【頂に揺れる】
「失礼します。発注していた防護服を受け取りに来たんですが」
「準備出来てますよ」
備品管理室を訪ねたフローロを出迎えたのは円城寺椛だった。
タチバナと和泉童子は倉庫にいるらしく、彼女と二人きりになったのは随分と久しぶりに感じられる。
「汚染区画の調査の進捗はどう?」
「悪くは無いと思います。錨の打ち込みで潜航調査が可能な範囲は広くなっていますから」
なるほどと頷いて、頭部で流体の様な何かが揺れた。
以前と変わりのない、彼女のまとう雰囲気や口調も同じく。
D案件中、庁舎襲撃の際に彼女の死亡が確認された――そう伝えられた時の心境を忘れる事はない。
そんな俯きそうな心を抑えて備品管理室の扉を開けたある日、当たり前の様に彼女は戻ってきた。
皇純香や祇園寺ローレルから詳しく説明が行われる事は無く、追及の為に課長室に向かった課員もいたが、
『椛重工の機密事項だからネ。説明は出来ないヨ』
断言されてしまえばそれまでだ。
感情の面で理解や納得が出来なくとも、事実として彼女は環境課に復帰している。
憶測として――円城寺椛の電脳が完全に破壊されていなければ、あるいは遠隔操作可能な義体を使用していたのであれば。
目の前にいる彼女が持つ記憶も自我も全く同じなのであれば。
「どうかしました?」
発注依頼のリストと梱包済みの物品を確認していたはずだが、少し呆けていた様だ。
「数を追加していた分が不足してるかもしれないです」
「え、あ、本当だ。すいません見落としてました」
急を要する物品ではないので、優先してネロニカに渡しておけば問題はない。
「届いたら連絡して下さい」
「了解です。タチバナくんに頼んで届けましょうか?」
「いえ。別の何かも発注するかもしれないので、その時に合わせて受け取りに来ますよ」
仮想モニターに付箋が追加された――入荷予定日は明後日の様だ。
確認を続けて、揺れる、揺れる、ふと気になって。
「それって何なんですか?」
半透明、流体の様、触るには丁度いい位置に鎮座している何か。
それに対する円城寺椛の警戒心は非常に高く、後ろから近付くナタリアが接触に成功した姿を見た事が無い。
「えーと…………」
「アンテナみたいな?」
「違いますけどそんな感じです」
誤魔化すつもりはないが答えるつもりもない事を長い沈黙から読み取った。
少し無遠慮だったと反省して、短く返事をして会話を打ち切る。
無言の中、梱包用に使用されたラベルが剝がされる音とICチップを読み取る音が小気味よく続く。
検品を終えて、台車に乗せられた三箱を受け取って直後、廊下側から近づいてくる足音。
「すいません!さっき送った急ぎの副資材関係なんですけど――」
アルベルトが息を切らして駆け込んできたのを見て、何かを察した二人の視線は柔らかい。
「お疲れ様です。失礼しますね」
仕事の邪魔にならない様に、備品管理室を後にした。
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【頂に揺れる】
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