【本日の目覚め、ややもすれば重く】

「ん……ぁ、ふ」

身じろぎを一つ、欠伸を二つ。
ゆっくりと起きた体に少し遅れて寝ぐせの着いた頭が緩やかに追従する。
腰から先が垂直を形作り、視界の隅に浮かぶセグメントは午前三時半を表示していた。
早起きというには過ぎた時間で、布団を被りなおして姿勢は横に。

「おやすみなさい……」

角の先まですっぽり被って目を閉じる。
外から聞こえる僅かな音も聞こえなくなって、自分の心臓の音だけが主張し続ける。
五分たって、十分たって、規則正しい寝息が聞こえて――こない。
眠らなければと思うほどに意識は覚醒を早めるばかりで、諦めてベッドの渕へと腰かける。
窓の外に見える景色は白々しいほどに美しく、夜の闇は街並みに刻まれた傷跡を隠しているように見えた。

見えるだけだ。

どれだけ復旧が進んでも、襲撃が起きたという事実は無くならない。
あの日の出来事は今でも鮮明に思い出せる。
映像記録として、情報資料として、自分自身が体験した絶望として。
電脳汚染の治療が完了したところで心に負った傷が癒えるわけではなく、あれから何度も眠れない夜を過ごし、今日もそんな一日の始まりを迎えていた。

「……うん」

早すぎる目覚めの度に、今では半ば日課となった作業を再開する。
電脳空間にフォーカスを移してキューブ状の圧縮データを展開、書きかけの設計図がいくつも浮かび上がり、最もナンバリングが進んでいるものを呼び出した。
『重力感知ドローンNo.23』と銘打たれた外観図と内部構造が多重に並び、少し離れて仕様をまとめたテキストファイルが見えた。
書いて、書いて、消して、書いて、何度も繰り返す。
没頭するうちに朝日が昇っても、もう少しあと少しと時間ギリギリまでその手が停まる事は無かった。


************************************************************************


「ふむ」

皇純香が目を通しているのは、ようやくフェリックスから承認を得た『重力感知ドローンNo31』だ。
もちろん夜八の独学で作れるような代物ではなく、四物に関わる機構はフェリックスが、浮遊ユニットなどの機械的な構造はヘレンとリアムが協力を行っている。
最後の頁にはそうした課員の名前が連ねられており、目線だけを動かして、そして資料を閉じた。

「眠そうな顔で何をしているかと思えば……」

「あ、あはは」

笑って誤魔化そうとするものの薄い隈が残った目元ではそれも叶わない。

「専門家から見てどう思う?」

夜八の隣に立つフェリックスは返事の前に一度眼鏡の位置を調整した。

「いいですね。特に重力感知ユニットの設計は素晴らしい仕上がりです」

そもそもドローンの設計時点からフェリックスの協力を受けており、そのほとんどは彼の意見によって構築されているといっても過言ではない。
この前提で彼の言葉を思い返せば、特に自画自賛の意図はないのだろうけども。
少し遅れて付け足したように機構部分への賞賛も忘れないのは抜け目なしといったところか。

「重力感知ドローン――『重覚ドローン』が配備されれば重覚を持つ課員がいなくとも、彼女の能力を行使する手助けにはなるでしょう」

『重覚ドローン』の開発の目的は、言ってしまえば『未来予測』の為だ。
より正確に表現するなら『未来予測』によって発生する夜八の負担を軽減する為である。

本来の『未来予測』は事象の地平面を参照するものであり、夜八が単独で行使すれば効果が表れる前に形象崩壊してしまう。
何らかの『ズル』によってそれは回避しているものの、本来の手順で扱う事は様々な理由によって不可能に近い。
夜八は重覚によって感知した粒子の振舞いを底支えとして限定的な未来予測を行っている――ということを理解しているのはほんの一握りではある。
では重覚が無ければどうなるか。
答えは単純で『未来予測』は使えない。
誰もが持つ感覚ではなく、例えば屋外の活動に赴く課員が誰も持っていないという状況も別段珍しくはない。
かといって重覚の有無を理由にメンバーとして選出される事は無く、例えば夜八自身も屋外での活動にはほとんど参加していない。
そもそも戦闘行為などもっての外だと自覚しているし、それについては分を弁えていなければならない。
だからこその『重覚ドローン』だった。
ド取の襲撃では『未来予測』が無ければ終わっていた場面が何度もあった。
正真正銘の命綱であり、夜八はそれを痛いほどに理解している。
無力感や自己嫌悪が全くないとは言い切れないしそれを払拭するための行動としての一面もあるが、それとは別の意志によってここに至る。

