人魚 (御伽話)

その人魚は 
若い漁師に つかまって
しまいました。

人魚は うつくしく 手のひらに
おさまるくらいの 大きさだったので


少し大きめの
ガラス瓶にとじこめられてしまいました。

その漁師は 自分の宝物を
なくしたくなかったので

それからは 夜になると

こっそりと家をぬけだしては
山のほうへ行き

ひとりで池のふちに
すわりこんでいました。

そして 瓶の中の 人魚に
いろいろな話をしました。

両親は 流行病で逝ってしまい
今は自分はひとりであること。

今日の漁はどれくらい魚が
とれ どんな色であったのか

子どものとき 池で
おぼれかけたこと

仕事の帰りに見た
夕日が 薄紅色で 
うつくしかったこと

いろいろな話しです。

ある晩のこと

月がとても明るい晩でしたが
漁師はいつものように池のふちで
瓶をひざの上におき ひとりで
話をしていました。  

それを  人魚は
静かに聞いていました。

するとそのとき
海の中から大きな黒いものが
浮いてきました。
その黒くて大きなものは 
まるで のたりのたりと 池の中へ
はいってくるようです。

漁師はびっくりしました。

この池には
魚が一匹もいないのです。

彼は立ちあがって 陸のほうへ
歩きだしました。

するとその黒いものの中から

とても大きなワニがあらわれました。

それはまるで 鉄のように
くろぐろとしていて
目や口からはおそろしい
きばがのぞいていました。

ワニは二またに分かれた舌を出しながら
ゆっくりと漁師に近づいてきました。

そして 漁師の体にぐるりとまきついて
池の中へひきずりこもうとします。

そのとたん
人魚が瓶の中からとび出して
泳いできました。

そして そのワニの黒くて大きな体に
かみつきました。

小さな うつくしい人魚が
噛みついた傷口から 
ワニは 光を放ち
ピキピキとひび割れて行きます。

ワニはうなり声を上げましたが

それでも人魚を
ふり払われはしませんでした。

ですから
漁師が大声をあげ
瓶の欠片でワニの
目を潰したとき
ようやくワニは

力をゆるめてくれましたので

人魚はそのすきに
水の中に逃げこみました。

そして 漁師は やっとのことで
陸へたどりつくことができました。

そして家にもどりますと

自分のいちばんたいせつな財産である
人魚を
死なせてしまったかもしれない
ことを思って

おいおい泣きました。

でも 朝になって
ゆっくり 目をあけると
ワニにかまれたはずのところが
なんともありません。

「どうしたことだろう?夢であったのか?
では彼女は いったい
何処にいってしまったのだろう?」

そこで すっかりと力つき 

また 月が でるまでの
一昼夜 泥のように
ねむってしまいました。

夢のなか
人魚が ヒレや 尾を
ひらひらときらめかせ 
遠くとおくに
泳いでゆくのが見えました

次の夜が 明けるか明けないかと
ゆう頃
漁師は 目を覚ますと

いそいで池にもどり
池中を 必死に 
さがしまわりましたが

人魚は見当たらず
ウロコの1枚も みつかりません。

そこで 彼は昨夜のできごとを
くわしく 村の人々に
話してまわりました。

するとそれを聞いた人たちは

みな その漁師の話を信じました。

その晩は
ちょうど満月だったので
このふしぎな話は
たちまちひろがってゆき

そして村人たちは

みんな池のまわりに集まり
お日さまがのぼるまで待って
みたけれど

やっぱり
人魚の姿は見えませんでした。

そして村の人々は もうこれ以上
心配してもしかたがないと思って
帰って行きました。

でも漁師だけはどうしても
あきらめきれないらしく

何日も何日も

花が咲くときも
セミがなくときも
雪が積もり
水が凍るときも

池のほとりで待ち

人魚を 探しつづけました。

気がつくころには

すっかり
ひきしまった腰はまがり

黒かった髪は
白くかわっていました。

また、月があかるく丸い夜に

もう この身体で
探しにゆけるのも 最後だろう


池にたどりついてみますと

水面が きらきらと金色にひかり

そこから
あの人魚が身をおこしました。

あの時とおなじ うつくしい姿形のまま
けれど 今は
人の女と同じおおきさで。

漁師は人魚に すがりつき
おんおんと泣き 
いつまでも あやまり
続けました。

自分の勝手で
つかまえてしまったこと

故郷の海からはなして
長く閉じ込めてしまったこと

あの夜ワニから 
助けて やれなかったこと

おまえは ワタシのこころも
生命も 救ってくれたのに

おまえは
ワタシの大切な宝物で
あったのに

なにもして やれなかったことを
悔いずにいった日はなかった。と

すがる 
漁師の頭をゆっくりゆっくりと
なで
涙でぬれる頬に

人魚はそっと口づけをしました。

すると漁師は
老人から青年の姿形に
若返るのでした。

そして みるみると 小さくなり
手のひらにおさまる 程の
おおきさになりました。

ちいさな漁師を 人魚は 
やさしくあたらしい
ガラスの瓶にいれ
瓶にも 口づけをし 言いました

「もういいのです。なにもかも。あなた。
ワタシも何も言わなかった。
逃げようとおもえば 逃げれたこと。
自ら 好んでアナタに囚われ
そばにいたことも。
さあ また 2人で一緒に 
くらしましょうか。」

人魚は 漁師を
大事に 胸にかかえ

金色の水面を、どこまでも どこまでも
遠くへ 

ヒラヒラと

泳いでいったのでした。

fin

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