12.パーンダヴァ誕生
パーンドゥについて少し触れておきましょう。
パーンドゥはドゥルタラーシュトラの弟で次男にあたります。
三男はダルマ神の生まれ変わりともいわれたヴィドゥラでしたね。
三人は全て母(アンビカ―、アンバーリカー、アンビカ―のメイド)が違いますが、父は共通して賢者ヴャーサ(サッテャヴァティーの最初の息子)です。
パーンドゥは第二王子でしたが、王位継承第一位の兄は盲目であるという理由により王の地位を引き継ぎました。
クル一族を率いたパーンドゥは戦士として抜きんでいた存在でした。
次々にダサルナ・カシ・アンガ・ヴァンガ・カリンガといった国を征服したのです。
これをきっかけに彼は王としてバラタ中に名を馳せ、この時代でもっとも偉大な戦士と称えられるほど。彼は弓の使い手としても非常に優れていて、血は繋がってはいませんがシャンタヌの後継者として誰もが納得する王でした。しかし彼は狩りに熱中すると思慮深さを忘れてしまうのが玉に瑕。そのことが彼の人生を一気に方向転換させてしまうとは本人は露知らず、ある時彼は趣味の狩りに出かけました。
心地よい光が降り注ぐ森の中に入りしばらくすると、彼の目の前に二頭の鹿がいるではありませんか。
格好の得物とばかりにパーンドゥは弓を絞って、狙いを定めました。
ここで、彼は思い出すべきだったのです。
つがいの動物が一緒にいるときには、その動物を殺生してはいけないと定められていることに。
しかし彼は、そんな決まり事などすっかり忘れて、仕留める瞬間に高揚したまま一気に弓を射ました。
鹿の胸に矢が命中した瞬間!
なんと2頭の鹿は男女の人間に変化したのです。
胸を自分の血で真っ赤に染めて、ドウッと倒れこむ男性。
そして泣きながらその男性に寄り添う女性を見たパーンドゥはすぐに己の愚行を悟りました。
痛みに息も絶え絶えの男は憤怒の色を染めた表情で、
顔面蒼白(これぞまさしくパーンドゥの本領発揮!別にこのおかげで蒼白王と呼ばれたわけではありませんが・・・)で駆けつけたパーンドゥに荒々しく叫びました。
「なんてことをしたのだ!我は聖者ぞ!そしてこちらは我の妻じゃ!お前は、つがいの動物が寄り添って愛を育んでいるというのにその愛を切り裂き、矢を射た!なんという不届きもの!
我をお前を許さん!お前も我と同じような運命をたどるよう呪ってやる。いいか。もしお前がお前の妻と愛を育もうとしたら、お前は死ぬ!妻も死ぬ!そういう呪いをかけてやる!!」
この聖者とその妻は、鹿に変身してただ遊んでいただけ(何ゆえ?と問うのは今はそっと横において)だったのですが、それに気付かずパーンドゥは鹿に変身した聖者を射ってしまったのです。
パーンドゥがどんなに詫びて謝っても、彼は決して許してくれませんでした。そして、パーンドゥに呪いを掛けたまま彼は死に、その妻も後を追うようにして命を絶ちました。
重い気持ちを引きずって、彼と二人の妻の元に帰りました。
そして自分の思慮の浅い行動を自分自身で責めました。けれど何をしても呪いを解くことはできません。(呪いのキャンセルは不可!でしたね)
悩んだ末、彼は王位を返上する決意を固めます。
「妻と愛を育むと死ぬ」という呪いをかけられた以上、彼はもう世継ぎを残すことができないのですから。
王位を捨て、森の中で悔い改めながら隠遁することにしたのです。
その話を聞いて、クンティーとマードゥリーは必死に自分たちも連れて行ってくれ、と懇願しました。
どんなことがあろうと彼と運命を共にすると決めたのですから。
二人の気持ちを聞いて、胸を突かれたパーンドゥ。
そうして、これまでに築き上げた、華やかで輝かしい王としての軌跡を残し、王をやめた男と二人の妻は、森での質素な生活を始めることになったのです。
《ガネーシャのひとりごと》
