【Who is Liar?//後日談】

グラスの中で氷が揺れる。
ゆっくりと溶けながらも味わいを微塵も損ねない調和のとれた一つの世界。
口に含めば広がる香りに満足げな気配がマスクの裏側に浮かぶ。

「随分上機嫌だな」

「そりゃ美味い酒を飲めばね」

「どうも」

マスターの寡黙な眉が僅かに動いたのを見た。
元々小さなバーだが、今日は客の数が少なくは無い。
自分の相手もそこそこに注文を受ければボトルが開く音がする。

「お?珍しい奴がいるな」

カウンターの隅に寄ってくるのは派手なアロハシャツを着た全身義体の人物だ。

「マスター。俺もこいつと同じやつを頼む」

「少し待ってろ」

新しいグラスを手にジンのボトルを手に取った。

「いつからこっちに?」

「三日前からだ」

運び屋と呼ばれる彼とプライベートで会う事は珍しくは無いが、頻繁と言うほどでもない。

「最近どうよ」

「どうも何も、来た依頼をこなしてるだけだ」

「へぇ?」

その声色はあまり良い予感をさせないものだった。
含み笑いの気配がゆっくりと近付き、

「で、どうだった?」

「…………何を?」

「これだよ、これ」

二つの手が示すジェスチャーは酒の席ならば、まあ、許されるだろう。

「いや、何の事だか」

「誤魔化すなって。ヴァーシュスの件、関わってたんだろ?」

【ヴァーシュス】――耳にした記憶はあるが身に覚えはない。
考え込む仕草を見て運び屋も僅かに首を傾げるが答えは無く、助け船はグラスを運んできたマスターによってもたらされた。

「俺が以前紹介した案件だ。断られたがな」

そういえば、何かきな臭い依頼の話があったなと相槌を返す。

「なんだよ、つまんねぇー」

「あれは調査依頼だったはずだろ。何でそんな話になるんだよ」

さりげなく周囲に視線を向ける。
残っている客の数はまばらで、彼らはそれぞれの話に夢中の様だ。

「ヴァーシュスってのは投資で財を成した一家でな。その担保になってたのは娘自身の体――つまりそういう連中がパトロンについてたんだがな」

「当主は死んだんだろ?」

「跡を継いだのはその娘だ。結局薬でぶっ壊れて色狂いになって、毎日違う相手を咥え込んでるって話でよ」

一拍置いて。

「自分の商品価値を下げてる様なもんだ。少しずつ客は離れていってるらしい」

あまり聞いていたい類の話ではないが――

「どうしてそこから俺の話になるんだよ」

気になるのはその一点だ。

「これだよこれ」

送られてきたのは豪奢な家屋の入口――そこに向かうのは自分とよく似たシルエットの人影だ。
何重にもフィルタリングされた解像度は高度な抽象画にも見える。

「……ほら。俺じゃないだろ」

それをあっさりと解除し、鮮明になった画像データを送り返す。
立っているのは雰囲気こそ似ているが、明確に自分ではない。

「別人じゃねえか」

つまらなさそうに呟いて、少し薄まったグラスを口に寄せた。

「大体そんな厄介な状況でなんて、いくら積まれてもお断りだ」

好んで毒を煽る者はいない。
あえてその危険性を魅力と捉える者がいる事は否定しないが。

「はぁ……」

この堅物を誑かした女がいたかもしれないという面白――珍しい話が聞けると思っていた運び屋は何度目かの溜息を吐いた。
それと同時に探偵の堅物過ぎる振る舞いは、彼に一つの疑念を抱かせた。
有り得ないと思いつつ、語調には含み笑いが滲んでいく。

「ちょ、ちょっと待てよ?まさかとは思うけど、お前……まだ?」

空いたグラスの中で氷が跳ねた。


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【後日談】


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以下、本編の解説・ネタバレ


・オープニングとラストシーンの対比
雨の演出や建物の描写などが反対だったり若干異なっている事で、シーンの印象は同じだが場面そのものが別のものであることを示す。

・モスコミュール
シェイカーを使用して作るお酒ではないが、地の文はわざと正しくない作り方をしている。
これはタイトルの【嘘】が地の文に含まれている=ストーリーそのものが【嘘】で作られている事を示す描写。

・一回目の報告
盗品のルートを説明しているシーンのアリスのリアクションは淡々としており、興味の無さを描写している。彼女にとって金品が価値の無いものであることを示している。

・エメリアの嘘
彼女がアリスに仕える理由は両親を殺した罪の清算ではなく、孤児として引き取ったアリスを自分の身代わりとして商品扱いした自分自身への言い訳、保身である。

・アリスの嘘
両親の死もエメリアの嘘も全てどうでもよく、自分を壊した彼らへの復讐心のみが彼女の生きる理由である。その考えも徐々に壊れていき、最後には快楽以外の寄る辺がなくなり、運び屋の語る顛末となる。

・探偵の嘘
扉絵と一枚目の挿絵はDJ-09本人ではなく別のアバターを使用している。
これはVRChatの創作物における【探偵】=【DJ-09】という先入観を強調する為のミスリード。
顔付近がシネマスコープで消える様に調整しているのは意図的なもの。
口調や行動の細部が本人(≒NINEで描かれていた探偵像+作者自身の抱くDJ-09のイメージ)と異なるが、先入観を持って読むと気付けない程度。

・物語の嘘
最初に登場する探偵がDJ-09ではないという嘘が前提となっている。
ストーリー中にDJ-09が誰かと寝たという事実はない。


以上。

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