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短編小説|その雨音は甘美なオーケストラのように響く

 ある夏の夜、激しい雷雨がふたつの街を襲った。大阪に住む高校生のタケルと東京に住むOLのアヤは全く面識のない二人だった。しかし、その夜、運命のいたずらが二人を結びつけることになる。

 タケルは部屋でゲームをしていたが突然の停電で画面が真っ暗になった。窓の外を見ると、雷が空を裂くように光っていた。その瞬間、強烈な閃光とともにタケルは意識を失った。

 一方アヤは仕事のストレスから解放されるために夜のランニングをしていた。雷雨が近づいてくるのを感じながらも、彼女は走り続けた。しかし、雷が彼女のすぐ近くに落ちた瞬間、アヤも意識を失った。

 目を覚ました二人は自分の体が全く別の場所にあることに気づいた。タケルは東京のある公園のロードワーク用に整備された歩道で目を覚まし、眼前にある休憩室の壁にあったモダンなデザインをした奇抜な鏡に映る自分の姿が女性であることに驚愕した。一方アヤは大阪の高校生の部屋で目を覚まし、立て掛けられた姿見が映る鏡をみて驚いた。自身の姿はそこにはなく、若い男の子が映っていることに気づいたからだ。

 二人は最初は混乱し、どうすれば元に戻れるのか全くわからなかった。しかし、次第にお互いの生活に適応し始める。タケルはアヤの仕事をこなし、アヤはタケルの学校生活を送る中で、それぞれの視点から新しい発見をしていく。

 やがて二人は雷が再び彼らを元に戻す鍵であることに気づく。再び雷が鳴る夜、二人はそれぞれの場所で雷を待ち、再び意識を失う。そして、目を覚ました時、二人は元の体に戻っていた。

 この経験を通じてタケルとアヤはお互いの生活や苦労を理解し、深い絆を感じるようになった。二人はその後も連絡を取り合い、特別な友人として新しい人生を歩み始める。

 しかし、始めは一緒に楽しく食事をしたり、互いにメッセージを送り合ったりしては通話を楽しんだりしながら過ごすも、ある日を境にふたりは実生活において違和感を覚え始める。


「おいタケル!」

 タケルの背後から声がする、振り向くタケル、そこに顔目掛けて飛び蹴りをされては思いっきり壁に頭を打ち付けてしまう。それはクラスメイトによるいじめだった。

「皆、こいつホモらしいぞ」

 その声の主を確認する間も無くいくつかの笑い声を最後にタケルは意識を失った。

 元々タケルは内気な少年だった、彼は入れ替わる前からいじめに合っていて、その内気な性格から中身が入れ替わってもそこまで周りは変化に気付くこともなく接せられていた。

 そうして保健室へと運ばれるタケル。

 ひとりの男の教師がベットに横たわるタケルを心配そうに見つめる。意識を取り戻したタケルに教師が話かける。

「タケル、大丈夫か、あいつらはきつく俺が叱っておいた、今回は流石にあいつらも停学かそれ以上の処分になると思う」

 そう言って教師がタケルの手を握り、タケルに口づけをする。

「うわあっ!」

 思わずタケルは身をねじるようにしてベットから転げ落ちてしまう。

「どうしたタケル、大丈夫か!」

 身のよだつ思いからタケルは拒絶反応を示す。

「先生っ、何するんですか!」

「何って、いやお前のことが心配だったから……」

 これは由々しき問題であると校内だけの問題に留まらず、刑事事件としてタケルの担任の教師であったその男は逮捕される。いじめの問題も同時に取り上げられ、SNSで拡散されてはそのいじめグループの内1名が自殺した。

 こうしてタケルはいじめから解放されるも、全生徒だけでなく全教員からも無視されるようになる。

『あいつと関わってはいけない』

 そんな声が何処からか聞こえてくる。

 次第にその声は実際に誰かから発せられなくとも、タケルの脳内に常に聞こえてくるようになった。

「これはきっとあいつアヤのせいだ、あいつアヤが先生と関係を持ったんだ、俺の身体を使って……」

 あの教師の顔がタケルの脳裏によぎり、嫌悪感と同時にあらゆる想像をしてはアヤに対する怒りがとめどなく湧いてくる。

「だから俺は皆から差別され、無視されたんだ、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだ、俺はあいつアヤを絶対に許さない!」

