Cp.3 "N"ameless
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VRC環境課
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[郊外閉鎖区域] AM9:00
【KEEP OUT】の文字が刻まれた蛍光色の内側では先日と同様の光景が繰り返されていた。
連続殺人事件と呼ぶには聊か度合いが過ぎている状況を前に調査係である軋ヶ谷みみみは眉を潜めた。
「愉快犯だったら良かったんだけどな~」
咎めるような口調で言うナノも軋ヶ谷と同様に嫌悪感を露にしている。
「一人目と二人目の被害者の関連性は無し。犯行地域も離れてて、課長の言う様に無差別って言うのは間違いないだろうけど」
死体の状況は全く同じで、四肢を失った胴体、空洞に詰め込まれた細切れの内臓、その上に置かれた綺麗な形を保った心臓。
「これが作品なら、出来栄えを誇示したい芸術家って読みも面白いけどね」
死体にかけられた情熱は路傍の石に向けられるソレと同等であることを誰もが感じ取っていて、それが却って不明瞭さを際立たせていた。
提出された鑑識結果には目を背けたくなるような事実ばかりが並べられていた事もそれに拍車をかける。
切断面の状態から各部位が切り分けられたタイムラグは十秒以内であるという事。
力加減がされているかは別として、切断時に発生したであろう運動エネルギーはほぼ同一である事。
現場付近の映像情報や足元の状態から大型の機械が使用された訳ではないという事。
そうした根拠が示すのは、この行いがヒトの手によってもたらされた結果であるという事実だ。
「技術とかそういう次元じゃないね」
「ありえないって言っちゃいたいけど、目の前に実物があるし……」
調査用のテンプレートに書き込む内容は前回とほとんど変わらず、確認を終えたそれを皇宛に送信する。
「こう天気も悪いと気分も滅入るよね」
「そんな繊細な性格?」
相変わらず掴み処が不在な同僚に、少しは慣れてきた気がした。
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[課長室] AM 11:00
提出された資料の中身がほとんど変わらない事を確かめて、承認印が押されたそれはデータベースへと登録された。
鑑識係からの報告書には既に三回も目を通している。
「ふむ……」
一向に見えてこない対象の輪郭に皇は大きなため息を吐いた。
どの様にして成しているかは重要ではなく、結果として出力されているのだから原理そのものは【そういうもの】として一度棚上げする。
何の為に為しているかを考察してみても一切の目的意識が感じられない故に煮詰まっていた。
自分の力を誇示する為でない事は明らかで、そうであるなら更に大量の死体が積みあがっているはずだ。
自らの力を確かめる為でない事も明らかで、試しや遊びが一切無く【出来る事をやっているだけ】という印象が強い。
切断という事象、解体された死体、並べられた四肢と強調された無傷の心臓。
そして雨。
曖昧な全景を思い起こし、それらの要素に囲まれた共通項――否。
理性と推論はそれを肯定し、感情だけがそれを否定する。
それなりに短い逡巡の後、皇は一人の課員に連絡を入れた。
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課長室の扉をノックしたのは緑髪の少女だった。
「急に呼び出してすまないな」
「いえ、大丈夫です」
会話が途切れ、沈黙はすぐに破られた。
「この事件、思い当たる節があるか?」
頷く。
「そうであって欲しくは無かったがな……」
絞り出す様な声は諦めの色を滲ませていて。
「【聖遺物】によって引き起こされている事象で間違いないと思います」
肯定する言葉はあまりにも重い。
「何の為だ?」
「分かりません」
「対象はどの程度の力を行使出来ると考える?」
「分かりません」
「稼働に制限はあるのか?」
「分かりません」
ですが、と続けて。
「また、何度も起こると思います」
これだけの異常事態を何時までも隠し通せる訳はなく、何の手も打たずにいる事は許されない。
「フローロ」
皇純香の決断に少女はただ頷いた。
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[資材置き場] PM 2:00
雨が降っている。
『トランジスタ・カルトの本拠地突入時もこんな感じだったネー』
爆破機能の無い、通信機能のみのイヤホンごしにボーパルの声が聞こえている。
「そうですね。あの時はワケンちゃんも一緒でした」
極薄のコンタクトレンズ式アイデバイスがフローロの視界をモニターに映しており、管制室でそれを見ているのはボーパルと皇純香の二人だけだった。
大きなコンテナが並ぶ資材搬入エリアに人影は無く、無人機も今は一切稼働していない。
運搬用のトラックやフォークリフトが通る為に整備された道は広く、足元で跳ねる水音だけが聞こえていた。
『フローロ、30分間で何も起こらなければ庁舎に帰還しろ。これは命令だ』
「分かりました」
