17.王子集結!武術大会
ラデーヤ改めカルナが、王宮ハスティナープラに向かうことを決心した理由は、王宮で武術大会があると風のうわさで聞いたからです。
そのうわさの武術大会の発起人はドローナでした。
ドローナは成長した王子たちを見て、そろそろ彼らの実力を試すために武術大会を開いてみてはどうかと思い立ったのです。
ビーシュマやドゥルタラーシュトラ王に提案するとすぐに承諾されたので、早速準備に取り掛かりました。ユディシュティラなどクル一族の5人王子たちのお披露目もかねて、王国で暮らす民たちはもちろん近隣諸外国の王族たちも招いての、一大イベントになったのです。
大会当日。
それは輝くような陽の光に包まれた朝。続々と他国の王族も列席し、町の人々も大盛り上がりで見学に押し寄せています。観客が集まったのを見計らって、ついにドローナが姿を現すと湧き起こる大歓声。
更に、ユディシュティラ、アルジュナ、ビーマ、ドゥルヨーダナたちも颯爽と続き、会場のボルテージは最高潮に上がります。
特等席で見ていた、アルジュナたちの母、クンティーは感動の涙が止まりません。最愛の夫パーンドゥを亡くしてから一生懸命母として彼らに尽くしてきました。今立派な王子となって堂々と立ち居ふるまう彼らを見ると、それはそれは自然と涙が流れてしまうのです。
王子たちはまず先生に敬意を表する儀を済ませ、早速試合開始となりました。
弓、剣、こん棒などそれぞれ得意な武器を使って、次々に素晴らしい技を出しあう王子たち。観客たちは息つく暇もなく、目の前で繰り広げられる凄技にあっけにとられるばかりです。
そんな中、一際大きなどよめきが起こったのは、ビーマ対ドゥルヨーダナの一戦でした。
開始の合図が始まる前からお互いが闘志をむき出しにし、もはや異様な空気感とまで言える緊張感に包まれています。
それを素早く見てとったドローナは、このままでは必要以上に緊迫した試合になってしまうと予想して、自分の息子のアシュワッターマンを呼び、二人の試合を中止するように言いました。
アシュワッターマンがするりと間に入ると、一触即発状態だった二人は武器を降ろしてしぶしぶ離れました。ドゥルヨーダナはビーマを目の敵にしていましたし、ビーマもそれは重々承知の上でしたから、二人ともここで決着をつけてやろうと意気込んでいたのですが、さすがに先生の指示とあっては仕方がありません。
試合が流れたのをみて観客から大きなため息がもれます。ドローナは次の出場者、アルジュナを呼びました。
輝く鎧を身にまとい凛々しく美しいアルジュナに、また先ほどとは違ったため息が方々でもれ出ました。
余りに大きな歓声に驚いた盲目王ドゥルタラ―シュトラは、近くに控えていたヴィドゥラに聞きました。
「いったいこの大歓声はどうしたというのだ?」
「はい、王様。これはアルジュナ王子が登場して観客が喜んでいる声でございます」
その返答を聞いて、ドゥルタラーシュトラの心には、大きな嫉妬の炎が生まれました。けれども、彼はその自分の炎を見て見ぬふりをして、「おおさすがわが弟の息子よ!」と表面的にはアルジュナに微笑みすらしたのです。
アルジュナの弓芸は本当に素晴らしく、さすがドローナの一番弟子だと、観客はみな感心しきりでした。彼の弓から解き放たれる矢はまるで命令をかけられているかのように寸分狂いない弧を描き、またはあまりに矢が早すぎてまったく目にうつらないほどでした。
アルジュナの数々の芸に、みなが固唾をのんでみていると急にどこかから轟音が鳴り響きました。
「いったい何ごとだ?!」
思わず全員が、そのすさまじい音の鳴った方へ振り返りました。アルジュナもそれ以外の兄弟たちも、ドゥルヨーダナや先生たちも。
そしてその音が、雷でも噴火でもなく、一人の男が弾いた弓の弦の音だということに気付いたのです。
彼こそが、カルナでした。
黄金のカヴァチャ(鎧)とクンダラ(耳輪)を身に付けた彼は、まずはドローナの元に向かい一礼をすると、そのままアルジュナへ大股で歩み寄り、
「私はあなたと勝負がしたい!」
と高らかに叫びました。
そして、先ほどアルジュナが行った技をまったく同じようにやってのけたのです。
民衆は思わず首をかしげました。
今までアルジュナが一番だと思っていたが、もしかしたら違うかもしれない。アルジュナよりも強い人間が現れたかもしれない、と。
更に民衆だけではなく、もう一人、彼にときめいた男がいました。
ドゥルヨーダナです。
アルジュナに勝てるかもしれない可能性を秘めた男がいると知り、どうにか仲間にしたい、と思ったのです。
アルジュナが前に出ようとした瞬間、横で控えていたクリパ先生が、歩み出ました。