 こうしてタケルはアヤに復讐することを決意した。


 アヤのスマホに通知音が響く。

 その通知のぬしは幼馴染で週に何度も会う程に仲の良い友人だ。アヤの住むアパートにどうやら同居しているようで、このとき初めてアヤはそのことを知る。その通知は今から一か月ぶりに家に帰るから夕飯は何が食べたいかというメッセージだった。

 どうやら派遣先の仕事から解放されたようで、久しぶりの帰宅に喜んでいる様子だった。

『濃いめのオムライスが食べたいな』

 アヤはそう返信して何気なく過去のメッセを確認していく。

『早く会いたい』『寂しいよ』『今何してるの』
『昨日は何食べた?』『明日は何食べるの?』

 その内容に少しづつ違和感を覚えるアヤ。彼女はこんなにも普段はメッセを送るような子ではない、そうやってさらに画面をスクロールさせていく。

『今日もアヤのことずっと考えてた』「好きだよアヤー』
『私達ずっとこのままでいようね』『愛してるよアヤ』

 そこには大量の愛に関するスタンプが貼られていた。

「愛してるって何言ってんのよ」

 それをみたアヤはひとりで思わず笑ってしまう。どうやら自身も乗り気だったようでその冗談に乗っているような内容だった。

 そうやって指の腹で上に上にと画面をスクロールさせていく。

 そうして一枚の自撮りの画像が目に入った、それはアヤとその幼馴染の女性がベットで愛し合っているものだった。友人との関係を越えている明らかに不自然な内容、それをみてアヤは思わずスマホを放り投げてしまう。

 投げられたスマートフォンはテーブルの角にぶつかって丁度画面がこちらに向く形でそこに留まった。画面の中央にはヒビが入っていて、皮肉にもアヤとその女性との間に刻まれていた。

 インターホンが鳴る。

 その音にアヤは恐怖した、恐る恐る足音を立てないように玄関まで向かい、扉のドアアイからそのインターホンを鳴らしたぬしを確認する。

 赤ら顔の女がそこに居た、それは幼馴染のあの女だった。どうやらここに来る前に酒を飲んだのか随分酔っている様子だった。

「アヤー、何してんの、早く開けてよー」

 何度も鳴らされるインターホン、アヤはその場から動けなくなった。

「もう、アヤー、早くしてぇ」

 アヤは血の気が引くのを感じていた。

「アヤー、寝てるのー?開けるよー?」

 その言葉を聞いて慌ててチェーンをかけようとするも、すんでの所で間に合わず扉は開かれた。

「アヤー」

 そういっていきなり女はアヤに抱き着いた。

 それと同時に酒の匂いと甘い香りのする香水の匂いが混じってその独特の匂いに吐き気を催すアヤ。その不快な匂いと先ほどみた画像がフラッシュバックのように思い出されてはその女を思わず突き飛ばしてしまう。

 酔っていたその女の足は覚束おぼつかず、アヤに突き飛ばされた衝撃に支えが利かず後ろにつんのめりながら倒れる、そうして玄関にあった靴箱の角に後頭部を打ち付けてしまう。

