じで。
「いや、それはやめたほうがいい」
柊が力の入っていない右手の掌を見せるようにしてやめておけと促してくる。
「今もし判別を行った場合、仮に有本が架空人間であったときに架空人間は必ず暴れてくる」
あー、なるほど。
「暴れる?」
「そうだ、例えば先崎を乗っ取り銃を乱射する恐れがある」
柊はそう言って地面に落ちていた適当な枝を拾った。
「先崎にはこの世界の銃以外にも元居た世界の銃も持っているから、それを使って撃てるだけ撃ち、そうして殴りかかってくるかもしれない」
枝で地面の砂に数字を書き始める。
どうやらここにいる皆の数、そして確率の内容のようだった。皆にわかりやすく説明する為というよりも、自分の脳内にある数値を整理する為に書いている感じだった。
「まず現状、実在側は-1でほぼ確定で6人居る。全体で8人存在していて内1~2人は架空人間。架空人間はこの世界の銃でしか死ねないから先崎を乗っ取った場合は事実上誰を撃っても問題ない。実弾の数がいくつあるのかによるが、ここで実在側の内、例えば3人が負傷して1人が瀕死の状態になったとした場合に、1~4人がこの世界の銃を撃てないほどの重症だったとする」
そっか、まあそう思考するよね。
「それで?」
「こうなると8人の内の4人が動けない、この中に実在側と架空側が混じっていて期待値として動けない4人が実在側だった場合は、まず先崎を止めないといけない訳で、最悪この世界の銃で撃って動きを止めないといけない可能性が高い。何故なら先崎はこの8人の中で最も屈強で銃を持った先崎にたいして素手で立ち向かうとなると厳しいものがあるから」
「うん」
「先崎を失い、実在側の4人を失い、先崎が架空人間ならまだしも、もし実在人間だった場合は実在側の被害は5人になる。ルール上では架空側はこの世界の銃でしか死なないとあるが、実在側の明記がされていない、つまり、実在側は殴られても撃たれても死ぬ、このとき銃の種類は問わない訳だ」
柊は式をいくつか書いていて、それを整理するようにして続ける。
「乗っ取られた先崎がまずこの世界の銃で確実にひとりを殺す。次に手持ちの銃、つまり元居た世界の銃で撃てるだけ撃ち、そうして殴りかかる。リボルバー式の銃で一発発砲済みだから残り5発入っていたとして期待値が6人、最低値が1人。その1人を省いた数の負傷者か死傷者がランダムに発生する。殴るという不確定要素もあって下手をすれば全滅ということもあり得るし、1~5人の負傷者が全員無事だったとしても、負傷した状態では正常な思考や行動が難しくなる。予備の弾薬を持っていて補充ができるのなら更に危ういというのもあって、判別を行うということはこれらのことが発生する可能性がある訳だ」
柊は先崎を見る。
「弾薬に予備があるかは絶対に言ってはいけないのはわかるよな?」
「ああ」
「勿論、銃の中に残っている弾薬の数も知られてはいけない、これらを知られた瞬間から危うい、本当はこの話はしたくなかったが」
したくないって理由は僕らにヒントを与えるからだろうけど、まあふつーに考えて予備は持ってないね。もし持ってるなら先崎がこの中で最も警戒するとこだろうし、警戒してる様子もないから弾薬の数は最高でも5発ってとこでしょ、前に一発威嚇で撃ってるからね。
かといって銃を捨てないのは実在側でも使い道があるからと考えてるんだろうね、手放さないのは奪われる可能性があるからで、あとは捨てるか持つかの選択になる。
だから先崎は今は持つ選択をしてる。
「その点は安心しな、もし俺が乗っ取られたらすぐにでも撃て、そうすればお前の言う期待値が最高で0になるからな」
やっぱり先崎は頭いいね、どうせ乗っ取られたらどのみち死ぬみたいなもんだからさ、真っ先に撃てって指示は最も正しい判断だよ。これで乗っ取って撃ちまくるってことがある程度むずかしくなるし、仮に弾薬を持っていてもリスクがちょっとだけ減るから。
ただこのやり取りで判別をしても問題ないということになっちゃった、だって先崎は乗っ取られたらすぐに撃てって言ってるからある程度のリスクは避けれるちゃうんだから。
これを言っているのと言っていないのとでは全然違うね。
人ってさ、人を簡単に殺せないんだよね、家畜とか動物は簡単に殺す癖にさ、それなのに人は人を嫌ってる、まあ実際は嫌ってるというか期待してるんだろうね、自分や人にね。
法があって制限がある、そういう意味でも人は人を殺さないし、人の苦痛は自分の苦痛のように感じちゃう、そういう意味でも人は人を殺せない。
先崎がそれをOKって了承をあらかじめしてるから、周りの意見を考えなくて済む分、即座に撃てる。人は集団で動くから、その了承が無いのとあるのとでは全然違う、単独の判断でいきなり撃てちゃうから。
人の了承を得ないですぐに行動できる状況になるから、集団で群れる人という性質上やりやすくなっただろうね。
まあ、それでも躊躇うのが人なんだろうけど。