競歩と駅伝のハイブリット型
休日の朝、ぼんやりした頭で北海道マラソンを見ていたら、実況では有力実業団選手の位置取りや動きを伝えるなか、日本人先頭集団にみなれないユニフォームが現れた。「あれ?東洋大で箱根駅伝10区を走ってた清野?」東洋大学の4年生、前田義弘主将が女子ペースメーカーをするというのは噂に聞いていたが、清野の位置取りはペースメーカーのそれではなく、明らかに集団に馴染んで走っている。
よくみると、もうひとり東洋大の選手がいる。ゼッケンでしらべると4年生の柏優吾選手。出雲駅伝での出走経験はあるが、箱根駅伝はエントリーはされるも、未出走だ。
箱根駅伝を走るような大学生がフルマラソンに参加するのは、1月の箱根駅伝を終えてから。というのが定番。箱根駅伝出場までに培ったハーフマラソンを走り切れる脚とスピードを維持しながら、距離を伸ばし別大、東京、びわ湖あたりで初フルを走る。シューズの進化もあって大学生にとってフルマラソンへのチャレンジは「なまじ速いスピードで走れちゃう」だけに30kmあたりまでは先頭集団について走ることができるが、レース終盤は高い壁がそびえたち、失速に終わるケースが多い。近年うまくいった選手は青学吉田祐也、帝京細谷翔馬だろう。
初フルでうまく走れなかった時のダメージは深い。これまで数多くの大学生が初フルに臨むも、春からのシーズンで調子を落とすことも多かった。それゆえ、一気にフルまで距離を伸ばすことなく、青梅マラソン30kmや熊日30kmを走って適正をみながら、フルへ。と慎重に移行する選択をとる大学もある。大学三年次にスタミナ型の選手に熊日30kmを走らせて、翌年、びわ湖へ。というのも駒澤大学の移行ステップ。近年、箱根駅伝終了後に青山学院大の選手たちがフルマラソンに挑戦するようになったが、あくまでも経験をふませるということ。
だからこそ、今回の箱根駅伝メンバーに入るのは間違いなさそうな、清野、柏という4年生が北海道マラソン日本人先頭集団にいることにいい意味で違和感を感じた。北海道マラソンはMGC選考対象レース。ベルリンやシカゴでタイムを狙うスピード型ではなく、スタミナ型の選手がMGCファイナリストゲットを狙い数多くエントリー。数々の有力選手が脱落していくなか、テレビ中継の事前取材にもひっかからなかったような、大学生。それもスピードランナーが揃う箱根往路キャラではなく、復路キャラの東洋大生が先頭集団で走っているのだ。
札幌の街を走る東洋大の選手を観て、1年前の札幌での出来事を思い出した。ホクレンディスタンスのついでに、少し時期は早いけど、競歩20kmのスタート時間にあわせて、旭川から札幌のスタート地点に行くことにした。レース当日の日差しの向きやコンディション、そして折り返し地点への導線などを確認しておきたかったからだ。スタート地点をくまなくチェックしていると、「こんにちは」と声をかけられた。酒井監督夫妻がそこに立っていた。聞くと、同じ目的でロケハンに来たのだという。自分でも「オレ、ちょっと痛いな」と思いながらロケハンしてだけに、酒井夫妻も相当ヤバいと思った笑 「なにかわかったことありますか?」と聞かれ、「マラソンスタート地点横になんと郵便局があります。鈴木亜由子は日本郵政所属だけに、ギリギリまで郵便局で休めますね」と、どうでもいい知識を披露した。
そこでようやく気づいた。「これは大学生に本気でMGCをとらせようとしてる」と。石橋を叩いて叩いて叩き潰すほどの準備をする夫妻だけに、この北海道マラソンもなみなみならぬ準備をしてきたはずだ。
競歩とマラソンと競技は違えども、前年の東京オリンピックの川野将虎の50km競歩、池田向希の20km競歩を通じて、夏の札幌への暑熱対策は完璧にデータとして入っている。なんだったら、昨夏の反省もここに投入されることだろう。
近年マラソンが高速化してきたとはいえ、真夏の北海道マラソン。どんなに速くても2時間10分を切ることはない。近年のレースからおおよその優勝ラインは2時間12分台。箱根駅伝に必要なペースと比べ、スピードを落とし、余裕をもったペースで走ることができる。つまり、夏の北海道マラソンには箱根ほどのスピードは必要ない。
もともと柏も清野も箱根駅伝でも復路起用(想定)される選手たちだ。絶対的なスピードはなくとも、崩れることなく、単独走で淡々と走ることが得意な選手。北海道マラソンではペースメーカーがつき、30kmすぎまで集団のリズムに乗って走ることができる、彼らにとって、こんな楽なことはない。
さらに、注目したいのが、東洋大の選手らが二の腕につけている血糖値測定のための「オセロ」の存在だ。終盤での落ち込みをいかに減らすかがフルマラソン最大の課題。血糖値の数値の上げ下げをもとにメンタルコントロールを研究してきた東洋大長距離ブロック。何人もの選手が遅いペースに耐えきれずに集団から前に出ても、ここは勝負どころでないと動じない。そして、フォームもぶれない。終盤まで戦い続ける体幹とフィジカルを鍛えあげてきたこともよくわかる。すべてはレース終盤で力を出し切るために。世界陸上オレゴン競歩での川野、池田のラストでの粘りがそのイメージ。すごい。すごくなるぞ、これは。
箱根を目指す選手にとって「走り込み期」である夏の成果を秋のトラックではなく、夏の北海道で昇華する。この発想はすごいと感服した。箱根駅伝のスターはスピードランナーが集まる往路や山岳コースから産まれる。一方で勝敗が決して、単独走になりがちな復路選手(候補)にスポットがあたることはあまりない。これまで大学生にとって一番の品評会の場は箱根駅伝であった。一番、人が注目する場所で輝きたい。箱根でいい走りをすることが、人生の先を切り拓くのだ。しかし、どうしてもハーフマラソンの箱根ディスタンスが合う選手と合わない選手がいる。もっと短い距離だと輝ける選手もいれば、スピードはさほどなくとも一定ペースであれば延々と走れる選手もいるのだ。
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