いつか始まる物語のプロローグ
駅に電車が到着してからしばらくして、聳え立つ様々なオフィスビルと駅が線で結ばれる。それは、満員電車から雪崩れた人達が、各々の職場に向けて列をなして歩いてできる線である。
朝の通勤ラッシュ。
その線をなす一人として、僕も自分の職場へと歩いていく。
今朝、テレビで見た天気予報によれば、今日はこの冬一番の寒さだそうだ。ぎゅうぎゅう詰めの満員電車で温められた体も直ぐに冷えてしまい、コートを着てきたにも関わらず肌寒い。
こんな日は、会社が推し進めようとしているリモートワークにするのが正解なんだろう。実際、今日はこの冬一番の寒さである上、疲れが溜った一週間の後半戦の木曜日ということもあり、オフィスに居なくても仕事ができる人はほとんどリモートワークのようだった。
僕の今日の予定は、データ整理や資料作成だったので、出社しなくてもできる作業だったからリモートワークにしてもよかったのだが、それでも満員電車や寒さを乗り越え職場に出勤することを選んだのには理由があった。
「おはようございます。橋本君」
職場が入っているビルに着いて上へのエレベーターを待っていると、後ろから女性に話しかけられた。振り返ると、ネイビーのコートを身に纏って、口元を隠すようにマフラーを巻いた女性が立っていた。
「あ、yurikaさん。おはようございます」
この女性が、僕が出勤する理由。
同じ部署で隣の席の先輩であり、僕が新入社員だったときの指導担当であり、そして、僕の好きな人――yurikaさん。
yurikaさんに初めて出会った時、その美貌に思わず「綺麗……」と口に出してしまった。そんな先輩に対する礼儀がなっていない僕に、yurikaさんは呆れることもなく優しく笑って水に流してくれた。
その笑顔を見たときからだろうか。yurikaさんのことを想うようになったのは。
仕事を教わっていくにつれて、何気ない雑談を積み重ねていくにつれて、yurikaさんの優しさと気遣いに惹かれていき、気付けば僕はyurikaさんに恋をしていた。
好きな人に会いたいから出社するなんて中学生のような理由だと自分でも思うが、エレベーターから自席までの僅かな時間にyurikaさんと話せることすら嬉しくて。
だから、今日は仕事が始まる前からyurikaさんと話すことができて、朝から心が踊ってしまうのであった。