「内容は理解した」

『重覚ドローン』の設計や機能はもちろん、これによって得られる環境課としてのメリットも。
その上で、問う。

「今現在、環境課の経済状況は決して良いとは言えない。物品の入手が困難担っている事も、一部は価格も非常に高騰していて手に入れる事も満足に行えない状態だ」

夜八は頷く。

「それでも、今、これを開発する意味があるのか?」

後回しにしても問題ないのではないか?というやんわりとした拒絶に、夜八は――

「未来を『視』られるのは、今が『在』るからです」

明確に、抗った。

「未来を『変』えるなら、今が『変』わらないと駄目なんです!」

理屈や大人の事情など関係なく、ひらすたに自らの感情と意志を言葉に乗せて。
なるほどと呟いて、瞬きを二つ。

「開発を承認しよう」

ただし、と付け加えて。

「予算は区切らせてもらう」

フェリックスから提案された金額には届かないが、一基丸々といくつかの予備パーツを揃えられるその数字は決して安いものではない。

「っ、ありがとうございますっ!!」

大きく頭を下げた夜八は、我知らずに両手を握りしめていた。
ある種の達成感と、次に繋がったという歓喜の感情が――

「ああ、これは余談ですが」

まるで今思い出したかのように、

「『重覚ドローン』には市販品もありますよ」

「え?」

急速に萎んでいく様な。
というか設計図や仕様の提案に完成まで協力しておいて、この男は一体何を言い出すのか。

「――ですが開発や改良はほとんど進んでいません。性能もおもちゃのようなもので、ただの感知端末としての側面が非常に強いです」

つまり、

「この仕様書に則って作られるのであれば、費用対効果の面でも求められる性能の面でも十分に期待出来るでしょう」

嘘くさく微笑みかけるフェリックスに対し、何と返すべきか考え、悩み、

「はい!」

思考放棄した元気な返事が飛び出した。


************************************************************************


承認から一週間が経った頃、夜八の手元には『重覚ドローン』が届けられていた。
開発係が恒例のデスマーチを行進したのかといえばそうではなく、元々設計に協力していた事で相当スムーズに開発が行われたというだけの話だ。
健康的な顔色のリアムを見て、ほっと胸をなでおろしたのを夜八は思い返す。

「それは?」

頭上からの声――フォスフォロスに振り返る。

「『重覚ドローン』だよ」

「重覚……あぁ!」

『未来予測』に関わる何かしらだろうと思い至ったフォスフォロスは、最近の夜八の眠そうな顔の理由を理解し、両手を軽く合わせた。

「これから試さなきゃいけないこともいっぱいあるし、すぐに実戦配備とはいかないけどね……」

確かめたいことはいくつもある。
連続稼働時間はもちろん、今は取り掛かれないが耐久試験なども予定には織り込まれている。
その中で最も重要なのは、やはりどの程度の精度で重力を感知出来るのかという点だ。
機能としてはフェリックスのお墨付きがあるので問題ないとして、それが『未来予測』の実行にどの程度の効果を持っているのか。
今までは課員の目に頼っていた事からも、その比較は絶対の課題となる。
これまでと同じような感覚で『未来予測』を実行しようとして、同等の効果を期待して、それを満たさなかった場合は逆にリスクとなる。
細すぎる命綱に身を預ける事は出来ない。
よって重覚を持った課員の視界と、ドローンの視界の両方を比較して、どの程度役に立つかを確かめなければならなかった。

