小説「実在人間、架空人間 fictitious編」第十五話
皆は今、僕に集中してる。
有本、柊、先崎、伊東、そして下地。
これは好機。
それは視線もそうだし、会話の内容もそうだ。もし今この状況で乗っ取りを使用すると間違いなく疑われない、そんなこと誰も想像しないでしょ。
だからこそ今が好機。
考えているふりをして背をみせて、そうして下地を2回瞬時に乗っ取る、今がそのチャンス。今は会話としても判別するのかしないのか気まずいタイミングだからね。
下地はメモを取っているみたいだし、今乗っ取ってそこに落書きでもしよう。ひとことで良い、『ガ』とでも書けば気付くでしょ。ガクが乗っ取って書いたよ、とアピールするには十分。
6、架空側の能力付与
『架空側両名共に一度だけ乗っ取る事ができ、実在側を乗っ取る事で消費され、同時に乗っ取る事はできない、乗っ取っている間はその場で元の架空側の者は身体の全てが発動時のまま固定され、その場で停止する、なお発動時の固定が始まる最低値は0.01秒』
ルールにも乗っ取っている間は完全に固定するってあるから、それはあれでしょ、肉体がそこにあってそれが抜けるんじゃなくて、物体としてのエントロピーが停止するってこと。
時間。
例えば時間という概念が世界共通の概念だとしたら、時間が停止した場合には、それを観測出来ている状態なら光は動いているという矛盾が存在していて、完全停止なら光も停止するはずなんだ。
ものを視るって行為は物体に光が当たってその反射した光が目に入り、そうして初めてその物体を視ることが出来る。だから時間が停止するんだったら何も視えないし、何もない。
そもそもが物体って量子の集まりだし、粒子がいくつかあってまとまりやすいからそこに存在してる訳だし、停止って書き方がどうしたってそういう理屈からありえないよね。
停止ってさ、エントロピーの法則から事実上不可能なんだよね。
僕の見立てによるとこの世界は異次元でも次元を超えた世界でもなんでもない、むしろ逆、次元が下がっていると考えて良いと思う。
例えば僕の手元にある本を地面に置いて目をつぶると本は見えなくなるけど、それは単純に視界から消えただけで、誰かが持ち去ったりしない限りは目を開ければ本はさっきと変わらず地面にあるはずなんだけど、でもね、量子の世界は違っていて、ある瞬間に何かが見えたとしても、次に見たときに同じものが予想通りの場所に見えるとは限らない。
量子は本質的な意味で場所が定まってなくて、見ることで初めてその場所を確定させる、量子の世界では存在することと見えることは同じじゃないんだよね。
これが実在人間側の元の世界の法則、でもこの世界の法則はその元の世界と比べて当てはまる部分がとても陳腐、当てはまらない箇所も陳腐だ。
今ここにいるこの場所の光は常に一定に保たれてるし、この島の外は見ることが出来ないってことはそこには光が入っていないか、届いていないってこと、これって人工物でしかありえないんだよね。
ここはつくられた世界、そしてとても元の世界とは比べ物にならないくらいにしょぼい。
そうやって思考しながら僕は皆から背を向けて腕を組んで俯いた。
ここで乗っ取り発動。
瞬時に下地を乗っ取り、すぐに解除。また下地を乗っ取ると下地の開かれた本に『ガ』と書いてまたすぐに乗っ取りを解除した。
この間、おおよそ3秒。
これで下地は架空側と断定できる。
2回の乗っ取りに成功したということはこの世界のルール上、実在人間を乗っ取ることで乗っ取りが消費されるという条件が今の乗っ取りでは揃っていないことを意味してる。
僕は皆に背を向けながら、
「……うーん、じゃあ判別はしない方がいいの?」
と言ってから振り向いた。
振り向いて皆の様子を確認する。
「まあ、そうだな、今はまだ行うには危険かもしれない」
柊が僕の質問に答えるようにして話し始めた。
「ただ少なくともガクが判別できるって公言したことで不自然に乗っ取ることも撃つことも架空側からすればやりにくいだろうけど、これからは身の危険は常に感じた方が良いよ」
そう言って柊は考え込むようにして僕に向けた視線を外した。
他の皆も僕の乗っ取りには気づいていない様子だった。
僕は内心ほくそ笑んで脳内で『馬鹿め』と呟いた。
勝利を意識してはこの世界にある僕の本能が興奮というカンフル剤を脳内にドーパミンとして放出されて、勝ったという確信に入った。
あとは下地と僕とで乗っ取り合いながらメモでやり取りをすればいいだけ。誰をどうやって殺すかの相談、どうやって時間までやり過ごすかの相談、これはUNOでいうところのあがりのカードが揃った瞬間で、あとは自分のターンになればこのゲームの勝者になれる。
いよいよ僕らの目的が達成される。
『実在人間、架空人間 fictitious編』完。
次回『実在人間、架空人間 完結編』に続く。