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【23:21 行動内容:実況見分】


事件現場付近を歩く四つの人影。
一つは淡々と、一つは控えめに、二つは和気藹々――とは言い難い。
数分前にスーツの男が通ったきり、公園の周囲に環境課員以外の姿は認められない。
車通りも少なく、今は静寂が訪れている。
事後処理は完了しているが、殺人事件のあった場所に好んで近付く様な事はしないのが普通だろう。

「お夜食は出るんですか?」

「深夜手当は出るんじゃないかな」

微妙に噛み合っていない会話をしながら、軋ヶ谷の視線はどこか遠くへと向けられていた。
祇園寺蘇芳の言葉を聞き流している様に見えて――その可能性は十分にあるが――電脳越しに何らかの走査が行われている。
手持無沙汰になった少女は無い腕を覆う袖を小さく振りながら、近くの植え込みの裏を覗き込もうとしていた。
雪貞はその様子を離れた場所から、無自覚に細められた視線でその後ろ姿を見つめている。

「何であんな……」

小さな呟きだったが風炉の耳はそれを拾い上げた。
その続きを言葉にする必要が無いほどに、彼の心象は察して余りある。
理解はすれどもこの場所、この状況では不要とも言えるその感情に対して返す言葉は無く、風炉は僅かに染みの残るコンクリートに視線を向けた。
――脳裏に浮かび上がる視界映像。
行動も言動も明らかに異常過ぎた男は被害者同様に既に死んでいる。
何を目的として行われた行為だったのか、彼の言葉をそのまま信じる事は到底出来る訳もない。
訊ねようにも、永劫の闇に沈んだ電脳は何も応えてはくれないのだから。

「何か見つかった?」

軋ヶ谷の言葉に振り返って、いいえ、と短い返事をした。
清掃係の対応は完了しており、立ち入り禁止が解除されて一日は経過している。
目ぼしいものは残っていない――本当にそうだろうか?
僅かにでも事件の真相に迫れる痕跡が一つでもあれば――そうした思いでここにいる。

「聞き込みとかもした方がいいんでしょうか?」

「いい提案だけど時間の問題で難しいかな」

「あ、そうですね……」

日付が変わるまで一時間もなく、隣のビルの入り口には閉館の二文字が提げられていた。

街灯と高層ビルの窓から漏れる光が照らす足元から視線を上げて、星の見えない曇り空は変わり映えしない一日の終わりを告げている。


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