「誰がいいのかなぁ……」

こればかりは協力してもらうしかなく、更に言えば重覚を持たず、かつ電脳化している課員も必要だった。
後者については心当たりがあり、フォスフォロスをちらりと見る。

「誰がいいんだろうね」

二人揃って腕を組みながらうんうんと唸ってみるが閃きは降りてこない。

「あれ?というか、夜八ちゃんが勝手にお願いしちゃっていいのかな?」

「あっ」

見落としていた当たり前の事にようやく気付き、皇へと相談を送る。
返事はすぐに帰ってきた。


************************************************************************


曰く、メ学の実験棟に課員がいるから丁度いいだろう、と名前を挙げられたのはフローロ・ケローロだった。

「お疲れ様です二人とも」

先に連絡を受け取った彼女は到着した二人を出迎る。
フローロの背後には白衣を着た男性が、細切れになったコンクリートを台車に乗せてどこかへ運んでいく姿があった。

「あれは重熱効果……ですか?」

夜八の知るフローロは重熱式はおろか重覚すら持っていなかったはずだ。
まさかそれも?と視線で尋ねると、頭部のアンテナが小さく動く。

「ええ。まだうまく扱えてはいませんけど」

困ったように笑い、二人を先導して歩き出した。

「課長から聞いていますよ。夜八ちゃんがそれを作ったんでしょう?」

フローロは夜八が抱える重覚ドローンを指して言った。

「すごいじゃないですか」

嬉しそうな声色を受けて夜八は照れながらはにかみ、その隣で何故かフォスフォロスが胸を張った。

「はい。あ、でも私だけじゃなくて色んな人に手伝ってもらいました。リアムさんとかヘレンさんとか、あとフェリックスさんにも!だから、私がしたのってそんな大したことじゃなくって――」

早口でまくしたてる姿に、ふふ、と声をこぼして。

「それだけの人に手伝ってもらえたのは、夜八ちゃんが頑張ったからですよ」

先程より恥ずかしそうに、そして誇らしげに返事をして、やはりフォスフォロスが胸を張った。


短いやり取りを終えて、三人の前には長机とその上に大量のプラスチックの円筒が並んでいる。

「何をするか説明してもらってもいいですか?」

いつの間にか先程の男性も近くに立っていた。

「えっと、『重覚ドローン』の視覚情報から観測された粒子の振舞いと、フローロさんの重覚で観測された粒子の振舞いの差から、どの程度の精度を期待出来るかを確かめる実験をします」

一定距離から打ち出したゴム弾が着弾するまでの時間と、『未来予測』による結果の時間差を記録する。
ドローンとフローロの視界を交互に切り替えて、フォスフォロスはそれを受け取る役割だ。
『未来予測』という並外れたもので測定するにはあまりにも単純で、しかし今回の実験内容はフェリックスの提案でもあった。
複雑すぎる事象は比較するには向かないと言う彼の提案は最もで、そもそも慣れていない事をしようと言うのだから最初は難易度を低くするのが正しい。
その分の演算能力はメ学の設備から確保されており、今回の実験結果を全て共有する事が貸与の条件になっている。
フェリックスの笑顔が脳裏に浮かぶ。

「準備が出来たら始めます」

「いつでもいいよ!」

『重覚ドローン』がふわりと浮かび、ゴム弾が通る道筋の全てをその視界に収めた。

「お願いします」

合図を受けて男性がゴム弾を発射する。
ドローンの視界を、重覚が獲得した粒子の振舞を、夜八はそれを元に『未来予測』を実行した。
フォスフォロスの視界にそれが重なり、ブレて重なる実像と虚像。
着弾したプラスチックの円筒が弾き飛ぶのを幻視し、直後に音が耳に届く。
その時間差をデータとして数値化して――

「今のが未来予測ですか!?何ですかコレ!?え!?」

驚きを声に乗せて発信するフォスフォロスに対し、機密情報では?とフローロは訝しむ。
だが白衣の男性は素知らぬ顔で、フェリックスが配慮した人選なのだろうと見当がついた。

