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【情熱を再編する為の心得】
見上げる程に大きな樹木と頭上を覆う葉の影に目を細める。
遠くから聞こえる鳴き声は耳馴染みのないものばかりで、どこか現実感の薄い足元を二度踏み鳴らした。
「皆様、ダイナソー!本日はダイノダイナーにお越しいただき、まことにありがとうございます!」
案内人の明るい呼びかけに全員が視線を向けた。
笑顔の裏に注目を浴びた事への微かな怯みを隠し、注意書きを読む様に促す。
「……――以上の事にお気を付けください!」
「「はーい!」」
先日編集長から受け取った「初来園者向けツアー」と書かれたチケットを見る。
恐竜との触れあいをうたうこのツアーの競争率は高く、入手困難な一品である事。
ホテル・カデシュへの訪問を今後も続けるのであれば、ここにも参加すると良いとの事。
半信半疑に受け取りながら、何故自分に?と尋ねると、
『先行投資だよ』
短く返された事は記憶に新しい。
「段差には気を付けてくださいねー!」
送り出す声を背に船着場からエントランスへと向かう。
「楽しみだねー!」
「どんな恐竜がいるんだろう」
周囲から聞こえる会話は幼い声が多く、普段のスーツのままでいる自分をどこか場違いに感じつつ――
「よォ!よく来たな!」
威勢のいい声に顔を上げる。
「俺がこのダイノダイナーの責任者だ。レックスって呼んでくれ」
「「レックスー!」」
子供たちに手を振って応える仕草は年相応の青年だ。
「よっし!それじゃ早速中に入ってもらう訳だが……」
いくつかの注意事項が説明された。
撮影は自由にしても良いが、檻の傍に近づきすぎない事。
スタッフの指示には従う事。
そして、楽しむ事。
「ようこそ、ダイノダイナーへ!」
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入館して直ぐに出迎えのスタッフが姿を見せた。
白衣を来た男女――本来は研究職なのだろう。
「今日のツアーの案内をさせてもらいます。……何か一言、ある?」
「いいえ別に」
「いや、自己紹介くらいはさぁ」
気だるげな女性に若干手を焼いている姿を見つつ、ツアーが始まった。
「ここが草食恐竜のエリアです」
まず感じたのは驚愕だ。
鳴き声や遠くから見えていたシルエットから予想はしていたものの、こうして恐竜の姿を目の当たりにして尚、信じがたい光景である。
目の前のそれらは機械仕掛けの模造品ではなく、息をして、生きている、紛れもない本物だった。
「そのレバーを上にあげると恐竜たちに餌を上げられるから、誰かやってみない?」
このエリアの案内人—―グレーの衣装に身を包み、背中にかけられた銃がやけに目立っている――が呼びかけた。
言うが早いかレバーが上がり、餌用の草がせりあがる。
食べるが早いかレバーが下がり、餌用の草が沈み込む。
「…………」
「…………」
恐竜たちの切ない視線が檻の向こうから注がれる。
「も、もう一回ね!」
今度は片付けられずに済んだ様だ。
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「次は上に行くよー。階段に気を付けてね」
「段差に気を付けてくださーい」
子供には少し厳しそうな階段を登り、釣り下げられた化石を横目に進む。
アンモナイトや三葉虫といった品々が並ぶ通路には一人の女性が立っていた。
「ここでは化石の紹介や解説をしているんだ。彼女が担当の――」
「初めまして。皆さんはこの化石が何か分かりますか?」
数点の紹介を終えて、ツアーは先に進む。
別の機会があればしっかりと解説をしてもらえるらしく、やけに詳しい子供が一人はりきっていた。
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お土産ブースや飲食店の紹介を済ませた頃、フロア中央の円筒の前でレックスが皆を出迎えた。
「この中には、本物の恐竜が入ってる」
小さく、なるほど、と呟いた。
先程目にした草食恐竜たちは遺伝子工学によるクローンなのだろう。
