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16.ラデーヤ、修行の旅へ


あるところに、ラデーヤという青年がいました。


今日はラデーヤの16回目の誕生日。母にずっと伝えたいことがあった彼は、折を見て切り出しました。

「お母さん。今日は僕にとって特別な日だし・・・実はお願いがあるんだけど聞いてくれるかい?」
ラデーヤの母であり(馬車の)御者を仕事とするアディラタの妻であるラダーは、ゆっくり振り返ると息子の顔をしげしげとみつめました。

美しく、輝くような瞳と、厚い胸板をもつたくましい男性に成長したラデーヤは、母の手を取りました。
「父さんは僕の誕生日に新しい馬車と馬を用意してくれるって言ってる。もう僕も、御者になれるくらい大きく成長したからってさ。だけど、僕は、御者よりもなりたいものがあるんだよ」

黙って母は続きを促します。
「僕は、弓使いになりたい。弓のこと以外考えられないくらいなんだよ。
弓使いになって戦いたいんだ。けど、なんでなんだろう?母さんと父さんの子なのに、どうして・・・僕は馬のことじゃなくて弓のことばかり考えてしまうんだろう?」

苦しそうに告白するラデーヤを見ているうちに、ラダーの目からはどんどん涙があふれでてきました。

「ああ、ラデーヤ。ついに、本当のことを言う時が来たのかもしれないわ。今まで黙っていて本当にごめんなさい」

ラデーヤの表情は曇ります。
「・・・何の話?」

ラダーは、ラデーヤをすぐ近くに腰掛けさせました。
そうして彼女は、昔話を打ち明けました。

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16年前の今日、
ガンガー川から流れてくる赤ん坊をアディラタが拾ったこと。その赤ん坊は、とても高貴なおくるみに包まれて、黄金に光る耳輪と甲冑をまとっていたこと。きっと王族や貴族の子供であろうとは思ったが、アディラタとラダーの間には子供が出来なかったので、神様の授かりものとして今まで慈しみ育ててきたこと・・・


話を聞いて、ラデーヤの目にも大粒の涙が零れ落ちました。

ラダーは叫びました。
「ああ、本当にごめんなさい!!あなたは本当の私の子ではないのよ。
あなたの身に付けているこの黄金のカヴァチャとクンダーラ(耳輪と甲冑)を見た時、きっと神の子なんだと思ったの。だけど、どうしてもあなたが愛おしすぎて、手放すことも本当の親を探すこともできなかったの」

「母さん、お願いだから、本当の私の子ではないなんて言わないでくれよ!僕を見捨てるの?」
首を大きく横に振りながら、ラデーヤは続けます。

「僕は最高に優しくて世界で一番美しい母さんの子だし、誇り高い御者アディラタの息子さ。顔も知らない、生まれたばかりの僕を川に流した母親のことなんて、どうだっていいんだ。僕の母さんは、母さんただ一人だけなんだから!」

二人は強く抱きしめあいました。血のつながりはなくとも、そこに相手を深く思い遣る愛がある限り、二人は真の親子なのでした。


「きっと僕の生まれは、クシャットリヤなんだと思う。なんとなくそう分かるんだよ。だけど、僕の名前はラダーの息子のラデーヤだ。僕は、スータ(※クシャットリヤの父とブラフミンの母をもつ子供のこと)だ。」

腕を高く上げて、ラデーヤは言います。

「母さん。クシャットリヤでもスータでもどんな生まれだって学びたい気持ちを阻むことはないはずだよ。やっぱり僕は弓を扱えるようになりたい。弓を学ぶために修行にでて、いずれは戦いで活躍する戦士になりたいんだ」

ラデーヤは顔を上げました。

「母さん。僕は行くよ。でも、必ず帰ってくる。いつだって僕は母さんの子供だし、母さんと父さんは僕の大切な親なんだから」


ラダーは声を殺して泣きました。そしてラデーヤの幸運を祈りながら、
息子を旅路へと送り出したのです。

ラデーヤは、母との別れを終えた後、ハスティナープラに向かうことにしました。

なんと言っても、今をときめく弓使いの先生と言ったら、もちろん、世界中に名を轟かせていたドローナです。彼がいま住んでいる都へ、期待に胸を膨らませながら単身乗り込むことにしました。