「フォスちゃん……っ!」

背を背けている夜八はそんな様子を伺い知ることは出来ず、フォスフォロスの失言に思わず静止をかける。

「あっ!?」

口元に手を当てるが既に遅く、大丈夫みたいですよとフローロが言うまで二人はあわあわとし続けた。
やや間を置いて。

「フローロさん、準備はいいですか?」

「いつでも大丈夫です」

そう言ってコンタクトレンズを外す。
青く澄んだ瞳と視界を共有し、

「うあっ!?」

その映像は酷く歪んでいた。
フローロが視認している物体の表面上に乱雑な格子が、無数に、僅かに、大量に、複雑に、入り乱れて、整いながら、重なり合って、陽炎が、蜃気楼が、まとわりついていた。
予想もしていなかった事態に慌てて視界共有を遮断し、姿勢を崩した夜八を見た学会員はトリガーから指を話している。

「大丈夫!?」

フォスフォロスに支えられた夜八は、ともすれば吐き気さえ感じる視界を振り払うとフローロへと視線を向けた。

「今のは……」

きょとんとして、すぐに気付く。

「ごめんなさい、戻しますね」

再びコンタクトレンズをつけた彼女の瞳は薄紅色になっていた。

「これで大丈夫だと思います」

再びフローロの視界を一旦は低解像度に落として、徐々に鮮明になる様に画質を引き上げてる。
綺麗さっぱりに蜃気楼は消え失せていて、整列したプラスチックの円筒が見えていた。
微かに残っていた違和感が無くなるのを待って実験を再開する。
フローロの視界を、重覚が獲得した粒子の振舞を、夜八はそれを元に『未来予測』を実行した。
フォスフォロスの視界にそれが重なり、ブレて重なる実像と虚像。
着弾したプラスチックの円筒が弾き飛ぶのを幻視し、直後に音が耳に届く。
その時間差をデータとして数値化して――

「『0.317秒』差、ですね」

ゴム弾の初速は500m/sであり、空気抵抗を受けてその速度は下がっていくものの、着弾までに必要な想定時間から比較すると思った以上に有意差があった。
これが本当に正しいのかどうかを確かめる為の的は机の上にまだまだ残っている。
「次、お願いします」


************************************************************************


100回を超える実験の結果はどれも近似値で収まっていた。
全ての数値を小数点第三位まで記したレポートを上から下まで読み返し、ある意味では予想通りの結果を得られたと言えるだろう。
即ち、

「『重覚ドローン』を使用した未来予測の補助は可能……で」

期待の眼差しを、

「測定できた結果から、限定的ではあるものの実用可能なレべル……だけど」

口を尖らせて、

「難易度の高い事象に『未来予測』を使用する場合は精度が不十分と考えられる……かな」

『重覚ドローン』の実用性に確証を持てた事は今回の実験における最大の成果だった。
求めていた理想値にはまだ届いていないが、兆しを掴みとれただけでも十分な結果が得られたと言えるだろう。

「夜八ちゃん、全部声に出てるよ?」

「えっ!?」

口元に手を当てるが既に遅く、今度は誰からのフォローも入らなかった。
微笑ましい視線を受けながらようやく完成したレポートを保存して、これでこの場での作業は全て完了となる。

「お疲れ様でした」

「ありがとうございます!」

解散ムードが漂った矢先、台車に乗っていくつもの鉄塊が運ばれてきた。

「私はもう少しここにいるので、先に戻ってもらって大丈夫ですよ」

夜八たちよりも先にフローロがここにいたのは、彼女の重熱効果を確かめる為である。

「少し見ていってもいいですか?」

「構いません……よね?」

男性は頷き、夜八とフォスフォロスはフローロから距離を取った。
コンタクトレンズを外したフローロの全体像を夜八は半ば無意識に、鋭敏な重覚でその姿を見る。
アンテナから、指先から、重熱の起動に伴う何かを感じ取る。
鉄塊の表面を複雑になぞったかと思えば、その軌跡に沿ってあっという間に寸断されていた。

