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小説「実在人間、架空人間 完結編」第二話

 例えば自転車にジェットエンジンを搭載しても上手く操縦することはできない。

 島津学という存在は余りにも幼い、そこにガクの脳のキャパシティを超えた知能がフィクテイシャスとして入り込む。そうなるとその持って生まれたもの、環境や経験や体験の不足から脳がオーバーフローの状態に入り、インフレーションを起こしてはガクという存在が暴走した。

 島津学という本体がその入り込んだ大きな知能に耐え切れずに、フィクテイシャス側とガクの自我とが混ざって操縦が難しくなっている。今までのガクの奇行はこれが原因と考えられる。

 そしてこれは私たちに良いように作用した、運が良かったといえるだろう。

 ルール上の条件は実在側にとってとても不利に感じられたが、そのランダム性からガクが架空人間として選ばれたことでわかりやすく暴走し、ガクが架空人間であると露呈された。

 反物質。

 物理学者ポール・ディラックはディラック方程式を用いて電子の性質を説明した。この方程式は電子に対する対称的な反粒子りゅうしの存在を予測していた。

 ディラックは、この反粒子が電子と同じ質量を持ち、正の電荷を持つ粒子、それをポジトロンであると提唱した。

 宇宙線。

 殆ど光速に近い速さで宇宙空間を飛び回る極小の粒子の総称。

 その宇宙線の研究中にアメリカの物理学者であるカール・デイヴィッド・アンダーソンは雲室という装置を用いて、電子のように曲がるが反対方向に曲がる粒子を観測した。これが反物質、ポジトロンの最初の実験的証拠となる。

 しかし、その存在があるとされながら観測までされたのにも関わらず、宇宙にも何処にも反物質があまりにも見当たらない。

 宇宙誕生の瞬間、大きなエネルギーが発生し、物質と反物質の両方が同じ量だけ生み出されている筈だが、物質の量に対して反物質は殆ど無いに等しい。

 これは反物質の消失の速さを物質が消失する速さを超えた為に発生したのだろうと予測されるが、そうであっても、まずエネルギーが物質と反物質となり、そうして全体が冷えて物質と反物質が対消滅していく訳であり、これ以外にも混ざることでエネルギーに戻るという性質を持っている。

 つまり、消失するならば両方が消失して宇宙は何もない空白の存在となってしまう筈である。

 にもかかわらず、物質だけが大量に余った。その余った物質がこの世界を占めている。

 人々もこの宇宙の法則のように物質に忠実で、資本主義という名に変えて物質を絶対のものであるとしている。

 ガクもこの犠牲者で、反物質が殆ど見当たらない世界からこの世界に入ったことで、物質的なものしか信じられないからこそ元の世界の信狂となって暴走した。

 これはハクもそうだし、ハクに殺された杉原もそうだ。

 もし元の世界に反物質が同等レベルに存在していれば、物質世界に支配されずに済んでいたかもしれない、この世界も肯定できたかもしれない。

 不整合は宇宙の誕生から否定されているのに、物質に偏ったことでそれを全てだと感じてしまった。本来ある形は物質と反対の反物質という我々が認識している矛盾、つまり、不整合なものがあって当然なんだ。

 物事が上手くいっていないのではない、それは相反するものではなく同等の位置に存在している。杉原の様子から元の世界で数々の矛盾とぶつかったのだろう、だからこそ暴走した、つまり自殺した。

 それに巻き込まれたことでハクも同様に不整合さを物質の観点からみて暴走、杉原を殺した。

 私たちは愚かであり正しい、それは宇宙の法則から相容れる存在である。しかし、どうしてか、私たちは物質世界に長く居過ぎたせいか、この愚かさに耐えきれない。

 ガクの幼さも、ハクの幼さも、杉原の悲しさも、その全てが耐えきれない。

 もう終わりにしよう、ガクを撃てる準備はしておいた方が良い。

 ここで重要なのは他の者がこれに気付いているかどうかだが、恐らくは先崎は気付いている素振りだった。ガクが判別だと公言した際にも皆に判別は居るのかと尋ねたり、メモに取っていた皆の行動履歴を何度も確認しては悩んでいる様子だった。

 これは先崎とコンタクトを取る必要がある。

 その為には私が実在側であると先崎に理解して貰う必要がある。

 現状として先崎が私にたいしてどう思っているのか、まずはそれを知ることが優先されるが、ハクと杉原とのやり取りの中でも先崎は私を疑っている様子は無かった。

 たぶん、大丈夫なはず。

 そう決意のように自身に言い聞かせて、先崎に話しかけた。

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