ゾラージャ討滅戦の台詞を見返す
前半戦
真の王が誰か……この戦いを以て世に示そう……!
戦闘終了の台詞も鑑みると、父を超えることが最終目標である。
そのために、王座に座るのは父と並ぶ事である。
とはいうものの、後の台詞を読むと継承の儀とか王とか地位や立場、肩書はどうでも良いと感じている様である。
ソウル・オーバーフロー1回目・2回目「更なる力を」「もっとだ……まだ力が足りん……!」
何かとオーバーフローとかシンクロナス(多分同期的な使い方)、ゲートウェイとか機械的な技名が多い。
オーバーフローは桁あふれを指し、例えば3桁で定義された変数(枠)の中で999に1を足すと、000になってしまう様なものを指す。(厳密にはマイナスになったりするけど省略)
ゾラージャという器に入る以上の魂を詰め込む技だが、この二つの台詞はどちらも「力」に固執している。
それもそのはず、仲間付きとはいえ幻影のグルージャジャを倒した冒険家が目の前にいるのだ。
こいつに勝てなきゃ父には勝てない。
これは……なぜこんなものが見える……!?
トライヨラ住民と思わしきマムージャ族が大量に現れ、3つの台詞を話している。
「連王の後継者はゾラージャ様に決まりだな!」
「さすがは奇跡の子!」
「偉大な王となられるはずだ!」
この後「俺の邪魔をするな」とカラミティエッジ(災禍の刃)で一掃。
これはまんまトライヨラを指しており、彼にとって「奇跡の子」などの特定のワードではなく、全体的にどうでも良い他人の期待を全部纏めて切っている。
特に3つ目の台詞も合わせて切っているので、王になることや、王(=為政者)としてグルージャジャを超えたいのではない。
ここで彼の戦争についての考えを改めて鑑みると「戦争を以て民に戦いの愚かさを知らしめる」ものであり、むしろ戦争したきゃ結構、のスタイルである。
それはそう、今やってみせた通り、彼にとってトライヨラの国民を守る気は全くないのだから。
それで国が亡ぼうとどうでもいいまで感じているかもしれない。
父という絶対の存在を超える事だけが目的である。
ソウル・オーバーフロー3回目「限界など……構うものか……!」
またしても魂を取り入れ、またしても幻覚のトライヨラ市民が見える。
同じ台詞を吐く幻影に対し「消えろッ!弱き俺の過去ごと……!」と再度カラミティエッジ。
朦朧とすると毎度国民が出てくる辺り、相当嫌な思いしていたんだと思う。
彼にとって討伐のための遠征は救いでもあったかもしれない。
このあと履行。
履行演出
王に相応しいのはこの俺だ!
この後ゾラージャはコーナとウクラマトの幻影を切る。
これは同じ継承の儀に参加した二人に対しての台詞。
この二人があんまりゾラージャと関わる事が無いのもあり、後述の「奇跡の子など居ない」で一緒に切らないのは、ゾラージャ的には家族というより、あくまで他所の人間という見方だったのかもしれない。
だからこそ父=王に固執する。
(一緒に料理作ったバクージャジャが出てこないのは、全く眼中にないんだと思う)
奇跡の子など居ない……!
この後ゾラージャはグルージャジャの幻影を切る。
他でも無く父親から否定して欲しかったんだと思う。
誰でも無くグルージャジャから、奇跡の子ではなく、ゾラージャとして扱ってほしいという願い。
ここにウクラマトやコーナが立つだけの信頼があれば、話は変わっていたかもしれない。
これは……俺の路だ……!
この後、他2つとは異なり、構えのまま少しためらってゾラージャはグルージャの幻影を切る。
彼にとってグルージャは自分を父親たらしめるものであり、母親(ポッと出過ぎて名前忘れた)やグルージャと関わりのある「グルージャの父」ではなく、「ゾラージャ」として生きる事を決意するシーンではないだろうか。
全部を捨てて、自分だけがそこに残る。自分が証明しなくてはならない。
自分だけで、証明しなくてはならない。きっとそういう、気高くも孤独な男の決別。
「信じられるのは己のみ!」(変身)「手に入れたぞ、究極の力を!」と続く。
後半戦
この力こそ、絶対王者の証!!