入口手前で目にした【MINAZUKI CHEMICAL】の文字から、この施設の運営は水無月グループの手によって行われていると予想出来る。
確かその道に精通した科学者が所属していたはずだが、名前は失念していた。
推測の域を出ないが、その人物か、あるいはその功績が施設の運営に大きく貢献しているのは間違いない。
「今はまだ技術的に難しいんだが……」
見上げるその目には、澄んだ思いが込められている。
「俺は、こいつを蘇らせたい。いつか、きっとな」
憧憬が灯る、強い意志。
夢を追う事を諦めていない、輝かしい瞳。
目が眩んだ気がして、一人顔を背けた。
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「さて、最後のエリアだ。……開けてくれ!」
重厚な鉄の扉が音を立てて開かれる。
堅牢な檻を思わせる鉄柵に囲まれた広場は、それでも何故か頼りなさを思わせた。
無音である――と思われた矢先、遠くで鳥が飛び立った。
「お、そろそろ出てくるかなー?」
こちらの緊張感とは真逆に、穏やかな声が向けられた先で木々が揺れる。
「わぁ……!」
子供たちの声は恐怖よりも歓喜が勝っていた。
それに遅れて見えたのは、強靭な顎を持つ肉食恐竜最強のティラノサウルス――。
「グォ――ォォ――」
彼にしてみれば小さく唸った程度かもしれない。
それであっても、本能的な恐怖が全身を震わせた。
「すっ……げぇ……!」
興奮を抑えきれない様な声が上がる。
「ここでも恐竜たちにご飯をあげられるよ!きっと皆お腹空いてるだろうから、誰かレバーを上げてくれないかな?」
「「はーい!」」
せりあがる台座には巨大な肉塊が鎮座していたが、恐竜と見比べるとやや小さく感じてしまう。
大胆にかぶりつく姿に見惚れていたのは僅かだったが、瞬く間に胃の中へと納まっていった。
「ご飯も食べてお腹も膨れたし、次はお昼寝の時間だね」
白衣の男性が口笛を吹くと、恐竜たちは振り返って立ち去っていく。
まるで飼い犬の様な従順さに驚きつつ、後ろで待つスタッフたちに向き直る。
「それじゃ今日のツアーはこれで終わりだ。楽しんでもらえたか?」
「楽しかったー!」
「すごーい!」
「そうかそうか。なら、良かった」
そう言った彼の表情は満足げだ。
「ただ、今日は短めのツアーだったからな。今度はもっと時間がある時に遊びに来てくれよ」
全員が賛同し、しばしの歓談を得て解散となった。
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「ツアーはどうだったかな?」
「そうですね……。良い刺激にはなりました」
「はっは。生きた恐竜を見てその程度の感想で済むのは君くらいかもしれないな」
編集長の表情は穏やかである――嫌味ではないのだろう。
「あの施設にもホテル・カデシュが関わっていると?」
「私が答えられることはない」
否定も肯定も、どちらも正しいのだろう。
直接的に関わりを持つのは水無月重工そのものか、そこから派生した何らかの企業であると考察する。
ホテル・カデシュがその運営や施設の管理に噛んでいるとは考えにくいが、全くの無関係という訳でもない。
水無月重工そのものとホテル・カデシュの繋がりを考えた方が自然だが、その詳細は全く分からない。
予測する事は可能であるし、そう外れたものにはならないだろう。
だが、エイル・アーデンにとってはそれはどうでも良い事だ。
「面白かったですよ。とても」
自分の知らない日常を生きる誰かの当たり前に触れる事。
それこそが彼の目的であり、喜びであり、等しく創作意欲の糧となる。
――あの青年の様に眩しさを伴うものでなかったとしても。
「今度はもっと長いツアーにご招待頂きたいですね」
「次は私の番だが?」
編集長のデスクの後ろを何気なく見れば、棚の端にぬいぐるみが飾られている。
それも二体。
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【情熱を再編する為の心得】
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