【Fall into the "D"】
静寂。
寝返りと衣擦れの音。
再び静寂。
やや遅れて寝返り。
「う、ん……」
人よりは多少、いやほんの少し、寝つきの良い方だとは思っている。
外を走る車の音も、窓を叩く微かな風も、そこまで気にしたことがあったかどうかは定かではない。
閉じた瞼を開き、闇の中で天井を凝視した。
「眠れないなぁ……」
耳を澄ませば自分の鼓動さえ聞こえてきそうな静寂の中では、その呟きさえ大きく聞こえた。
一定のリズムで刻まれるメトロノームのような心音に意識を向けて考えるのは、さて一体何だったか。
手を振り上げた先で触れた柔らかな感触。
救命具を模したそれに描かれた船舶は、どこか愛嬌があって、どこか歪で、まるで――頭を振る。
セーフハウスの窓から見えるビル群は眠る気配もなく、こうこうと光を放っていた。
「ご苦労な事で」
そういう自分もその仲間入りをしている事に苦笑する。
少し昔の自分なら、柄じゃないと言って枕を探しただろうか。
変わったね、という声が聞こえた気がした。
そうだろうか、という答えは口に出ることは無く。
見渡して、生活感のある様な無い様な居住まいの心地良さを噛み締める。
見通して、最近眠れていなさそうな灰色の背を思い浮かべた。
思考は眠気を呼び戻すか、追い返すか、今回はどうやら前者の様だ。
緩やかに閉じていく瞼と比例して、覚醒していた手足は柔らかな布地に沈み込んでいく。
掛け布団、はいらないか。
手に持っていた”未完成”の枕の淵に頭を乗せた。
波の音、潮の香、寄せては返す砂の戯れ。
遠くで汽笛が聞こえる。
珍しく、そんな夢を見た。
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【Fall into the "D"】
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