聖典の知識を得ていたとしても人間である以上、リシ(聖者)でも性格がありますからね~~。激おこぷんぷん丸だよねっ。
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このようにしてパーンドゥの運命は、彼が射た一矢で大きな変換点を迎えました。子供を作れないということを理由に兄のドゥルタラーシュトラに王位を譲渡した彼は、妻のクンティーとマードゥリーの三人で、ヨーガの修行と鍛錬を行いながらつましく森の中で暮らし始めます。
名君パーンドゥの引退を知ったハスティナープラの人々は深い悲しみに沈みました。母のアンバーリカーは涙に明け暮れましたし、ビーシュマは統治者として優れていたパーンドゥがいなくなったことで、また自分の出番が多くなることを悟りました。
ドゥルタラーシュトラやヴィドゥラの肩には、背負うにはあまりに重い一国です。
誰しもが彼の引退を残念に思いましたが、
パーンドゥにはもはや、自身と向き合い平和を求める心しかありません。
隠遁生活しながら、修行をする日々が続き森に入ってから早数年が経ちました。
彼はこの生活にとても幸せを感じていたのですが、一つだけ悩みがありました。彼は次第に子供を欲しくなってきてしまったのです。自分が犯してしまった罪のせいとは言え、心身ともに健康であり、多くの子供たちに囲まれて過ごす家族を夢見ていた彼には確かに辛い状況でした。
ある日、この悩みをクンティーに打ち明けてみました。
「やっぱり僕は子供がほしいんだ。どうにかこの気持ちに折り合いをつけようとしたけど、もう抑えきれなくなってしまった。でも、僕の子は望めないだろ・・・?だから、君にお願いがあるんだ。僕のお母さん(アンバーリカー)みたいにだれかリシ(聖者)を連れてきて、君とリシの子を産んでくれないだろうか」
それを聞いてクンティーはあきれ怒りました。
「ああ、なんてことを!私はずっと昔からあなたに忠誠をつくし、あなただけの妻でいると決めたのです。いくらあなたの願いとは言えそれだけは叶えられません!!」
けれども、あまりにしょんぼりしているパーンドゥを見るに見かねてクンティーは一つの提案をします。
「そういえばね・・・私昔、赤ちゃんを授かるマントラを習ったことがあるんですけどね・・・」
「な、な、なんだって!?」
そうです!
『神様のことを祈るとその神様が現れて子供を授かる』というあのマントラのことです。(忘れた方はこちらをどうぞ)
それを聞いて、パーンドゥは大喜び。
早速どの神様から子を授かろうか、二人で徹底的に相談しあいました。
結論としては、ダルマ神がベストだろうということになったのです。
《ガネーシャのひとりごと》
ダルマを一言で表すのはとっても難しい。
これを適切に理解するためには聖典を知る必要があるからね。
全体として一番ベーシックなダルマの意味は「宇宙の法則・理(ことわり)・世界を支えるもの」という感じ。更に「自分自身の役割を宇宙の法則に従って理解し、自由意志を使って行いを選択すること」というと、少しイメージしやすいかなあ。
ダルマを理解するということはとっても大切なことだから、詳しく先生に聞くといいよ。
そして、そのダルマを司っているのがダルマ神というわけ。
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「ダルマ神との子だったら、きっと後世にまで語り継がれるような調和を重んじた立派な息子になるだろう!」パーンドゥは言いました。
クンティーも夫の意見に賛成し、早速ダルマ神を思って祈り続けました。
その甲斐あって無事に彼女は一人の男の子を産みます。
