Cp.4 "T"ruth

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VRC環境課

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[資材置き場] 


「ねえ、何か言ってよ」

フローロは俯いたままだ。

「ねえ、無視しないでよ」

フローロは俯いたままだ。

「ねえ」

ようやく上げた顔には淡々とした無表情が張り付いている。

「【血戦武装】の解放を申請します」

『……ああ』

いつの間にかその手には解体武装が握られている。

『承認』

心臓に向かって振り下ろされた刃が――宙を舞っていた。

「フローロさん!」

叫ぶ狼森の足元に硬質な刃が突き立っている。
辛うじて目で追える速度で飛来した刃が右腕を斬り飛ばし、解体武装を握ったまま空中を回転して地面に落ちた。
その切断面は鋭利で、しかしそこから血は流れ出ていない。

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「何をしようとしたのかな」

青年の笑顔は変わらず、フローロの無表情も同様だ。

「折角会いに来たんだよ?」

青年の体から生えていた刃が消え、周囲を漂う真紅の燐光も徐々に薄れていく。

「どうして、君はそうしていられるのかな?」

地面に落ちたはずの解体武装がフローロの左手に握られているが、再び振り上げる事はせずに青年の言葉を待つ。

「どうして、誰も殺さずにいられるんだい?」

存在そのものへの問い掛けである事を理解出来たのはフローロだけだった。

「ここから聞こえるだろう?殺せ、殺そう、殺してくれ、殺したい、殺すべきだ、殺して、殺して、殺して――」

胸元を抑え込んで絞り出す金切声は悲痛でさえある。

「殺す事は呼吸と同じで、そうあるべきだって聞こえるだろう!!」

叫ぶ様に、叩きつける様に。

「何を食べても味なんてしない!!何を見ても白と黒しか映らない!!眠る事も許されない!!息苦しくても溺れる事すら出来ないのに!!」

切り裂く様に、突き刺す様に。

「誰かを殺した時だけはこの五月蠅い声が止むんだ。その時だけは、苦痛が無い瞬間だけは、生きてるって思えるんだ……」

縋りつく様に、希う様に。

「分かるだろ?君なら」

そうであって欲しいと求める様に。

「僕らはこの世界に二人ぼっちなんだよ。そんなところに居ちゃいけないんだ」

一歩、一歩と二人の距離が近付いていく。

「一緒に行こうよ」

差し出された左手に視線を向けることなく、フローロは青年を見つめ返す。

「その二人を殺せば君の考えは変わるのかな」

解体武装を握る手に力が加わったのを見て、青年は左手を下げた。

「そっか……」

背を向けた青年に向かって踏み出そうとするガメザを狼森が押し留める。

「次はちゃんと君の言葉で返事を聞かせて欲しいな」

去っていく背中が完全に見えなくなるまで三人は動けずにいた。

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苛立ち紛れに殴られたコンテナが大きく凹み、狼森は小さく息を吐いた。

『帰還しろ。これは命令だ』

皇の声がやけにはっきりと聞こえた。
雨足は弱まりそうにない。

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[課長室] PM 5:00

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庁舎に戻って課長室に集められた面々は四人。

「フローロさんは自室に戻ると言っていましたが」

「ああ。治療に専念しろと伝えた」

「なあ課長、説明してくれ、いや、してください」

「私も同意見です」

「……何から説明するべきか」

「まずは【同類】ってところから?」

ボーパルの言葉に二人は頷いた。

「既に察しているとは思うが、フローロ・ケローロはヒトではない。【聖遺物】との融合体であり、【神秘】と呼ばれる事象そのものだ」

身体構造からして純粋なヒトとは大きく異なり、心臓が動いていない事や睡眠や食事も本来不要である事などが一例として挙げられる。

「【血戦武装】とは?」

「融合している【聖遺物】を起動させて【権能】と呼ばれる能力を行使出来る状態に移行する事だ」

「いや全然分からねえんだけど。そもそも【聖遺物】って何?」

「詳細は不明だ。フローロ自身もそれを知識として理解している訳ではないだろう」

「『物理法則外の事象を引き起こす事が可能で、現代のあらゆる技術でも再現不可能な遺物』っていう認識でいいんじゃないかな」

ボーパルの説明は凡そ正しく、皇はその言葉を肯定した。

「私やガメザさんの攻撃が通用しなかったのも、その性質によるものだと?」

「先ほどの戦闘記録を見る限りはそうだろう」

科学や機械といった技術と比較した場合、【神秘】と呼ばれる事象は次元が一つ違っている。
二次元に描かれたキャラクターが三次元に干渉出来ないのと同じ様に、そこには隔絶した壁があった。

「じゃあなんでフーケロちゃんは怪我してんだ?」

彼女がヒトの様に振る舞う事が出来ている事も、同様に理外の存在であるならばそれは不自然だ。

「それは我々の様な存在からどれだけかけ離れているかという純度の差であると推測出来る。わざわざ承認を受けなければ【権能】の行使が出来ない程度では、対象と比較して劣るのだろう」

「それを劣ると表現するのは良い気分ではありませんね」

「私もだ」

重い溜息を振り払う様に、ボーパルが陽気な声で提案する。

「小難しい話は置いといて、これからどうするかを相談しない?」

「ボパさんたまにはいい事言うじゃん」

「たまにはって何ー!」

「あ、ワリ」

「もー!」

「ボーパルの言う通り、これからどうするかだな。直接戦闘を行った二人は何か意見はあるか?」

「そもそも戦闘になっていなかったと言うのが実際の所ですが、中途半端な戦力では無意味でしょう。私とガメザさんもアレの足止めには足りません」

「でもよ、ダメージにはならなかったけど防御させるくらいは出来るんじゃねえ?」

「それに物理的な攻撃だけじゃなくて、例えばスタンブレードの最高出力をあてるとか、色々試してみる価値はあるかも」

「良い発想かもしれませんね。多少でも動きを止めるなり意識を逸らすなり出来れば、フローロさんの【権能】が間に合うのではないでしょうか」

「つーかずっと解放しておいて見つけ次第ぶった切ればいいんじゃね?」

「ガメザくん天才じゃーん!」

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「だろォ!」

「それは無理だな。解放には時間制限がある」

「ガメザくん駄目じゃーん!!」

「あァ!?」

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「実際問題としてはフローロさん以外に有効打を持っているヒトがいない以上、彼女を中心に据えた立ち回りを考慮する必要があるでしょう」

狼森の発言に同意した三人は一時間近くの議論を続けた。
結局結論は出なかったものの、目を閉じて嵐が過ぎ去るのを待つという選択肢が除外されるに至ったことは一つの進展と言える。

「しばらくは雨が降らなければいいんだがな」

窓の外を見て呟く。
雲はまだ厚い。

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Cp.4 "T"ruth

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