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【頂に閃る】

喫煙者の肩身が狭い昨今。
庁舎内には喫煙所が備え付けられているがその場所はどこか辺鄙だ。
エレベーターで上層階に向かい、屋上へと続くバルコニーの片隅は課員のみが利用可能になっている。
フローロは喫煙者ではないが、時折そこに足を運ぶことがあった。
――この場所の自販機でしか買えない飲み物がある。
ある種のルーティーンに近く、新商品を最速で買いに行く程ではない。
扉を開けると、少しだけ吹き込んだ風に前髪がはためいた。

「おや」

簡易なベンチの傍、深海の様な瞳をした女性課員が立っている。

「こんにちは、蘇芳さん」

「こんにちは、フローロさん」

若干のぎこちなさの正体は距離を測りかねている他人行儀だ。
こちらだけがそう感じているだけかもしれない。

「ボクはもう買ったので、どうぞ」

お汁粉と、もう一つは【破滅激搾り!完全生果汁!】とカラフルなポップ文字が描かれた何らかの飲み物がベンチの上に置かれていた。
自販機の前に立ち、それが新しく入荷されたものだと気付く。
同じものを買って、良く見れば無果汁とも書かれている……情報詐称では?
ベンチに座り――軋ヶ谷の位置情報を確認する。
一つ下の階にある情報係のオフィスにいることが分かったのでフォーカスを戻す。
プルタブを開いて、口をつける。

「ロナルドさんとはその後どうですか?」

軽く咽た。
吹き零すことはなく、ゆっくりと呼吸を落ち着けてからわずかにジト目を向けて。

「どうもありませんよ。定期的な連絡は取っていますが」

蘇芳の口元が笑みの形を作り、そして一文字へと変わっていった。

「別に怒ってる訳ではないですよ」

――以前、ロナルドとフローロの関係性について尋ねられた事があった。
電脳通信の多さを咎められたという事実は数名の課員の興味を惹くのに十分な出来事である。
特定の誰かとやり取りを、怒られるくらい頻繁に、ただの知り合いとする訳がなく、つまりそれは、伝言ゲームの様に膨らんで小さな話題となって、今は鎮静化している。
憶測で噂話をするのはやめてほしいと注意しただけのつもりだったが……詳細は省く。
度を過ぎなければ不快には思わないので、話題の一つとして軽くやり取りする程度ならば。
妙な感覚を振り払う様に彷徨わせた視線が蘇芳と交差して、アンテナの間でスパークが爆ぜた。

「美味しいですか?」

炭酸は弱く、ケミカルな甘みと反比例する薄い香料、量が多いのは逆に困る。

「もう買いませんね」

「ボクもそう思います」

まるでもう飲んだことがある様な言い回しで、しかし握られているのは未開封のソレだ。
微妙な間、疑問の答えが出るには十分な時間を経て。

「ぷお」

汽笛が鳴る。
迎えに来た軋ヶ谷みみみが受け取りやすい位置に、笑顔と共に差し出していた。


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【頂に閃る】

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