「……」

 女は意識が無い様子で身動きひとつせず、そのまま靴箱に沿うように身体を引きずっては落ち、その場に座り込むようにして気絶した。

 即死だった。

 そうしてアヤは刑事事件として身柄を拘束され、殺人罪の容疑として裁判にかけられ懲役8年の実刑判決を受けた。

 こうしてアヤは獄中で男子高校生であるタケルに復讐を決意するのだった。


「77番、面会だ」

 アヤは手錠をかけられ、一室に連れられる。そこにはあの憎きタケルが透明なアクリルパネルの裏側から睨みを利かせて座っていた。

「……何しに来たの」

「お前人を殺したそうだな」

「はあ?何言ってんの、人の身体を使って私の幼馴染に手を出しといてよく言うわね」

「お前こそ俺の担任の教師に手を出しただろ」

 互いに少しの戸惑いをみせながら、互いの不幸比べをするように今まであったことを話し、恨みつらみと罵倒を繰り返しては面会を終える。

 タケルは度重なるクラスメイトや教員からの無視から不登校であった為に時間はあった。なけなしの小遣いから関西から関東へと向かい、足蹴も無くアヤの面会に通った。

 次第に日に日にふたりは話すことも無くなっていく。

「あのさ……」

「どうしたの?」

「昨日はさ、俺、久しぶりに登校したんだ」

「そう」

「うん」

 タケルは将来の不安もあってか、せめて学校には通うようにしなければと決意し、勉学に励んでいた。どうやら友人も出来たようで、最近はその友人と通話をしながらゲームをしたり、他愛のない話をしているとアヤに伝えた。

「良かったじゃない」

「うん」

「お母さんとお父さんは元気にしてるの?」

「してるよ」

「そっか」

 そうして2年の月日が過ぎた頃、タケルは高校を卒業する。

 タケルはある名のある大学に入学することになった。アヤにもその話をしてはそれを聞いたアヤは面会室で大いに喜んだ。タケルもそんなアヤの反応に好意を寄せるようになっていった。

 その頃にはタケルはバイトをしていて蓄えもあったので、アヤの面会に向かう回数も日に日に増えていった。

 雨の日も雪の日も、タケルは足蹴もなく通う。

「タケルは恋人とか作らないの?」

「そんなのいないよ」

「どうして、その歳でそれは駄目よ、せめてひとりぐらいお付き合いはした方が良いわ」

 それは恋愛の駆け引きのように繰り返された。互いにそれとなく恋の話や愛の話題に入り、タケルの差し入れには労いの言葉がつづられた手紙が入れてあったり、アヤもその手紙に対する返事としてタケルを心配する内容を書いた手紙を送っていた。

 そうしてさらに3年の月日が流れる。


「ねえアヤー、これは何処に置いたらいい?」

「うーん、じゃあキッチンに寄せといてよ」

 アヤは獄中での態度が良く、仕事の成績も良かった為に早めの出所となった。タケルとアヤはふたりでアパートの一室を契約していた、同棲する為に引っ越しをしては荷物の整理を行っていた。

「タケルー、晩御飯どうしよっか」

「冷蔵庫もまだ冷えてないし、出前でも取ろっか」

「そうね、そうしよ、今日は夜から雨も降るみたいだし、出掛けるのもやめた方が良いみたいだからそれがいいかも」

 ふたりで選んだテーブルにふたりで選んだ椅子を置いて、互いに顔を見合わせながら注文したオードブルを口に運ぶ。

「なんだか変な感じだわ」

 アヤがタケルにプレゼントしたグラスにワインの赤を注ぐ。タケルは照れくさそうにして「いいよいいよ、俺がやるから」と、ワイン瓶を受け取ってはタケルがアヤにプレゼントしたグラスに注ぐ。そうしてタケルは自身のグラスに残りを注いだ。

「変って何が?」

「だってさ、こうやって面と向かって話すのって前だと面会室だったんだから、何て言うか、不思議だなーって思ったの」

 そう言ってアヤは笑った。

 それにつられてタケルも自然と笑顔になる。

「そうだよね、まさかあれだけのことがあったのに一緒に暮らすことになるなんて、当時の俺らじゃ考えもつかないよね」

 部屋の中では暖かい空気が流れていた。朗らかでそれでいて自然に笑みが互いに零れるような、そんな至福のような時間が互いに感じられた。

 外は大粒の雨が降っていた。

 静かなふたりの世界に流れるその雨音は、心地よくふたりを包み込むようにして響いていた。その世界では名のある音楽家のオーケストラと聞きまごうぐらいには心地の良いサウンドだった。

 そこに大きな雷がひとつ。

 ふたりは困惑し、不思議そうに互いを見つめ合っていた。

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