ハスティナープラに着き、ドローナを探し始めると、案外簡単に彼を見つけることができました。

ドローナが1人になった機会を捉えて、ラデーヤはドローナの前に飛び出して、びしっと力強く敬礼をしました。

「ドローナ先生!どうか私を先生の弟子にしてくださいませ!私はあなた様に弓を習いたく、ここまで参りました」

ラデーヤを見たドローナは、非常に興味を引かれて、彼の出自を尋ねました。
「はい、私はアディラタという御者の息子で、スータの子でございます」

ドローナは顔をしかめます。

「何、スータか・・・悪いが、私は身分の低いものには弓の指導はしていないんだ。帰ってくれ」


確かにドローナは、クシャットリヤの王子たちに弓術指南をしているけれど、まさかラデーヤは、それを理由に自分が断られるとは思ってもみませんでした。

もちろん、ラデーヤにとって以前にエーカラヴャが同じような理由で断られているなんて、全く窺い知れぬことですからね。出自というものが、学びへの意欲をこんなに簡単に邪魔するなんて考えもしていなかったラデーヤは、
大きく肩を落とすとため息をついてドローナの元を去るのでした。


《ちょっとガネーシャのひとりごと》

みんなどうやってドローナの噂を知るんだろう。
TikTok?

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ドローナに弟子入りを断られて、
次にラデーヤが向かったのは、バルガヴァというリシ(聖者)の元でした。

彼も、弓の先生でしたが、彼の場合特徴的なのはクシャットリヤの人々が嫌いということでした。

ラデーヤは悩みに悩みました。
ドローナの一件を思い出します。

素直に自分はスータだ、と言ったら、クシャットリヤじゃない人間には指導できないと追い返された。
バルガヴァにも素直に言ったら、今度はクシャットリヤの血が混ざっていると言われて追い返されるかもしれない。

「スータだって、ブラフミンの血を半分受け継いでいるわけなんだし。
よし、決めた!もし何か聞かれたら、僕は・・・ブラフミンだって言おう!」

彼にとって、重要なのは弓を学ぶことでした。
ですから、スータであることは黙っていることにしたのです。

そうと決まれば、一目散にバルガヴァのアシュラムに向かったラデーヤ。出会うなりすぐ、バルガヴァに弟子にしてもらえないかと懇願します。

バルガヴァは、最初はいきなり何事かと驚くのですが、ラデーヤがブラフミンであり、弓の習得を熱望しているのを聞くと、喜んでラデーヤの要望を聞き入れました。

「君をこの世で一番素晴らしい弓使いにしてあげよう!さあ、今日から修行に勤しむんだぞ」


ついに待ち望んでいた弓の修行。
バルガヴァの元で、日々はそれこそ光陰矢の如く過ぎていきました。
何ヶ月、何年、と暮らす内に次第に自分が何者なのかという出生の謎や、
本当はブラフミンではなくてスータであるというヴァルナの秘密(※ヴァルナについてはこちらをご参照ください)について、ラデーヤの記憶は少しずつ消えかけていました。

絶え間ない修行の果てに、彼は奥義「ブランマ・アストラ」を得ました。バルガヴァ先生は、それ以外にも全ての知識を与えてくれました。
彼は、感慨深い面持ちでラデーヤを呼び寄せ、
「この何年間かお前と共にいることができ、私はなんと幸せだったろう。お前は本当に誠実だった。お前が弟子だったことを誇りに思うよ」
と言いました。
ラデーヤはそれを聞いて心から喜べませんでした。何か心の中に引っかかるものがあったからです。ラデーヤは黙って頷くことしかできませんでした。


