13.ドゥルヨーダナの悪だくみ
5人の子供たちを連れてハスティナープラに凱旋したクンティーは王宮の人々にパーンドゥの結末を皆に伝えました。
ドゥルタラーシュトラは弟との思い出が記憶からあふれ出て、光の射さない瞳から大粒の涙を流しました。
ビーシュマも可愛い甥御を失って茫然自失に。
特に母親のアンバーリカーの悲しみと言ったら、言葉では言い尽くせないほどでしたし、王国全体が灰色のもやに包まれてしまったようでした。
悲しみと同時に、王宮の皆の心には好奇心が浮かんでいました。そう、クンティーの横に立ち黄金のオーラをまとった美しく凛々しい5人の青年たちです。彼らは一体何者なのだろう?
クンティーはこの5人の息子たちを一歩前に押し出すと彼らを静かに紹介しました。
「この子達はみなパーンドゥ様の忘れ形見。呪いのせいでご自身が子をなすことは叶いませんでしたが、パーンドゥ様が願ってくださって、私と神々の間に生まれたのが、こちらの3人、ユディシュティラ、ビーマ、アルジュナです。そしてマードゥリーはこの双子、ナクラとサハデーヴァを残してくれました。彼らは正統なパーンドゥ様の息子たちでございます」
パーンドゥがこんな素晴らしい子供たちを残してくれていたと知って王宮の賢明な人々の胸に小さな希望が光ります。
けれどもそれにもまして、パーンドゥを失ったことは何ものにも代え難い苦難でありましたし、王国でも改めてパーンドゥの葬儀を行おうとヒマラヤに帰っていたヴャーサを呼び戻し式を執り行いました。
パーンドゥが死んだことを知りやってきたヴャーサでしたが、葬儀が終わった後、静謐さの中に若干の苦悩をにじませてサッテャヴァティーの元を訪れました。
「お母さん。幸せの時は終わりました。これから暗黒の時代へと入ります。
あなたはこの国から離れて平穏に過ごされるのがよいのではないでしょうか」
と、ヴャーサ。
「葬式も済んだばかりというのにあなたはなぜそんなことを急に言い出すのですか?」
顔を歪めて問いかけた母に、ヴャーサは悲しく微笑みます。
「これからあなたの孫やひ孫たちが、お互いの権利を争って戦争を始めるでしょう。もうこれは避けられることではありません。あなたには、そんな悲しいことを見る力はないでしょう?ですからどうか、安寧に過ごせる土地を探して戦禍から逃れてほしいのです」
彼女はそれが本当だと直感で悟りました。サッテャヴァティーは、ため息をついて、
「あなたがいうなら・・・そうしましょう」と、承諾したのです。
彼女は嫁のアンビカーとアンバーリカーを呼んで、ヴャーサの話を伝えました。すると彼女たちは自分たちもついていきたい、というのです。二人にとって、最初の夫の死(チットラーンガダのことですよ、さては忘れていましたね)から悲しみが続きましたから、この悲しみから逃れることができるのであればむしろ彼女たちにとっては好都合でした。
彼女たちの生きようとする力は枯れ果ててしまっていて、死よりも悪い生をただ永らえている、そんな状況でした。
それほどの悲嘆の暮れようだったのです。
サッテャヴァティーの義理の息子にあたるビーシュマは、もちろん止めました。
「お義母さん!私たちを置いていくというのですか?これ以上の悲しみを私たちにもたらすというのですか?」
「ごめんなさい・・・でも私は、ヴャーサが言ったことはきっと本当に起こるに違いないと思うのです。それを見るのは・・・もう耐えられないわ」
「一体なんの話です?ヴャーサはいったい、お義母さんに何を言ったのですか?」
サッテャヴァティーがヴャーサに言われたことを話すのを聞いて、思わずビーシュマは息を飲みました。クル族同士で近いうちに戦争が始まる――聖者ヴャーサが言ったからには、それはきっとそうなのです。
「ああ・・・私は、父の生前、『自分が死ぬと決めるまで死なない体』と運命づけられている。だったら、今死ぬと決めよう」
「それはダメよ!デーヴァヴラタ(ビーシュマの最初の名前)!
