【Be・Fr・Ke・Fl】
遠くから聞こえるのは顔の見えない誰かの他愛の無い、意味を持たない言葉の羅列。
目の前に見えるのは幸せそうな笑顔でミートソーススパゲティを頬張る少女で、頭部で小さくスパークが爆ぜている。
「すごく美味しいです!」
呼びかけられた人物の頭部では緑色の流体がふるると揺れて、そんなところに共通項を今更見出していた。
「良かったね。けどほら、口元」
備え付けの紙ナプキンを差し出したが一向に受け取ろうとせず、咀嚼を止めた顔を少しずつ寄せていく。
「はいはい、はいはい」
おざなりな手付きとは裏腹に、丁寧に優しく拭われている少女は成されるがままだ。
「フォークくらい下ろせばいいのに」
「何でですか?こんなに可愛いのに?」
「関係なくない?」
「――」
それは音になって耳に届く前にノイズに上書きされた。
瞳の裏側に寒気が走る。
右手で瞼を抑えようとして、両手が動かせない事に気が付いた。
視線を手元に――何もない。
フォークもナイフも、食べた痕跡も、皴一つないテーブルクロスには折りたたまれたままのナプキンが在るだけだ。
自分たちを囲む壁はいつの間にか鉄柵と強化アクリルにその姿を変えていて、耳に痛いほどの静寂だけが漂っている。
「どうしました?フーケロ先輩」
少女が尋ねる。
「どうかした?フーケロちゃん」
続けて尋ねる。
心配そうに声をかけた二人は普段通りの――――――――幻想だ。
この二人が並び立つことは、今現在、決してありえない。
頬の内側を噛み切ろうとする意志に反して、口元が保護機越しに緩い弧を描く。
「大丈夫ですよ、何でもありませんから」
吐き気のする嘘をついた。
************************************************************************
暗転
************************************************************************
瞼を開く。
端末から聞こえるアラームを停止させて、時間は全く進んでいない。
「はぁ……」
どうにも沈んだ気分を振り払えず、原因は先ほど見たばかりの光景だ。
現実逃避の類ではないと思うものの、それでもかつての光景は少なからず心らしきものを揺さぶっていた。
頭では、理性では、理解出来ている。
変わった――あえて言うならば壊れた――関係性が全くの元通りになるとは思っていない。
円城寺椛を終了させたのは、更なる最悪を防ぐ為の一手だったと言えるだろう。
戦闘における彼女は消極的過ぎるほどで、崩落への行動は課員を護る為の一手だったと言えるだろう。
しかしそれは理由にならない。
1-1=0ではない。
プラスとマイナスは同時に存在していて、それを乗せた天秤がどう傾くかに過ぎない。
だから彼女を前と同じに扱って受け入れろというのは土台から無理な話だ。
と――――そうらしく振る舞ってみたところで、先ほどの夢を見る程度には割り切れないモノがある事も自覚している。
分かっているのは、もう彼女と二人きりで食事に行くことは出来ないだろうという事だ。
「ままならないですね」
不意に、戻ってから一度も彼女の名前を呼んでいないことに気が付いた。
『赤星伊吹』?
『国分寺周防』?
他者からの認識を外に置いたとき、彼女自身はどう在りたいのだろうか。
私自身は、彼女にどう在ってほしいのだろうか。
「ぷお」
蛙に汽笛は鳴らせない。
「ぷお」
それでも。
「ぷおちゃん」
目が覚めるまでの刹那には。
************************************************************************
【Be・Fr・Ke・Fl】
************************************************************************
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?