皇純香の提案はフローロを囮とするものだった。
接触を図ってくる可能性を見据えつつ、そうでなかった場合は処理係を中心とした捜索と鎮圧に移行する段取りである。
コンテナの影に隠れつつ位置情報を確認しながら処理係の二人が後方に控えている状況だった。
ガメザの不服そうな小声が耳に届く。
「何がですか?」
狼森は何を言おうとしているかを理解した上で続きを促した。
「フーケロちゃんはそんな強くねえしリスクやばいだろって話。大体こんなやり方俺は気に食わねえ」
囮には当然ならが危険が伴い、それが自分よりも弱ければ尚更である。
自分自身が傷付く事を厭わない人格はその逆を毛嫌いする傾向にあり、ガメザはどちらかと言えばそのタイプだ。
しかし狼森は冷静な口調で、
「課長の指示です。私たちは従うまで」
それにと続けて、
「フローロさんは私たちに守られるべき対象ではありません。同等です」
加護の対象ではなく、並び立つ存在であると認めているからこその言葉だった。
それは単純な武力でのみ評する事では無い。
納得は出来ないが理解はしたと言わんばかりに控えめな舌打ちを止める事は出来ず、ガメザの心情を理解している狼森はそれを咎める事はしなかった。
「それに、きっと彼女は……」
かつて目の前で見た光景が映像となって脳裏に映し出された。
忘れることなど出来るはずがないのだから。
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表示されているセグメントは『2:27』を告げ、そろそろ制限時間が差し迫った時。
『釣れましたね』
ふらりと姿を見せたのは一人の青年だったが、俯いた表情を伺うことは出来ない。
清潔な白い装いと漂う血と死の香り。
だらりと下がった手足から見える硬質な輝き。
そして。
そして、微かに漂う真紅の燐光。
「見つけた――」
青年の瞳がフローロを見た。
その視線に込められた狂気に、足元から這い上がる不快感に、背筋を突き刺す恐怖に、拒絶すべき存在が立っていると理解した瞬間、処理係の二人は飛び出していた。
生物としての本能が全身全霊でコイツをここで殺すべきだと訴えかける。
「オ――ッラァ!」
コンテナの上から跳躍し、青年の頭上からHarpeを振り下ろす。
「リ――ィ――エエェァッ!」
青年の視線が頭上に向けられた間隙を縫って、横合いから迫る狼森が樒を一閃に薙ぐ。
互いの攻撃が互いを巻き込む事を考えていない一撃は間違いなく必殺であり、対して青年は不格好な姿勢で両腕を双方に向ける。
甲高い金属音と共に大量の火花が散って、その不自然さが二人の危険信号を最大値へと引き上げた。
「下がりなさい!」
短い叫びで咄嗟に後方宙返りしたガメザの前方を掠めていく鋼鉄の刃。
狼森は長巻で受け止めるが数メートルは後方に弾き飛ばされていた。
「ンだよオイ……」
青年の両腕を引き裂く様に、背中からは羽の様に四対計八枚の刃が生えている。
ヒトどころか頑強なアンドロイドであっても十分以上に破壊し得る破壊力を持った処理係の全力を受けて、青年は平然としていた。
それどころか完全に二人の存在を無視しているとも取れる態度がガメザの神経を逆なでする。
「無視してんじゃねェよ!!」
近くにあった空のコンテナを引きずるようにして投げ飛ばし、それは青年の背中の刃によって千々に引き裂かれる。
目くらまし程度の効果はあったようで、その隙にガメザは側面から握り固めた拳を真っすぐに突き出した。
「オラオラオラオラァ!!!!」
高速で繰り出される連撃を重ねた四枚の刃で完全に受け止めている青年は一歩も揺るがない。
残る四枚を束ねた刃を下から打ち上げる様に振るわれたガメザは咄嗟にHarpeで受け止めたが、体ごと宙に浮いて積み上げられたコンテナへと弾き飛ばされた。
姿勢を戻そうとコンテナにHarpeを突き刺したそこへ再び刃を向けた青年に向けて狼森が肉薄する。
低く袈裟に走る長巻が青年を強かに打ち据えるが、食い込んだはずの刃先は皮膚を裂く事すら出来ず、小さく仰け反らせるに留まった。
半ば予測していた結果ではあるものの、落胆や驚愕を抑え込んで青年から距離を取る。
「体への攻撃は通りませんか」
「あの刃もクソ硬ぇし、何だよコイツは……!」
『【聖遺物】だ。確定しろボーパル』
皇の声が届く。
「は?何だよソレ」
「今は説明を受けている場合ではありません。対応の指示を求めます」
既に戦闘が成立しない事は分かり切っていて、対象の力はこちらを遥かに上回っている。
このまま継続する意味はなく撤退する以外に手段は無いと思われるが管制室からの指示は止まったままだ。
警戒する二人を意に介さない青年が口を開く。
「やっと会えた」
青年の視線はどこまでも真っすぐにフローロに向けられている。
「君を探してたんだ」
優しささえ感じられるような口調が告げたのは、
「同類」
その一言だった。
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Cp.3 "N"ameless
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