あなたは、どうかクルの子供たちを守ってちょうだい。そのために生きてちょうだい!」
ビーシュマは義母の声に力をなくし、ただひざまずいて、首を垂れるのでした。
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サッテャヴァティーがアンビカーとアンバーリカーを連れて隠遁生活に入った後、パーンダヴァの5人王子もカウラヴァの100人王子も等しく王子として、ハスティナープラの王宮で教育を受けました。
王子たちがたくさんいるのですから、毎日元気な声が聞こえます。
特に5人王子の次男、ビーマはとりわけ目立つ男の子でした。
誰よりも力が強く、何をするにも長けていました。
ビーマはそれを誇りにも思っていましたし、まだ若い14歳の少年ですからいたずらも大好き。よくドゥルヨーダナやそれ以外の100人王子の髪の毛をひっぱって引きずったり、喧嘩をしてはドゥルヨーダナたちをぼこぼこにやっつけていました。
ドゥルヨーダナの心には少しずつ濁った澱が沈んでいくようでした。何をしても敵わない従弟に対して激しい屈辱と怒りを覚え、いつか見返してやろうと拳を固く握るのでした。
そもそもドゥルヨーダナは、第一王子として大切に扱われるあまり、わがままに育っていました。ただし、その王位継承は絶対とは限りません。万が一現王の死後、王位継承がなんらかの理由で自分ではなくユディシュティラに移ったら?そして今度はユディシュティラが死んだら・・・?次男のビーマが即位するなんてことがあったらたまりません。
しかも、しかも!前はかわいがってくれていたビーシュマおじいさまも、
5人兄弟が来てからはあいつらばかりかわいがっているじゃないか・・・
彼にとっては全員虫が好かない奴らではありましたが、特に相性の悪いビーマだけは日の目を見られないようにしてやりたいと願うように。そしてついには思うだけでは飽き足らず、王子という立場を使って姑息な悪巧みを始めるのです。
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ビーマを陥れてやろうと張り切りだしたドゥルヨーダナ。
そんな彼とウマがあったのが、ドゥルヨーダナの叔父にあたるシャクニでした(ガーンダーリーのお兄さん。ドゥルタラーシュトラのところにお嫁入りしたときに、ついてきたあの兄のシャクニです)。
彼は、ドゥルヨーダナに悪い影響を与えるタイプの大人でした。悪巧みが得意なドゥルヨーダナとシャクニは、水を得た魚の如くイキイキとビーマを打ち負かす計画をたて始めました。
ある日、100人王子たちもパーンダヴァ5兄弟たちも全員一緒に、ガンガー河のほとりへピクニックをしに行きました。一日中色んなゲームをして、それは多いに盛り上がり遊び尽くした王子たち。
あっという間に日も暮れてくたくたになったビーマは、用意されていた食事を見て大喜びです。ビーマは誰よりも力持ちが故にいつでもお腹をすかせることで有名でした。
そこに食事があれば、ビーマが一番に手を出し平らげてしまうのは周知の事実。となれば、その食事に毒を混ぜても他の兄弟たちが間違えて毒に当たってしまうことはありません。ビーマだけを仕留めることができるはず。
案の定、誰かが手を出す前にビーマが全て豪勢な食事を食べきってしまいました。
強力な毒を混入させたはずなのですが、そこは半分神との間に生まれた子だけあってビーマは簡単に死にはしません。けれどもさすがに遊び疲れていたのも相まって、その場にバタンと倒れて眠ってしまったのです。
ビーマが死んだと勘違いしたドゥルヨーダナは、ほくほく顔をしながら彼のそばに行くと一番切れにくいと言われる種類の(植物の)つるを使って、ビーマをぐるぐる巻きのがんじがらめにしてしまいました。そして人を倒せるほどの毒をもつ蛇がたくさん生息しているガンガー河の流域に縛られたままぽいっとビーマを投げ込んだのです。
