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短編小説|幽体が現実を支配しては思い出が現実を支配する

 僕はどうやら見える・・・ようだった。

 うちで飼っていたアシュレーという名の白い犬はグレートピレニーズという犬種らしく、毛量が多く、よく庭でブラシを使って毛の手入れをしていた。

 その日も庭に出てブラッシングをしていたらリードが外れて逃げ出してしまって、追いかけていたらアシュレーはそれが遊びだと思ってますます遠くに逃げた。

 そうしてアシュレーを見失った辺りで丁度そこが丁字路になっていて、向かって右に曲がってしばらく行くと、アシュレーが道の真ん中でお座りの状態でそこに居た。まるで待ち構えているみたいな感じだった。

 アシュレーを連れて、来た道を戻ると遠くの方で人だかりができていて、それはどうやら交通事故のようで、そこにはトラックが停車していて4~5人が様子を見ているようだった。

 何となく覗きみると、そこにいたのはアシュレーだった。

 丁度寝っ転がっているような形でアシュレーがそこにいて、でも僕の横にもアシュレーがいて、横にいるアシュレーは舌をだらんと垂らしながら早く帰ろうといった様子で2~3度飛び跳ねては、僕の肩を前足で触れてくる。

 その感触は確かにアシュレーによるものだったし、匂いも感じられた。

 その日は別の犬なんだろうと思ってそのまま帰宅した。

 お父さんとお母さんは何故かアシュレーが見えないらしく、僕は僕だけが見えるアシュレーとそのまま過ごした。


 僕には友達が3人いて、よくアシュレーとその3人とで一緒に遊んでいた。友達もアシュレーは見えないらしくて、でもそのことがきっかけで仲良くなれた。

 3人は幽霊とか怪談とかそういった話が大好きだった。

 トム、マーク、メアリーと僕とアシュレー、これがお決まりの仲だった。

 ある日、トムとフットボールの話で喧嘩になり、トムが周りを確認せずに後ろに走り出した瞬間、家族旅行で出かけていた夫婦の運転するボックスカーに轢かれた。

 一瞬のことだったから何も考えられずにしばらく見ていたら、背後からトムが話しかけてきた。

「あれ、あそこにいるの僕だよね?」

「うん」

 僕はそのとき幼かったからか何故か違和感なく背後のトムにうなずいた。トムは信じられないといった様子で興奮していた、自分は今幽体になってここに存在していて、僕と会話しているということに驚いていた。

 そうして僕にしか見えないアシュレーとトム、そしてマークとメアリーとで更に数年間遊んだ。いつしかマークともメアリーとも疎遠になり、見えないアシュレーとトムだけが残った。

 そうしていつしか誰も見えなくなった。


 その日は某保険会社の初出勤でそれなりに緊張していた。

 嫌なやつがいたらどうしようとか、それと同時にやる気にも満ち溢れていて、何度か脳内でシミュレートしながらバスに乗った。

 座席に座りふと外を見るとマークがいて、それを知ったマークはこちらに向かって走り出してはおどけた様子で窓を数回ノックした。マークもどうやらそのバスに乗るようで、僕の席の隣のポールに片手でつかまりながら話かけてきた。

「おー、久しぶりだな」

「そうだね、でもマーク、どうしてこんなところに?」

「どうしてって出勤だよ、まだ入りたてだけどケイトって保険会社に勤めてるからね」

 それを聞いて僕は驚いた、そこは今日出勤する予定の会社だったからだ。

 話を進めていくとどうやら昔一緒によく遊んでいたメアリーの母親が経営しているらしかった。

 その日は初出勤なのに友人と遊ぶような感覚で楽しく業務を終えて、軽く昔話をしながらアシュレーやトムの話をしたりした。

 マークと別れ、自室に着いた僕はシャワーを浴びて、初出勤の疲れもあってかベッドに入ると気絶するみたいにしてすぐに床に就いた。


 辺りは騒然としていた。

 メアリーと恋人関係だったマークはメアリーに騙されたと叫び、社内で暴れていた。何があったのかと話かけてもまったく聞く耳を持たない。時期にメアリーがこの会社のトップである母親を連れて現れてはマークに説得を始めた。

 どうやらマークはクビになったようだった。

 自暴自棄になっていたマークはメアリーと心中すると言い出して、自身の手持ち鞄から拳銃を取り出してメアリーを人質に立てこもってしまう。

 かなりの数の警官とパトカーが辺りを囲み、説得を試みるも失敗し、とうとうマークはメアリーを殺して自身も側頭部を撃ち抜いて自殺した。

 もう何がなんだかわからなかったけど、とにかく僕が出来ることは何かと考えながら、泣き崩れていたメアリーの母の肩を抱き寄せるようにして立たせ、社内にあった自販機でミネラルウォーターを購入して手渡した。

 話す言葉も見つからないままその場でうつむいていると、背後から声がした。

「……悪かった」

 初めは聞き間違いなのかと思い無視していると「本当に、すまないと思っている」と更に続けたので振り返ってみた。

「……」「……」

 そこにはマークとメアリーがいた。

 メアリーは母の元へ駆け寄り、どうしてこんなことになったのかと、悲痛な、なんともいえない叫び声に近い言葉を吐いては彼女は彼女の母と共に泣いた。


 ひとしきり昔話を終えた僕はベットごと搬送される、それを元にカルテが作成され、僕はベットで仰向けになって寝ながら待機した。

 数人の研究者に見守られながら様々な配線が僕の体に繋げられる。

 ひとりの男が僕に尋ねる。

「本当によろしいのですね?」

「ああ、夢にまでみた世界だ、これが現実になるなんて思いも寄らなかったよ、早くして欲しいぐらいだ」

 僕はそう言って彼に伝えた。

 そうして「今よりオペレーション『in my childhood』を開始する」との掛け声と共にそれは実行された、意識が遠のくのを感じる。

 初めは白いもやのようなものが辺りを包んでいて、次第にそれが明確になっていく。

 草花が現れて、次に見慣れた町並みがひとつふたつとそこに建っていく。そうして一気に視界が開けたと思うとそこに3人の人と一匹の犬が現れる。

 トム、マーク、メアリー、そしてアシュレー。

 幼き頃の彼ら彼女らがそこにいた。

 僕たちは皆でボールを蹴って遊んだり、アシュレーの家でカードゲームやTVゲームをして過ごした。今では販売が中止してしまったお菓子がそこにあり、3人でそれを食べながら今では放送が終了してしまって動画でしか見ることのできないアニメを見たりして過ごしていたら夜になった。

 僕は皆と別れて、アシュレーと一緒に家に帰って家族とご飯を食べたりして、その日はそのまま寝た。

 また次の日になったら、僕の家の庭でトムとマークとメアリーとアシュレーとで目一杯遊んだ。

 少しして急にお母さんに呼ばれる。

 家に入ってみると部屋は真っ暗で、奥の部屋へ向かうとそこにはケーキに乗せられたロウソクの火だけがあって、その火をふっと息を吹きかけて消して、あとは皆とそのケーキをシェアして食べた。

 今では手に入らないゲームソフトを両親からプレゼントされ、皆で早速そのゲームをして、あとはカードゲームをしたりして遊んだ。

 皆笑っていたし僕も笑っていた。

 9月9日、その日は僕が90歳になる誕生日の日の昼だった。






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