Cp.6 "R"ain

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VRC環境課

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心臓を刃で貫く行為は【断頭台】が死を与える為に必要な【切断】という現象を受け入れさせる唯一の起動手段。
本来【血戦武装】の解放には皇純香の承認を必要とせず、二人で定めた意味の無い絶対のルール。
それを自らの意志で破り捨てた事に後悔が無いと言えば嘘になる。

『血戦武装 解放』

誰の声でもない囁きと共に深碧色の燐光が体を撫でていく。

『第捌深度 解放』

作り替えられた服飾は波打つように明滅していた。

『根源武装 展開』

鉄錆色が剥がれた刃は磨かれた光沢と脈動を伴って両の手に構えられている。

『臨界まで拾壱秒』

画像1

制限時間は聞き流す。

『減衰開始』

コンマ秒ですら惜しいとばかりに左の刃を小さく振った。

『権能【超過切断】』

青年は右腕を背中側へと振り払い、澄んだ音を軋ませながら真紅の刃が細い線を描く。

「見えてるよ」

切断しきれなかった刃で強かに吹き飛ばされたフローロは慣性を無視した挙動で刹那の間に接近する。

画像2


『臨界まで拾秒』

交錯する刃と刃の間に燐光が溶け合い、真紅の刃が徐々に欠け始める。
しかしフローロの表情には焦りが浮かび、地面を突き抜けてきた刃を後方への瞬間移動で回避した。

「【距離】を殺して位置関係を塗り替えてるのかな?」

物理法則に当てはまらない対象でさえも切断対象とするのが【超過切断】であり、青年の指定は的を得ていた。

『臨界まで玖秒』

正面からの打ち合いで刃を切断しきれないのは、単純に青年の方が外れているからだ。
かろうじて拮抗出来ている状態では意味が無く、【神秘】としての存在強度を上回らなければならない。

『臨界まで捌秒』

カウントダウンだけが進み、青年には未だ届かない。

『臨界まで漆秒』

この期に及んで未練を残していた自分を恥じて、フローロの刃がもう一度鳴動した。

『第玖深度 解放』

フローロの髪色が白を織り交ぜたモノへと変化しているのは、彼女との境界があやふやになっていることを示している。

『臨界まで伍秒』

色が失われていく視界の中ではっきりと見える青年へ向けて刃を振るう。

「え?」

挙動は目で追えていたにも関わらず、受け止めたはず刃は全て両断されていた。
続く二振り目を青年の腕の中ほどまで食い込ませたが意思に反して腕の動きは止まり、何の捻りも無い蹴りを避けれずにフローロはたたらを踏んだ。
自分の体を自分のものと認識出来ない喪失感が心地よく、抗えない。

「本気で僕を殺すつもりなの?」

断ち斬られた刃と腕は瞬きの間に修復されていたが、同じ次元に到達した事を確信する。

『臨界まで肆秒』

「貴方を殺します」

「君が消えても?」

「そのつもりです」

足場の無い宙すらも利用した連続する瞬間移動が青年を中心とした檻を形成する。
虚実が入り混じる刃に咄嗟に反応した青年の腕は空を切る。
内在する数千の知識の断片、数万の記憶の痕跡、そしてフローロ自身の経験を技術として組み立てられた行動パターン。
移動、移動、移動、接近、移動、接近、移動、移動――。
燐光の軌跡が消える前に再び重なる程の繰り返しに翻弄され、青年の右腕が斬り落とされた。

『臨界まで参秒』

更に増していく速度と試行回数は既に目で追えるモノではなく、青年の左腕が次いで両断された。

「何で当たらないんだよ!」

背中から迫る暴威を掻い潜って目の前に降り立ったフローロは足元から飛び出した刃を読み切って離脱する。
青年の行動パターンは此処に至って稚拙であり、圧倒的な膂力と異能によって成立していたに過ぎない。
圧倒していた立場が逆転してしまったことへの焦りと苛立ちが行動をどんどん大振りにさせていく。
両者の経験値が明確な差として現れ始めた。

『臨界まで弐秒』

「嫌だ!」

再生させた腕を乱雑に振るう青年の表情は悲壮だ。

「まだ生きて、生きて、その為にもっと、殺すんだ!!」

だがその全てが届くより先に微塵に切り裂かれていく。

画像3

再び左腕が切り裂かれて。
重ねて右腕が切り裂かれて。
背中の刃は既に再生が追い付かず、青年は完全な無防備だ。

『臨界まで壱秒』

残された僅かな時間を最短で繋ぐ直線ルート。
青年の心臓目掛けて突き出した刃がその肌に触れる必殺の直前、猛烈な違和感が警鐘を鳴らす。
視界の端に見えた青年の表情があまりにも落ち着いていて、先ほどまでのデタラメな行動からはかけ離れていたからだ。

「――」

同時に一つの可能性に思い至る。
そもそもの在り方に明らかな差があり、それを覆して優位を取った事で油断していたのはフローロの方だった。
【聖遺物】と融合している以上、青年とフローロは同じ条件が与えられるはずで、内在する知識や経験においても青年の方が勝っているのだとしたら。
最初からこの動きを誘導され続けていたのだとしたら。
こう来ると分かっていたのならば、最大の隙を晒したのがどちらであるかは言うまでもなく。
突き出した腕は止まることなく前へと進み、青年の口元が微かに弧を描いた。
胸元から飛び出した刃はフローロの持つ二対を砕き、その勢いのまま

画像4

真っすぐに心臓を貫いた。


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ある黒猫のデバイスから通話ログが消える。
まるで独り言のような返答に残されたカエルのスタンプの意味が分からずに小首を傾げた。


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食堂の冷蔵庫に空の食器が残されている。
仕込みを終えたギザ歯のナマズが慌ててそれを洗いに向かう。


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どこか上の空で書類に判子を押していた皇は、置いた覚えのない『始末書』に目を向けた。
「白紙?」
既に押された承認の判子は確かに自分のモノで、しかしそれを何時押したのかが思い出せない。
「隠岐の仕業か」
珍しい悪戯だなと思ったのも束の間で、見覚えのない名前が自分の筆跡で書き込まれている事に気付く。

画像5

どこかで見たはずの、知らない名前だった。

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