そんな物騒なことが起きているとは露知らず、そろそろ帰ろうと王子たちは腰を上げ始めました。ユディシュティラも帰り支度をしながらあたり一面を見渡しましたが、どこにもビーマがいないことに気づきます。不審に思って探していると、ドゥルヨーダナが「ビーマは先に王宮に帰った」というので、実直なユディシュティラは素直にそれを信じ、いったん王子たちとともに家に帰りました。
家に戻って、クンティーにビーマの所在を聞くと「なんのこと?ビーマはまだ帰ってはいませんよ?」との返事が。そこでやっとユディシュティラは不信に思い、もう一度ガンガーのほとりにアルジュナたちと戻ってみました。みんなで必死にビーマを探しますがどこにもいません。視界も悪くもう何も見えない程暮れこんでしまったものですから、仕方なく、暗い流れをたたえたガンガーを後にして帰路につきました。
一方ビーマといえば、絶体絶命のピンチです!毒を飲まされ弱っているうえに、動けない状態で毒蛇の川に投げ込まれたのですから。毒蛇は、目の前に突然現れた餌を見ると、しめた!とばかりに、ビーマにがぶりと咬みつきました。さすがのビーマもここで命絶たれる・・・と思われましたが、なんと。
元々毒に冒されていたビーマを毒蛇が咬んだことで、毒と毒が打ち消しあい、毒がなくなってしまったのです!(マイナスとマイナスがかけ合わさってプラス的な)蛇には咬まれたおかげで毒から復活したビーマは、なんとその蛇たちを逆に食べてしまいました(インド人も蛇もびっくり)
何せいつでもお腹がすいているビーマ。ぺろりと蛇の軍団を食べてしまい、驚いたのは蛇たちを統べる王様。どんな人間だ!?と興味をそそられて彼を見にきた蛇の王様でしたが、ビーマに会って話してみるとなかなか面白いやつではありませんか。
彼はビーマを思わず気に入ってしまいました。最初は懲らしめるつもりでやってきた蛇の王様でしたが、逆にビーマに力を増やす薬(エリクサー的な薬)をあげ、ゆっくり休ませてやりました。
それを飲み干したビーマは、今まで以上の力を手に入れることに成功。しばらく休んで英気を養うと彼は意気揚々と王宮に帰っていきました。
ひょっこり自力で帰ってきた次男に、みんな驚いたやら、喜んだやら。ビーマは自分に降りかかった不思議な災難について、面白おかしく披露します。ビーマに事の顛末を聞いたクンティー始めユディシュティラたちはにこにこ話を聞いていましたが、心の憶測でひっそりとドゥルヨーダナが何か手を加えたのではないかと怪しみます。
特にクンティーは心配して宰相ヴィドゥラに相談しました。
「なんだかドゥルヨーダナは意地悪だし怖いわ。王国欲しさにビーマの命を狙っているような気がするんだけど」
ヴィドゥラは、「しー!」と口に指を当て、きょろきょろと周りを見渡しました。
「万が一そうだったとしても決してそのようなことを口外して彼を責めてはなりませんよ。きっと彼はものすごく根にもちますからね。でも大丈夫、あなたの息子たちは尋常じゃない強さを持っているのだからそうそう死にはしませんよ」
ユディシュティラも兄としてビーマに注意しました。
「ビーマよ。ちょっとはおとなしくしておくんだ。あんまりはしゃぎすぎるんじゃないよ。何がどうなるかわからないんだからしっかり身の回りのことに気を配ってな。5兄弟で力を合わせ気を付けていかなくてはならないぞ!」
ビーマは死んだ、とほくそ笑んでいたドゥルヨーダナでしたから、目の前にビーマが現れた時の驚きようったらありません。助かった経緯を聞いて、彼に対する幸運や強さ、無邪気さに嫉妬と嫌悪感は募るばかり。ドゥルヨーダナは深いため息をついて、悲嘆にくれるのでした。
《ガネーシャのひとりごと》
ビーマの愛されキャラ最強説。