その名はユディシュティラ。パーンドゥの長男です。彼こそが後にクルクシェートラの戦いにて正義と平和と調和のために戦うパーンダヴァ軍の総指揮者。ついに話の骨格となる登場人物がこの世界に生まれ出でたのでした。
パーンドゥは、ユディシュティラの素晴らしさに感動もひとしおでしたが、
次の年、クンティーにまたお願いをします。
「次はもっと強い男の子がほしいな~。逞しくて力では誰にも勝てない男になるような。そしたら、正義のユディシュティラをサポートしてくれるだろ?」
神々の中でも強さの象徴と言えば、風の神であるヴァーユ。
クンティーはヴァーユに祈り続け、二男のビーマが産まれました。
彼はとても美しく、パワフルでありながら心のやさしい子でした。いつでも兄弟のことを一番に思う。のちの戦争では誰よりも勇敢に戦い、誰よりも兄弟の前に立つ頼れるのがこのビーマです。
まだまだ満足しないパーンドゥは、無敵のヒーローも子供にほしいと思いました。
「おいおい、神々のヒーロー、インドラ神を忘れていたよ!!彼の子なら間違いなくヒーローさ!」
クンティーはインドラ神を召喚し、彼との子を産みました。
この三男坊が産まれる時、天からのお告げがありました。
「この子こそが、ユディシュティラを王として君臨させるようにサポートする英雄になるだろう。更にこの子の従弟であるクリシュナ(彼はヴィシュヌ神の化身)と親交を深め大地の穢れを清浄するであろう」
そうです、この三男坊こそがクリシュナと対をなして物語の核となるアルジュナなのです。クリシュナに知恵の理解を乞いながら、世界の平定を行う彼もまた、ついに誕生したのでした。
こんなに輝かしい三人の息子が産まれ、ついにパーンドゥは満足したでしょうか。
いいえ。ここで終わらないのがパーンドゥ。
「クンティー!もう一人産んでおくれ!」
あきれた彼女は首を振って、
「あなたはとにかく子供を欲しがり過ぎですよ。これ以上むやみに産んだらそれこそダルマの法則に適っていないわ。もうやめましょうよ」
パーンドゥは、はっと思いました。
「確かに君のいい通りだ。だけども、まだ・・・マードゥリーがいるじゃないか!!!
彼女にも子供産む喜びを教えてやってくれないだろうか。ねえどうだろう?」
クンティーは、それもいいかもしれない!と、第二夫人のマードゥリーにマントラを伝授したのです。
マードゥリーはそのマントラを会得するとすぐに、医術の神アシュヴィン双神に祈りつづけました。双子の神に祈ったのですから、生まれてくる息子も双子。
この双子は大きくなるにつれ世界で最も美しい男とされ、医術と剣術に優れるようになります。
特に兄のナクラはより剣術に長け、弟のサハデーヴァは賢く温厚な性格でした。
こうして、パーンドゥの5人の息子たち、総称してパーンダヴァ(パーンドゥの子供たちという意)が誕生しました。
《ガネーシャのひとりごと》
あ~長かった。
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子供たちは無事に成長し、15年の月日が経ちました。
森の中で生活をしていた彼らは同じく森で暮らしているたくさんの賢者たちに教えを乞いながら楽しく健やかに過ごしていました。
ある日、パーンドゥとマードゥリーを残し、クンティーと5兄弟は近くのアシュラム(いおり、庵)に出かけていきました。
春真っ只中。うららかな午後。爽やかな風。芽吹く木々。薫る花々。
何とも美しい光景に愛を感じずにはいられなかったパーンドゥ。そして隣には何年経っても出会った頃のままに輝く美貌をもったマードゥリーがいるではありませんか。
彼は18年もの間、女性との愉しみを断(た)ってきました。けれどもマードゥリーを見ていたらどんどん彼女への欲望が募ってきて、ついには我慢できなくなってしまったのです。
呪いの何もかもを忘れ、パーンドゥはマードゥリーを抱きしめました!