「ここにおわすは、クル族のアルジュナ王子である。同等の身分を持ち合わせていなければ、試合はできないぞ。そなたも、自分の親の名と身分を明かしなさい」
それを聞いて、思わずカルナはがくっときてしまいました。
ここまで来てまた身分かよ・・・と奥歯を噛みしめ、膝をつきうつむくカルナ。
ところが、思わぬところから声がしたのです。
「クリパ先生!彼の勇敢さは、身分など関係ありませんよ!生まれが勇敢さを決めるというのでしょうか?そんなことはない、彼を見てください!身分はわからなくとも、こんなにも立派で勇敢で、そして素晴らしい弓技を持っているではないですか!」
そう、声を発するのはドゥルヨーダナでした。
「アルジュナが王族としか戦わないというのであれば、この青年を王族にすればよいのです。ちょうど今空位になっているアンガ国の王に彼を即位させて、その後に試合をさせようではありませんか」
ビーシュマはいつもと違って素晴らしいスピーチをしたドゥルヨーダナに、感動しました。人々もこの提案に賛成したため、早速ブラフマンたちがヴェーダのマントラを唱え、急ごしらえの即位の儀式を行って、
なんとカルナは小国アンガの王に即位したのです。
「さあ、これでなんの問題もなくなっただろ。思う存分戦うといい!」
ドゥルヨーダナの計らいに、カルナは心から感謝しました。
ついに自分の実力が身分に関係なく、発揮できる時が来たのです。
しかし、ここで、人ごみをかき分け、一人の老人が現れました。
誰も知らない御者の恰好をした貧しそうな老人でしたが、カルナは彼を見るとさっと駆け寄り、足元に口づけをし最大限の敬意を持って尽くしました。
彼は、カルナの育ての親、アディラタだったのです。
「おお・・・ラデーヤよ。そなたの母より聞いて急ぎ馳せ参じたのだ。なんとありがたいことに王子の恩恵を頂き、ついにここまで至ることができたのだな。本当に良かった。これからはしっかりとドゥルヨーダナ王子に仕えるのだぞ」
この二人の姿を見て、この場にいる全員がカルナは実はクシャットリヤではないこと悟りました。
周りの全ての人々は静まり返りました。
ビーマがポツンといいました。
「おい、ブラフミン(この時点ではビーマはブラフミンだと思っている)。ブラフミンごときが王子のアルジュナと試合することは許されないぞ。弓なんて握ってないで、さっさと御者に戻って手綱を握ってろ」
それを聞いたカルナは怒りに震えました。
しかしカルナより先に怒りを轟かせたのは、ドゥルヨーダナでした。
「ビーマ!!貴様・・・王子であるお前がなんてことをいうんだ。俺がさっき言ったように、勇敢さに身分も何も関係ないんだ!!
いいか?ドローナ先生だって、クリパ先生だって、身分は高いといえないじゃないか!ヴィドゥラおじさんだって!!(※ヴィドゥラはメイドの子)
そんなこともわからないで、お前はなんて奴なんだ!!」
カルナはびっくりしました。
高貴な身分である王子が自分のために尽くしてくれ、今は自分のために怒ってくれているのです。
「ああ・・・ドゥルヨーダナ様。私はあなたに感謝してもしつくしきれません。私はこれからあなた様の為に全てを捧げます。この御恩を必ずやお返しいたします」
「いいんだ。さあ、お前の名前を聞かせておくれ。そして、その素晴らしい弓を使って、僕を守ってくれ」
「はい。私はこの御者アディラタの子であるラデーヤ。成人して今はカルナと名乗っております。私はあなたにとって生涯において一番の良き友人であり、あなたを全力でお守りすることを誓います」
カルナは膝をついて深くお辞儀を誓いを建てました。そしてまるでここにはカルナとドゥルヨーダナしかいないかのような神聖さを漂わせたまま、二人はこの場を去っていったのです。
人々はドゥルヨーダナの言葉に深く感銘を受けました。
その裏で、聡明なヴィドゥラやユディシュティラは、カルナという偉大な弓使いがドゥルヨーダナの仲間になったことで不安を感じ、悲嘆にくれました。
更に一方、王宮の奥では一人ひっそりと涙をながすクンティーがいました。
カルナの黄金の鎧と耳輪を見て、彼が誰だか分からないはずがありません。
今生の別れと思って離れたわが子と、こんな風に再会するなんて。
そして、まさか自分の血を分けた彼とアルジュナたちが、知らず知らずのうちに、敵同志になってしまうなんて。
先ほどまでは息子たちの晴れ舞台に喜び満ち溢れていたクンティーでしたが、己の過去の罪と暗雲の立ち込めた未来を感じては、ただただ途方に暮れ泣くことしかできないのでした。
《ガネーシャのひとりごと》
あれ、主人公、ドゥルヨーダナだっけ?アルジュナだっけ?
よろしければサポートをお願いいたします! ヴェーダーンタというヨーガの学びを通して、たくさんの方に知恵を還元できるよう使わせて頂きます。