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短編小説|せっかちな人の為の肯定的な笑い

 加志崎かしざき 信也しんやと名乗る男に俺は連れられた。

 俺はショッピングモールでレストランを経営していたが、ある日食肉の確保が出来なくなった、それは狂牛病、狂鳥病、あらゆる病が発生しどうしようもないとされ、食肉業界が崩壊した為だった。

「本当だろうな、いや、もうどうでもいいが」

「大丈夫、安心して下さい、そこではあらゆる病もない、ついでに何も食べず飲まずで永遠の命が手に入る」

 いつもならこんな話信用すらしなかったが、金銭も肩書も何もかも失った俺は自暴自棄になり、この男の話に乗った。現在どのサイトにも載っていない場所が端末にはナビゲートされていて、その端末の売り場への案内人と彼は自身のことを語っている。それも売り物といっても金銭は一切不要で必要ないらしく、求められるのは決断のみだと説明された。

「着きましたよ」

 そう言って案内されたのは木造建ての古びた一軒家、どうやら今時珍しい駄菓子屋のようだった。ただおかしいのはここはニューヨークシティ、ビル群を抜けた先の住宅街の路地を抜けた先にあった日本的な風景にこの店があったのだった。

「ふざけるな、何だここは」

 やはり騙されたんだと憤怒した、少しでもこの男の話を信用したのが間違いだったのだ。ここまで辿り着くのに半日もかけて空港から飛行機に乗車して車を乗り継いだ、それなのに着いた先が此処とは。

「いえいえ、ふざけてなんていませんよ、どうぞ奥に入って下さい」

「ここまで来たんだ、騙されついでに中に入らさせて貰うよ」

 そう言って中に入るとあらゆる駄菓子が並んでいて、そこにぽつんとひとつの端末がペラペラの固めの紙で出来た箱に入れられていた。

「ほら、ここにあるでしょう、嘘なんてついておりませんよ」

 手に取ってその端末を見た。

 これといって何の変哲もない端末、形状は平べったいA4ノートのようなもので、映像を映し出すモニターが前面にあって、裏側にはちいさなゴム状の持ち手が付けられていた。モニターにそのまま持ち手が付けられた端末、そう例えるとわかりやすいだろう。

「どうでしょう、お買い求めになりますか?」

 俺は即決した。

 契約書にサインし、加志崎と握手を交わし、その場をあとにした。

 そうして俺は端末片手に旅に出た、そのナビに従順に従って列車に乗った。窓から見える日本的な風景の中、契約書のコピーに目を通す。契約内容なんてどうでも良かったが、書かれていた内容は加志崎が言っていた話とまったく同じで、これといって気になる点もなかった。

 列車から降り、ナビで指定された場所にたどり着く。

 しかし、そこに広がっていたのは荒れ果てた廃墟、あらゆるビルが崩壊していたり、無人の崩れたショッピングモールのような建物が、そこにあった。

「君もここに来てしまったか」「お気の毒に」

 背後から声がする。

 振り返ると、同じ端末を持つ見知らぬ人々が廃墟と化した建物から次々と現れる。彼らも同じようにナビに導かれここにたどり着いたが、誰も元の世界に戻れないと言う。

 ここでは歳を取らない、お腹も空かない、喉も渇かない、皆、何年もここにいて人だけが増えていき、各々雨風を凌ぐ為の材料を適当に集めて建物を建設したり、その器具を開発したりしていたそうだ。

 材料には困らないようで、廃材の中には金も銀も銅も土も石油も何もかもあり、ただこの廃墟という見た目が乱雑しているようにみえるだけで物は揃っていると説明された。

 加志崎の言う通り、確かにその世界は存在していた。


 幾年かの月日が流れる。

 俺はここで恋をしてある女性との間に子供が生まれる。

 産むのだけはやめておけと皆から言われていたが、彼女はそれを聞き入れなかった。俺もそんなやつらの言うことなんて聞く必要がないと、俺と彼女は駆け落ちのような形で別の集落へと向かった。

 そのとき何故そこまで反対されたのかよくわからなかったが、あとになってその理由が判明することとなる。

 子供が産まれたとき、初めは嬉しくってしょうがなかったが、産み落とされた子が何故かずっと成長しない、永遠に赤ん坊のままだった。ひたすらに母乳だけを望み、泣き、笑い、糞尿を垂れ流していた。

「オギャァッ、オギャァッ、オギャァッ」

 その集落では初の赤ん坊だったらしく、物珍しさもあって様々な人が訪問してきた。皆口々に「気の毒に」「なんてことだ……」と俺たちに同情し、その場を去っていった。

 そうしてあのときの「子供を産むなんてやめておけ」という指摘は俺たちの勘違いだったんだと気づき、一旦元居た集落に戻ることとなった。

 その頃にはその元いた集落では学びを得る為の施設の開発が始まっていた。勉学や独自の社会の学問、心理学、数学、あらゆる分野の学問が生まれてはあらゆる職業ができていた。

「戻ったか、君らに見せたいものがある」

 そこはこの世界で初めにみた崩壊しているショッピングモール、そこへと案内されさらに奥へと向かう。

 重い扉を開けた瞬間何やら泣き声が聞こえる。

 その部屋はどうやら防音がされているようで、その部屋には大量の全裸の赤ん坊が地面に寝かされていた。毛布やベッド、布団といったものは一切なく衣類さえない。糞尿は撒き散らされ、部屋は掃除すらされていない様子だった。

「しっかりと説明はしない、これをみればわかるだろう」

 そう言って彼はその場をあとにした。


 さらに幾年か過ぎ、とうとう見知った人もナビを片手に現れる、昔一緒に働いていたレストランの調理長の部下だった。

 彼に話しかけた。

「君もここに来てしまったか」

 彼女も彼に話しかける。

「お気の毒に」


 さらに幾年か過ぎ、どうやら地球にいた全人類が集合したようだった。

 そうして奪い合いや戦争が始まった。

 生命維持以外の欲が存在し、物欲と性欲が横行する。しかし、痛みはあるものの、傷はつかないし死なないし死ねない、だからこそ争いに決着がつかない。

 ここに拷問が始まる。

 あらゆる痛みの研究がされて、罪には傷みと拘束で裁くようになった、法もそのようにつくられた。

 次第に開発は進み、もはや物欲が必要なくなる永久機関と想像が現実になるマシーンが開発されたことにより自然と争いは無くなっていった。

 次第に人々は無気力になっていく。

 欲望は際限なく叶う、しかし、満たされない。

 死にたくても死ねない、でも痛みは感じられる。

 ナビの先の世界では永遠に人々は生き続け、欲望の意味さえ失って皆は毎日泣いている。

 俺は誰に聞かせるでもなく呟いた。

「誰か殺してくれ」

 隣で赤ん坊が泣き喚いていた。

 彼女が抱きかかえ、母乳をあげると赤ん坊は泣き止み、それを見た彼女は涙を流して笑った。

「ほら、泣き止んだ」

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