マードゥリーは呪いのことを片時も忘れたことはありません。彼の口説き文句に必死に抵抗しました。
ああ、ここにクンティーがいたら、彼の暴走を止めてくれるのに・・・!
けれどもここに彼女はいないのです。
マードゥリーは逃げまどいましたが、パーンドゥは決して諦めずそして力強く彼女を捕まえます。
「あなた!だめです!呪いを忘れたの?死んでしまうのですよ!!」
マードゥリーの言葉には耳も貸さず、ついにパーンドゥは彼女に口づけをして・・・
その瞬間、彼は崩れるように倒れました。
既に死んでいたのです。
ちょうど帰路についたクンティーは、マードゥリーの泣き叫ぶ声が聞こえてくるのに気づき、慌ててマードゥリーの元に駆け寄りました。
壮健そのものであった自分の夫が地面に倒れて冷たくなっているのを見たクンティーは、何があったのか悟りました。
「なぜ拒まなかったの!?」と言い募るクンティーに、泣きながら説明するマードゥリー。
クンティーは膝から崩れ落ちて、思いました。
こんなにも呪いとは強大なものなのか、これが定めなのか、と。
質素な身なりのまま逝ってしまったパーンドゥに、マードゥリーは王族としてふさわしい衣服を掛けてやりました。
マードゥリーの表情の中に絶望と決意を見たクンティーは、ハッとします。
「マードゥリー?何を考えているの?まさか、、、」
「どうか、お願いです。双子たちはあなたを母のように慕っています。
わたしの代わりに、2人の母になってくださいまし。あなたは本当に素晴らしい人だから2人を見守って欲しいの」
クンティーは慌てて反論しようとしましたが、マードゥリーは耳を貸さずナクラとサハデーヴァを呼び寄せて静かに話をし始めました。
「これからは、クンティー様があなたたちの本当の母です。私はこれからあなたのお父様と一緒にあちらの世界に参ります。ナクラ、サハデーヴァ、一生懸命お勉強をしてあなたたちの兄に尽くしなさい。いいわね?」
子供たちは懸命に母の声を聞き、やがて沈んだ顔で頷きました。
それを見届けたマードゥリーは、クンティーの元に来て悲しく笑います。
「私だけ、彼と共に行くことを許してね。あなたには5人の子供の命運を見ていて欲しいわ。あなたこそは5人の賢母として、立派に尽くす人なのだから」
クンティーの頬をはらはらと流れる涙。
「あなたをとめることは、私にはできそうもないわね・・・わかりました。
あなたはいつでもあの人のそばにいてあげて。私は、あなたの代わりに息子たちを守ります」
「ありがとう・・・ありがとう・・・」
瞳と瞳で交わされる想いに、お互い安堵の表情を浮かべました。
何事かと集まってきていた、森で暮らす聖者たちもこの様子を見ていました。その聖者たちと子供たちが見守る中で、マードゥリーは、葬式用に高く積み上げられた薪の上に登ります。
こぼれる涙を拭おうともせずにユディシュティラは薪に聖なる火を入れました。ゆっくりと大きくなる聖火にパーンドゥとマードゥリーは包まれていくのでした。
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儀式が終わった後、
聖者たちは、クンティーと5人の息子たちにハスティナープラに戻るよう勧めました。クンティーは旅立ちを決め、パーンドゥやマードゥリーと長く幸せな月日を過ごしたこの森に別れを告げました。
王位を捨てて森に来たのですから、簡単にドゥルタラーシュトラの元に戻れるはずはありません。けれども子供たちの未来のために、困難であろうとも、彼女は新しいステージへと進むことを決意します。
そうしてついに、
パーンドゥの子供たちでもあり、神々の子供でもある5人が、
王都凱旋の時を迎えることになったのでした。
《ガネーシャのひとりごと》
女の人のパワー、すごい。
ていうか、今日まじで長い。
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