父を超える事。
為政者としての王に興味はない事。
彼は戦士として、父を超えたい。故に人を超えた力こそが「絶対王者の証」。
このあとは戦闘中は技に対応した台詞を吐くだけである。
全体的に世界が自分のものであり、絶対王者であると強く抱いている様子であるが、魂を突っ込み過ぎて自我が侵食されてる可能性もあるので微妙なところ。
戦闘後カットシーン(奇跡の子、シーン6)
俺の負け……か……
彼は為政者としての王には全く興味がない。
自分が越えられなかった、かつての父の幻影を超えた冒険者に、限界を超えてなお負ける。
これで完全に彼に気付かせてしまった。
父親に選ばれなかった俺に、父親など務まるものか……
どうして僕は、父さんを知らないの?
どうして父さんは、僕を知ろうとしてくれなかったの?
どうして、僕を家族にしてくれなかったの?
というグルージャに対する質問への回答。
俺は、父上から何ひとつ受け継ぐことが出来なかった。
だから、お前に遺すものなどなにもない。
と続くが、実際にはEKの制御権であったり、門の起動権であったり、残している物はある。
だが、それは力というものにしか興味がない彼の視界にはないだけである。
力にしか興味がないからこそ、ウクラマトもコーナもここまで彼にとっては歯牙にかける存在ではなかった。
しかし、そんな極端な思想を持っていないグルージャには「わかんないよ、そんなの!」と一蹴される。
それはそう。何よりゾラージャは語らない。
迷い続けた俺に、正しい路を問うな……。
俺はお前を、どうとも呼ばない……。
どうあれとも願わない……。
語らないなりにも、彼が受けてきた呪いはここで切り捨てていく。
「奇跡の子」でもなく、「ゾラージャの息子」でもなく、「グルージャ」でもない。
確たる一人として生きていけ。そういうメッセージではないだろうか。
俺の路も、ここまでか……
ついぞ、超えられなかったな……父上を…………
ラマチを……
やはり…………俺は…………
奇跡の子……などでは…………
孤独な男の旅路はここで終わる。
そして初めて語られる目的。父上を超える事。
そして……ラマチ?ここで?
ウクラマトにあって、ゾラージャに無い物かつ、父親に関するものであれば、心理的な親子としての関係・愛情であろうか。
そしてかつて父の歩んだ道を全て歩き切った事に対してだろうか。
死を迎える事で、彼はようやく呪いから解放される。
「奇跡の子」など、どこにもいなかったのだ。
それは「祝福の子」と起源を同じくする、マムージャ族の特殊な体質を神聖視する事から生まれた呪いであった。
ウクラマト「……オヤジから何も受け継いでないなんて、そんなことあるか。青いフビゴ族は、アンタとグルージャしかいねぇだろ!バカ野郎が!!」
番外編で記載。
ウクラマトは血筋や遺伝としての物を語っているが、それはゾラージャの欲しかったもの、超えたかったものではないので、的外れである。
彼の最期まで、ウクラマトは彼を理解していなかった。
むしろ呪いですらある。
まだ赤いフビゴ族であったなら。
ゾラージャは生まれたグルージャを見た時、何を思ったのだろうか。
討滅戦以外の台詞(ヴァリガルマンダ戦)
余計なことを……
蘇生すると喋るが、基本死なない。
手心を加えられる事を何より嫌う質だし、ましてや父がかつて封印した存在である。
本当は一人で戦って、一人で封印するまで弱らせたかった本心があるのかもしれない。
こんな前座で躓くようでは、父を超えることなどできないのだから。
追記 ウクラマトのやらかし
新しい叙事詩の石板を作ろう、武王はオレ、理王はコーナ兄さんだ!
いや、ダメだろ。
今までゾラージャを推してた人等はどうするんだ。
家族だしお前より強いはずだろ、なんでハブってんだ?
主人公補正で強くなっただけやろがい。
例えば理王がコーナ、武王がゾラージャとして、3人目の新たな王としてウクラマトが居るなら一番丸かったのではないか。
実行役である理王または武王が強硬な策を取ろうとした際に、民意を吸い上げて届ける役としてウクラマトが立つのであれば、最もしっくりくる。
(特に理王が暴走してもゾラージャは「好きにすればいい」のスタンスだと思うので)
単純な力としてだけではなく、軍略等も既に遠征を行っているゾラージャの方が明らかに飲み込みは早いだろう。
前王の意志を継いだ者としてウクラマトが3つ目の王座に座り、前王の息子3人が協力して連王国を運営していく。
あくまでお人形としてではなく、武王(地方の厄介事を解決できる程度の武力)と理王(人民の中に溶け込み意見聞きを行える)の半分ずつの性質を持つウクラマトであれば、出来るんじゃないかなと思う。