【頂に浮かぶ】
「かわいいでしょ?」
軋ヶ谷は頭上に浮かぶ輪を指差しながら、どこかぼんやりと視線を彷徨わせているフローロに向けて言った。
「天使の輪みたいですよね」
これは比喩ではなく、天使病という電脳疾患によって生じる物体だ。
病名とは裏腹にその症状と関連する事象は目を覆いたくなるようなものではある。
だからというか、その上でというか、天使病に関する話題は意図的に避けている。
これまでに二人が交わした会話にその単語が含まれた事はないし、恐らくはこの後も、フローロから尋ねる事はしないだろう。
「触ってみる?」
「…………、遠慮しておきます」
しばらく悩む程度に興味はあるが、首を横に振った。
掴み処のない表情で僅かに首を傾げて、あどけない仕草は視線を引き付ける。
「何か気になる事でもあった?」
「気になる事、というか」
自然なこと過ぎて当然の様に受け入れていたが、特徴的なシンボルを持つ課員が多くいる事に気がついたのだ。
良く分からない気まずさを感じつつ説明を終えたフローロに対して、軋ヶ谷はどこか思案顔だ。
「なるほど」
視線が向けられたのは頭部――カエルの目を模したアンテナだ。
「それも結構目立つよね」
「そうですか?」
「外せたりってするの?」
「はい。外装部品ですから」
電子ロックを解除してスライドするだけなので手間はかからない。
センサー機能の失効による感覚精度の低下はあるが、身体制御に大きな影響は無く、座っているのだから心配するようなこともない。
落とさない様に少しだけ気を付けながらゆっくりと取り外して、軋ヶ谷はその途中で両手を前に出した。
「――戻そう。うん」
宙に浮かした手をそのまま戻す、というどこか間抜けな作業はすぐに完了する。
再接続を報せるポップアップウィンドウが仮想モニタに浮かび、すぐに意識の外へとフェードアウトさせた。
「今日天気いいよね」
「話題転換がわざとらし過ぎませんか?」
「最近忙しいよね」
「その流れで行くんですか?……まだ落ち着いたとは言えない状況ではありますけど」
D案件に関わる後処理に紐づいて増加する対応事案。
奔走する日々はまだ続くだろう。
だが少しずつ前に進んでいる事は確かで、それは救いでもある。
環境課に所属して長い二人だ。
会話の内容を色々と弁えながら――ここで話す事の出来る業務内容をいくらかやり取りしている内に、談話スペースに人が増えてくる。
「様子はどうですか?」
「相変わらず良く食べるよ」
「ちゃんと見ていてくださいね」
「分かってるよ」
主語を欠いた意味不明なやり取りを最後に二人は席を立った。
互いの表情は見えない。
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【頂に浮かぶ】
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