奥義伝授と会話の後でしたから少し疲れたのでしょう。
バルガヴァは、木陰でひと眠りをしたいから何か引くものをもってきてくれないか、と頼みました。けれども、ラデーヤは私の膝の上でお眠りください、と勧め、喜んだバルガヴァはラデーヤの膝の上で昼寝をし始めました。


しばらくすると。
ラデーヤは太ももに激しい痛みを感じました。見ると、大きな小太りな虫に刺されています。よっぽど深く刺されているのか、だらだらと血が流れ出てきました。

けれでも、師の眠りを妨げるわけにはいきません。ぐっと奥歯をかみしめて、痛みをただ耐え続けました。ところが血はどんどん流れていき、バルガヴァの頬に垂れてしまいました。
その触感に、はっと目の覚めたバルガヴァ。
「血が出ておる!一体どこから出たものだ?」

ラデーヤは、
「お騒がせして申し訳ありません。私の太ももを虫が刺したようでして」
「ラデーヤよ、なぜ、すぐに起きて虫を追い払い血を止めようとしなかったのだ」
「そんな!師匠の眠りを妨げるわけにはまいりませんから」

それを聞いたバルガヴァは、みるみる顔色を変えていきました。
「ラデーヤ・・・お前・・・さては本当はクシャットリヤだな!!
このように激しい痛みを我慢できるものにブラフミンはおらんわ!(戦士のクシャットリヤは痛みに強いから)わしはクシャットリヤは大嫌いなんじゃ!よくも騙しおって・・・!」

顔をどす黒く染めるバルガヴァ。

「確かにお前は全ての秘技を覚えたが、お前に匹敵するライバルに巡り合った時にだけ、このブラフマ・アストラを思い出せないように呪いをかけてやる!!

憎しみをもって呪いをかけるバルガヴァを見て、大いに怯え震えるラデーヤ。
「おお・・どうかどうかお許しくださいませ!先生、私はただ弓を学びたかったのでございます!身分のことは確かに偽っておりましたが・・・どうかお許しください、どうか!どうか!!」
何度も頭を下げますが、
バルガヴァは首を振り、怒りに身を任せて彼の元を去ってしまいました。

再び悲しみに暮れるラデーヤ。
バルガヴァが二度と戻らないことを悟ると、
ようよう重い腰を上げて、家路に向かうことにしたのです。

ところが、まだ不運は続きました。
帰り道を歩いている最中、
たまたま目の前に飛び出てきた牛を、思わず弓で殺してしまったのですが、
その牛はあるブラフミンのものでした。
怒ったブラフミンは、一大事の時に限って戦車が動かなくなってしまうという呪いをラデーヤにかけました。

(ここぞという時に役に立たない術をもち、ここぞという時に戦車が進まないという戦士にとってかなり致命的な呪いなわけです)


さんざんな目にあったラデーヤでしたが、やっと生まれ故郷に帰り、母と再会。弓矢の全ての技術を習得したと聞いて、母は涙を流して喜びます。
そんな母を見て、彼はどうしても言えませんでした。
習ったは習ったんだけど身分を偽っていたのがばれて、一番大事な時には使えない秘技なんだけどね・・・とは。


「ラデーヤ、これからどうするの?何かあてはあるの?」
母の問いに、ラデーヤは決意を固めました。
「うん。僕はハスティナープラに行くよ。王宮の武術大会に出る」
母は、息子の目を見て深く息を吐きました。
「そう、では、あなたに伝えたいことがある。あなたの本当の名前はカルナよ。その黄金の鎧がある限り不死身のあなたは、カルナ。さあ、胸を張っていってらっしゃい。母は、いつでもあなたのことを見守っているからね」

このような経緯を経て、ラデーヤ、つまりカルナはクンティーの第一子であり、スールヤ神の子であることは知らずに、血のつながった本当の自分の兄弟たちとついに出会うことになるのです。それはもう悲しい形で。


《ガネーシャのひとりごと》
ミックスの抱える悩みはどの時代も共通かもしれないですね。制度が成熟していても使う側の人間が成長していないとラデーヤのように巻き込まれてしまうんだ。

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