第4話 AAクラブのジョー

彼女と初めて会ってから、四、五日めの朝、一日中アウレリアに張り付いているわけにもいかないので、手持ちぶたさにアベニーダ・セントラル(中央通り)をブラブラ歩いていると、道の傍で斜め前からいきなり声をかけられた。

「へイ ジャパニーズ、助けてくれ」

と大柄なアメリカ人らしき男が膝を地につけ伺にすがって立ち上がろうとしていた。僕は彼の腕を支えて立ち上がらせた。

「イヤー、リュウーマチの痛さで急に足がよろけた。サンキュー」

「どうして僕が日本人だとわかった?」

「やっぱりそうだったな。オレは佐世保や横須賀にネイビー(海軍)でいたので、顔見りゃすぐわかるよ」

少しの間英語で自己紹介やこの出会いの経緯を立ち話しでした後、彼が今行く途中であったAAクラブ(禁酒を手助ける世界組織)へコーヒーを飲みに一緒に行こうということになった。

それはこの近くのパセオ・エスチュデイアンテス通りに面した小さなビルの中の一階にあった。

古びたテーブルと椅子だけの殺風景な造作であったが、時を忘れさせる落ち着いた雰囲気があった。

しかもそこでメイドが煎れてくれたコーヒーは抜群のブルーマウンテンでいたく感激した。
酒飲みが好きな中米産のモカコーヒーもあったが、ぼくはモカは嫌いだ。

其処は、さすがコーヒーの名産地で、酒をやめた連中がうまいコーヒーを飲みながら談笑し合う場所という感じであった。

彼の名はジョーといい、六十七歳で去年退職した後コスタリーカへやって来て、引退生活をおくっていた。

ネイビーにいた頃すっかり酒癖がつき、以後すったもんだの末女房にも逃げられ、ペンシルバニアでわびしくチョンガー暮らしをしていたが、友人からコスタリーカの素晴らしさを聞き、退職を期にコスタリーカへやって来て、今はリタイアライフ(引退生活)をとてもエンジョイしていると語った。

しばらくの間、世間話しをした後、僕を彼のアメリカ人の友達に紹介したいというので、時間を持て余している僕は一も二もなく同意して同行することにした。

ヒッピー旅行のときサンフランシスコで同じような状況で紹介された相手がゲイの男で僕に色目を使ってきたなんて笑えぬエピソードを思い出したが、まずは世間を広めることだと納得した。

タクシーでパセオコロン通りの近くにある友人のアパートへ向かった。

3DKのアパートは真新しく広いスペースを有し、一階で庭付きという快適なものだった。

ジョーの友人はヘンリーと名乗り、六十五歳でノースカロライナの地方公務員を定年退職したばかりの真面目で律儀なタイプのアメリカ人であった。

目下米国へ里帰りしている奥さんと二人してコスタリーカでリタイアライフを過ごすために移住していた。

車庫にはダッジの新車が収まっていたが、ナンバープレイトの数字の前にPENの表示が打ち込まれていて、西語でPENCIONADO(引退者)を意味する特別枠の車だ。国の政策で引退生活者を誘致するために車や家財道具を全て無税で輸入できる優遇システムである。

現在はこの政策がもう無くなったが、当時は国中でこのナンバープレイトの車を見かけたものである。

だからアパート中に立派な電化製品や家具が揃っていた。

さっそく三人でパテイオ(庭)の涼しいテーブルにつき、冷えたビールで乾杯した。

つまみはパラグアイ産のパルミート(ヤシの芯)だ。コスタリーカ産もなかなかイケるけど、パルミートはやはり昔からパラグアイ産にかぎる。

座が盛り上がったころ、玄関のドアがノックされた。

「オレの友達のボブが来る予定だ」

とヘンリーが迎えに立った。

騒々しいグループの話し声とともにやって来たのは背の高い50歳前後のアメリカ人で二人の若いコスタリーカ人女性を伴っていた。

自己紹介の後くだけた会話が始まったが、二十代後半の女達はいかにも
コケタ(遊び人)風の装いと雰囲気で、宴の相手役にはピッタリであった。

ビールをあおる昼間の早すぎるパーテイーは酔いもはやく盛り上がった。

自分の彼女を抱き寄せたボブは接吻の雨を降らせ、
「ヘンリー、鬼の居ぬ間に息抜きだ。そっちの美人のリサと仲良くやれよ」
とけしかける。

「まーぼちぼち行くよ」
と応えたヘンリーはもっぱら僕に興味深い質問をあびせていた。

「奴はクリスチャンだから謹厳実直、ワイフには背かないよ」
とジョーの手が、女に控えめなヘンリーを無視して、派手な化粧のリサの肩に回された。

所詮こういう女性たちは現地でメデイオプータ(半女郎)と呼ばれ、日本での ’援助交際” とか ”パパ活” と同義である。

売春窟にいるプロの娼婦ほど売春行為に徹底していない分かえって高くつく。

僕もヒッピー時代のメキシコではベラクルースやアカプルコなどでいいなずけの典子には悪かったが、時々現地の友達を介してこういう社会遊学をしたものであった。

もともと酒に強くない僕は3本目のビールで打ち止めにした。

      • これ以上くらった日にはアウレリアとの面会が不首尾におわる、下手すると絶交を宣言されるかもしれない - - -

と心配したからだ。

再会を約束して彼らのもとを辞した僕は酔いをさますには何が良いかをひたすら考えた。

コスタリーカ独特の果物であるカスの生ジュースが良いかもと思い、フルテリア(フルーツショップ)に寄り道して何杯も飲んだ。

甘酸っぱい、なんとも言えない風味で僕はラテンの果物ジュースでは一番好きだ。

果実そのものが、口当たりがしょっぱくて、なんとも言えない味である。

午後の閑散としていた時間帯で今日は幸運にも少しばかり長い時間アウレリアと話すことができた。

「どうしたのエイシー、今朝やって来なかったから心配してたわよ。ゆうべ酔っ払ったんでしょう?」

「昼前アメリカ人の友達とガーデン パーテイーになってビールを散々飲まされたんだ」

「お酒に強いのかしら、ちっとも顔に出てないわ」

「あなたに赤ら顔して会う訳にいかないから、もう苦労して酔いざましのためカス ジュースにレモンをいっぱいぶっ込んで飲んでみたのさ」

「それでうまくいったの?」

「まーね、でもお腹がピーピー言ってるけど」

「ハ、ハ、ハ、...」

周りで会話を聞いていた彼女の同僚たちも一緒に笑いこげた。

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