「今の軌跡は、さっきのあの、視界のもにょもにょなんですか?」

上手く言葉にすることが出来ず、手を使ってもにょもにょを伝えようとする姿は愛嬌に溢れている。

「電脳化の影響と、あとは重熱高感度義体であることも理由らしいんですが」

そう言われたので、と前置きして。

「重熱で切断しやすい場所を視覚的に捉えているみたいなんです。蜃気楼の様な格子がそれで、普段はコレで補正しています」

指先は小さなパッケージに納められたコンタクトレンズを指しているのだろう。

「これだけの出力の重熱効果を発現させようとした場合はもう少し消耗するはずなのですが、視覚からの補正によって負担がかなり抑えられている様ですね」

学会員が引き継いで、そのまま続ける。

「この仕組みを利用出来れば、四物式を使用した工事などで多くのメリットが考えられます。しかしこの歪みを視覚共有で捉えても、フローロさんの様な補正はかかりませんでした。恐らくは彼女特有のものなのでしょう」

そして万能という訳でもない。
切断しやすいというものであって、何でも切断出来る訳ではない事はこれまでの実験で明らかになっていた。
非常に硬度の高い物体は、仮に切断するのだとしたら相応の振動フェルミオンを要求されるだろう。
視界のほとんどに歪みがかかってはいるが、その補正値はフローロとの距離によって減衰し、ほとんど至近距離でなければ望むような効果は得られない。

「ですがデータとしては非常に有用ですし、こうした実験にも度々お付き合い頂けるのは本当に有難い事です」

「重熱式について教わったり確かめたりさせて頂いているので、むしろ私がお礼を言う立場だと思うんですが」

と、和やかな雰囲気にデバイスからのアラームが割り込んだ。

「あ、すいません。そろそろ時間なので……」

「本日もお疲れ様でした」

小さく頭を下げて、夜八とフォスフォロスもそれに従う。

「二人もお疲れ様でした」

「いえ!お手伝いしてもらって、ありがとうございました!」

実験棟の出口を通り、メ学の敷地内を出たところでフローロは立ち止まった。

「私は別の用事があるのでここで失礼しますね」

「えっ、まだお仕事なんですか?」

環境課の業務終了時間は近く、ここから別の何かをするのはそれを超えてしまうだろう。
その質問に何と答えるかを少しだけ考えて、申し訳なさが微かに浮かぶ表情で、

「大事な時にいられませんでしたから、このくらいは」

「――……」

返す言葉は無い。

「それでは、また明日」

迎えに来た車に乗ってフローロは遠ざかっていった。
ほんのちょっとだけセンチメンタルになって、しかし彼女には彼女の意志があるのだろうと解釈する。
それを咎めるのも心配するのも野暮と言えば野暮であり、踏み込む意味は無い。

「帰ろっか」

「うん」

バス乗り場へと向かう二人の間を、わずかに夜風が通り過ぎていった。


************************************************************************


「ん……ぁ、ふ」

身じろぎを一つ、欠伸を二つ。
ゆっくりと起きた体に少し遅れて寝ぐせの着いた頭が緩やかに追従する。
俯せになったままの視界に浮かぶセグメントは午前六時半を表示していた。

「あれ……?」

いつの間にか寝てしまっていらしく、昨晩の記憶を掘り返す。
メ学での実験を終えて庁舎に戻ったフォスフォロスと別れ、箇条書きにされた実験結果の清書をする為に足早に自宅に戻っていた事は覚えている。
晩御飯を食べ過ぎたせいでお腹くるしになって、落ち着くまでと本を読みながら一服をしたことも覚えている。
その後は作業を行っていたはずで、ふと読み返すと資料の後半には寝言――寝思考?――と思わしき意味不明な単語や会話がつらつらと保存されていた。
もちろん全て削除して、勢いあまって必要な部分まで削除して、また書けばいいかと諦める。

「んーっ」

背筋を伸ばす。
シャワーを浴びて、簡単な朝食を食べて、牛乳をコップ一杯飲んで、歯を磨いて、着替えを澄ませて、荷物を持って、ハンカチを確かめて。
朝の日課を全て済ませて、もう一度ハンカチを確かめて、そして家を出る。

「いってきまーす」

見上げた空は生憎の曇りだったが、それを通り抜けてきた控えめな日差しがどうにも眩しくて目を細めた。
それはどこか笑っている様な――。



************************************************************************

************************************************************************

【本日の目覚め、ややもすれば重く】

************************************************************************

************************************************************************

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?