夜空の星と人生の導き。Dickinson"Our share of night to bear—..."を読む
はじめに
2022年11月6日開催分です。英詩読会の最初期に読んだものです。
かなり好きな詩なので紹介します。原文は以下。↓
Emily Dickinson – Our share of night to bear (113) | Genius
1890年版詩集の編集者は、特にタイトルを付けていません。
翻訳案
第1スタンザ
私たちの、耐えるためにある夜の分け前[1]——
私たちの朝の分け前——
[2]恩寵の中にある、満たすためにある私たちの[3]空白、
(いまは)軽蔑の中にある空白——
―――――
[1] share; 名詞で「(誰もが共有している)一部分」というようなニュアンスの単語。
[2] bliss; perfect happiness, a state or spiritual blessednessということで、前者のニュアンスを強調して「至福」と訳すことも可能だが、ここでは「恩寵」と、やや宗教的ニュアンスの入った単語として解釈した。
[3] blankは古フランス語で「白い」を表すblancに由来する。「(容器などが)空である」ニュアンスのemptyとは異なり、何も書かれていない、無地の白いノートのようなイメージを伴う。夜が明けた、一面がまっさらな空は、これから(労働などで)満たされていくが、今は(闇を退ける、大いなる存在の)恩寵の中にある。と同時に、「何も為されていない」という軽視、軽蔑の中に存在している。
第2スタンザ
ここに[4]星、そしてあそこにも星。
[5]いくつかは迷子になる!
ここに[6]霧、そしてあそこにも霧、
その後で——[7]1日(が始まる)!
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[4] Here's、there’sとすれば、詩脚を乱すことなく文法的に成立させられた部分だが、意図的にbe動詞を省いていると思われる。be動詞を省略することで、より直接的にそのものの存在が感じられる。
[5] lose their wayには、lost=いなくなる、のニュアンスも含まれる。徐々に夜が明けていき、次第に星が見えなくなっていく様子を示す。短い表現で、長い時間が経過したことを感じさせている。
[6] fogは「地上まで降りてきた雲、または丘や山上などで、手で触れられる雲」というニュアンス。1メートル先までしか見通せない密度。一方でmistはfogより密度が低く、また持続時間も短い。mistの中では1から2メートル先まで見通すことができ、開けた場所から眺めれば「ここに霧、またあそこにも霧」という状態になる。
[7] 本来、dayはnightの対義語。「労働時間」という意味もある。
内容分析
大文字の魔術
読み直して感じたのが、この詩では大文字が少ない、ということ。ディキンソンはよく、文法から外れて名詞の頭や所有格を大文字にしますが(たとえば"THE WIFE."※における"Her new Day"は、夫婦生活を「彼女のもの」と強く形容していて印象的でした)、意味なく大文字にしているのではなく、それなりの理由を伴って表現しているんだな、と思います。
いつものディキンソンの表現方法から考えると、第1スタンザのnightやmorningはNight、Morningであってもよさそうですが、ここはひっそりと静まり返った夜の印象を強調するために、あえて小文字を用いているのだと思います。文頭の大文字だけが連なっていくために、第2スタンザの"Day!"という大文字のついた語の感慨が深まります。
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※夫婦生活の底に潜むものとは? Dickinson"THE WIFE."を読む|小川歩 英詩読会|note
形式面からの分析
3歩格と2歩格が交互に訪れており、また脚韻もabcbとしっかり踏まれています。さらに、両方のスタンザが完全韻です。完璧な形式によって、遥かな夜空—宇宙と自己との調和感が演出されています。全編が理論的考察となっており、現実世界を表しているというよりも象徴的・観念的な世界を表しているがゆえに、完全な詩的静寂を示しているのだ、と解釈できるかもしれません。
第2スタンザでは、第1行と第3行が対比になっており、星から霧へ、雄大な自然の中での視線の移動と時間の経過を感じさせます。これに着目して第1スタンザを見直すと、第1スタンザの第1行と第3行の行末も、「耐える(夜に対する態度)」から「満たす(昼,労働時間に対する態度)」へと、時間の経過を表現しているのがわかります。
多様な解釈
この詩はさまざまに解釈でき,複合的なイメージを重ね合わせて味わうことができます。
① 単純に、雄大な自然と、夜明けの時間の経過を思わせる詩として。しらじらと明けていく空のイメージですね。夜明けの光景を通じて、(労働によって満たされていく)日々の生活を肯定しているようなニュアンスすら感じます。
② blank verseで「無韻詩」という意味になります。第1スタンザにて、2連続でblankという語が使われるこの詩は、詩の形成初期のことを述べたものとしても解釈できるのではないか、と思います。長く耐え忍び、夜を超えた「詩の萌芽」は、超自然的なひらめきに由来しているため、恩寵の中にある存在と言えますが、その時点ではまだ無韻であったりして、未熟なものです(私は詩人ではないので、正確なところはわかりませんが、いきなり韻と歩格が完成した状態で脳内に湧いてくるとは思えません)。第2スタンザでは、その湧いてきた言葉たちが、星のようなきらめきを持ち,霧のようにまとまっていく過程が表現されているのではないでしょうか。と考えると、第2スタンザ最終行のafterwardsはafter wordsとの言葉遊びになっているようにも見えます。
③ アダムとイブが失楽園した(=自由意思を手に入れた)際、神はラファエルを通じて(人間の行くべき方向を示すために)星を示し、導いた、という聖書の記述があります。これをもとにこの詩を解釈すると、第1スタンザで示されているのは「人間には夜の時間(=負の側面)と朝の時間(=正の側面)の両方が分け前として与えられており、それを恩寵で満たすか、嘲笑で満たすかは我々にゆだねられている(=自由意思がある)」ということ。第2スタンザでは、人間を導く「星」が現れます。我々は人生の「霧」の中で迷うこともあるけれど、星(神の導き、恩寵)を通じて、昼(=明るい世界)に到達することもできるのですよ、という意味に解釈できます。bearとstarが、スタンザをまたいで第1行同士で韻を踏んでおり、「熊の星」→「こぐま座、大熊座」→「北極星」を連想するように言葉が構成されています。これによって、夜の海で航海士が頼りにする導きの星をイメージさせることにも成功しています。
これらの解釈を頭に入れて、もう一度原文を読んでみると、こんな短い言葉の連なりの中に、素晴らしい世界が開けているのがわかります。こんな高校生でもわかるような言葉の組み合わせによって、これだけ壮大な意味世界を構成してしまうのだから、すごい、と思いますね。
最後に
今回の記事はいかがだったでしょうか? 普通に英語教育を受け、日本で働く中ではあまり触れないものの、英詩って面白そう、と思っていただければ幸いです。
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