【異信電信】
『番号176番の方、ご注文の品がご用意出来ました』
電脳に届く電子音声にガメザは口の端を緩ませながら料理の乗ったトレイを手に取った。
「先食ってるぞ」
「待っててくださいよ~」
時間のかかるメニューを頼んだ瑠璃川の声を聞き流して空席を探す。
二人掛けのテーブルにトレイを降ろして、隣の席に座っていた課員の声が耳に入った。
「マップデータの更新だけど昼一で対応するからさ」
向かい合う二人は情報係の様だ。
恐らく業務の会話をしているのだろう――
「つまり俺が言いたいのは偉いのは椅子って事なんだよ」
「でもそれは苦くないか?」
お互いに視線を向けて、動作や相槌もそれらしいタイミングだ。
だが二人の発言を聞いている限りでは会話が成立しているとは思えないし、何かしらの暗号だとしても庁舎内でする意味が無い。
「ん、ノイズ入ったかも」
中空を見つめる視線に釣られて胸元のIDカードが僅かに天井を向いた。
「電脳通信ね……」
恐らく二人は別々の誰かと通信しているのだろう。
本来は無言でもやり取りが可能であるが、独り言の様に言葉にしてしまう事は珍しいわけではない。
昼食時で気が緩んでいるのかもしれない――
「稼働率落ちてる?」
「いや80%くらいは出てるはずだけどね」
「メンテナンスはサボるなよ。叱られるぞ」
「じゃあ明日見てもらうかな」
一転して会話は成立する。
であれば、先程の電脳通信だと思ったやり取りは会話となり、意味不明な応酬は意図的に行われていた事になる。
……何の為に?
聞こえてくる会話が気になって気になって、カレーは一口も進んでいない。
「11巻と12巻は読んだ?」
「悪くは無いけど俺のおススメはおじいちゃんが折り畳まれる動画だね」
「やっぱり?じゃあ物理媒体で準備しといてよ」
途切れなく続く暴投の打ち合いはやけに耳に届き、衆目が無ければ叫んでいたかもしれなかった。
時折胡乱な事をいう同僚のせいで耐性はついていると思ったが、彼らの会話はそれと別の部分で心身を疲弊させていく。
やがて二人は示し合わせたように席を立ち、入れ替わる様に瑠璃川が日替わり定食を机に置いた。
「お待たせしました~。あれ、食べてないなんて珍しいですね~?」
「お、おう……」
明らかに消耗した声を聞いて、どうせお腹が空いているのだろうと軽く流す。
「食べましょうよ~。お昼からも忙しいんですからね~」
昼からは調査係と合同で現場入りする予定だ。
なんとなく沈んでいた気分を無理矢理引き上げる為にも、目の前のカレーを食べる事に没頭しよう――
「かれーは刺身とか煮付けでしょ~?食べ方知らないんですか~?」
どこか冷静さを失っていたガメザは、瑠璃川の発言が自分の目の前のものを指しての発言だと認識した。
中空を見つめて、どこかの誰かと電脳通信していることには気付かない。
「今日帰るわ……。具合悪いって冴子さんに伝えといてくれ」
「え!?」
未使用のスプーンを下ろし、ついでに肩も少し下がった状態で、普段と様子が異なるガメザの姿は非常に弱々しい。
「カレーどうするんですか~!?」
「あー……、お前が食っといて……」
食べられる量ではないし、既に自分の分は手元にある。
しかしその訴えは耳に届かず、ガメザはふらふらと食堂から姿を消した。
「……お腹でも壊したんですかね~?」
瑠璃川の報告を受けた狼森は神妙な面持ちでこれを承諾。
翌日、ガメザの机には胃薬が置かれていた。
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【異信電信】
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