19.たくらむドゥルヨーダナとゆがんだ愛
前王パーンドゥが逝去したあと国を統治していたのは、彼の兄であったドゥルタラーシュトラ王でした。順当なところでいくと次期王の候補は、ドゥルタラーシュトラの長男ドゥルヨーダナ。けれども民からは、跡継ぎはユディシュティラに、という声が多くあがっていました。
ユディシュティラはパーンドゥの長子というだけではなく、ダルマ神(法・秩序を司る)を祈った結果として第一夫人のクンティーが授かった子ですから、国を守る力はもちろんのこと、正義と愛にあふれていてみんなに愛されとっても人気。
次期王として、まさに相応しい人物でした。
日に日に増すその声に圧される形で、ドゥルタラ―シュトラ王は、
ユヴァラジャ(皇太子のような存在)として彼を指名せざるを得なくなってしまいました。
それに対してあからさまに憤ったのは、もちろんドゥルヨーダナです。
けれども、ドゥルタラーシュトラ王としても喜んで指名したわけではなく、民意に仕方なく従った形でしたので、内心忸怩(じくじ)たる思いでした。
ユディシュティラがユヴァラジャに指名されてしばらく経つと、以前より更に彼の人気は高まってきました。それとは別に、アルジュナはアルジュナで各地へ赴いてはたくさんの小国を制圧して軍功を立てていましたから、カウラヴァの100人王子たちはみな悔しい気持ちでいっぱい。
前回、カルナを仲間に引き入れたドゥルヨーダナでしたが、それでも形成は逆転しそうにありません。ドゥルヨーダナは意を決して、父親に相談をしに行きました。
「父上!父上がユディシュティラをユヴァラジャにしてから、ますます彼の人気は高まるばかりですよ。俺のことを大事にしてくださらないのですか?本当は俺よりもあいつの方が王になるべきだって思っているんでしょう!?」
ドゥルタラーシュトラ王は、わが子を諭します。
「そんなことを言うもんじゃないよ。もともとこの国はパーンドゥが栄えさせた国だしな、私と弟で大切に守ってきた国だ。ユディシュティラもお前も、私にとっては同じ子のようなものだ。それにユディシュティラはお前より一つ年上だし、私が引退したらあの子が継ぐのはまっとうな理由だよ、わかっておくれ」
ドゥルヨーダナは口角泡を飛ばして、
「本当にそんなことを心から思っているのですか!?」
と責め立てました。
「あいつが王になったら、俺たちはあいつらパーンダヴァの下でこき使われるはめになるんですよ!!そんなの絶対ごめんです!俺は王の長男なのに王になれないなんて!!この国は、俺のものになるはずなのに!!!」
ドゥルヨーダナにはそれがどうしても許せなかったのです。ふつうにしていれば、自分の手元に転がりこむはずだった王位が、パーンドゥの死去によってユディシュティラの元に行ってしまったこと。しかもそのユディシュティラの弟には、ドゥルヨーダナが最も憎むビーマがいること。
パーンドゥたちの顔がうかんでくると、悔しくてたまらなくなったドゥルヨーダナは、ぽろぽろと涙を流しました。手の甲に涙を感じた盲目王は、そっとドゥルヨーダナの肩を抱いてやりました。
「そう悲しむな、息子よ。ユディシュティラはダルマの子。お前が思うような悪いことはきっと起こりやしないよ。」
あやすように言うドゥルタラーシュトラでしたが、ドゥルヨーダナは語気を強めて反論します。
「わかりっこないですよ父上には!!」
そしてついに、禁断の誘いを口にしたのです。
「父上、どうかお願いです。あいつらをヴァラナーヴァータ(都市名)へ追い出してください。1年だけでいいんです。そうしたら、あいつらがいない間に俺ができるってこと、お見せしますから。頑張って尽くして国民に認めてもらいます。俺、本当に頑張りますから」
そう言い残して去ったドゥルヨーダナ。
困ったドゥルタラーシュトラ王は、カニカという男に相談することにしました。
実はこのカニカという男、シャクニと非常に仲の良い人間で、なんともずるがしこい策士でありました。(シャクニは王妃ガーンダーリーの兄、ドゥルヨーダナの仲間)
「はあはあ、なるほど。それはですな、ぼっちゃんのいう通りにされた方がいいでしょうな」
ひげをなでたカニカは目を細めて続けました。
「なんといってもですな、ぼっちゃんが王位につくにはいささか、パーンドゥの・・・あの王子様たちは・・・邪魔なんですわ。彼らがハスティナープラから去れば、きっとぼっちゃんの心も晴れ平穏が戻ってくるでしょうな。
ええ、ええ、間違いないですとも」
カニカの言葉は、揺れ動くドゥルタラーシュトラの心をがっちり捉えて離しませんでした。
「まあ、しかし、表面上はうまくやることですな、王様。
あの人気の高いユディシュティラを追放したなんて噂されたら、きっと国民が黙っていないでしょうから・・・ひひひ」
カニカが去った後も、ドゥルタラーシュトラはじっと考えこんでいました。
そして、静かに衛兵に言い渡しました。
「ユディシュティラはどこだ?すぐに呼ぶように」
《合間のガネーシャのひとりごと》
大変だよね、従兄弟どうしで。
僕の弟もさあ、まあ複雑な事情の子だからさあ・・・スカンダって言うんだけど。
(日本では韋駄天と言われることあり)
え?そんなやつ知らない?ひどいなあ。世界最古の代理出産で生まれたやつって言われるくらい有名なはずなんだけどなあ。
ていうか、今更だけど、僕は親に頭、象にされてるからね。
家庭問題的には、結構エッジ効いてるからね。
ほんと、僕が言うのもなんだけども。
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ドゥルタラーシュトラに呼ばれたユディシュティラ。彼に言い渡されたのは、
"1年間、ヴァラナーヴァータに行って、兄弟や母とゆっくり過ごしてこないか?"
というものでした。
ユディシュティラは、頷いて、
「はい、叔父さんが言うのであれば、ぼくたちはもちろん行きます」
と答えました。
聡明なユディシュティラは叔父のドゥルタラーシュトラの様子から、きっとこれにはなにかしらのたくらみが隠されているに違いないと察していたのですが、それでも彼は「行く」と答えたのです。
ドゥルタラーシュトラは内心何を言われるかびくびくしていたので、彼が素直に肯定してくれたことにほっと胸をなでおろしました。
ユディシュティラは王の居室から退出した後、ビーシュマやヴィドゥラ、ドローナ先生のところに行ってドゥルタラーシュトラとの会話を報告しました。
「僕たち兄弟は王の仰せにより、数か月から1年ほど、ヴァラナーヴァ―タの町に引っ越すことになりました」
「なんでまた急に?」
誰しもが不思議に思うことをビーシュマは尋ねます。
「ゆっくり過ごすといい、と仰って頂きました」
「ゆっくりと言っても、別にここにいたままでもゆっくり過ごすことはできるだろう?」
「そうですね・・でも、おじいさん。
僕はダルマ(宇宙との調和)に則り、年長者のいうことには従うことにしているんです。どんなことであったとしても。それに、父が亡くなって以来ずっと父親代わりになってくれた王が言うんですから。何も心配することはありませんよ」
眉をひそめるビーシュマやドローナに、安心させるよう努めて明るくふるまうユディシュティラ。
そんな彼に、賢臣ヴィドゥラは手招きをしました。
誰にも聞かれそうにない場所までユディシュティラを呼び寄せたヴィドゥラは、彼の手を取り真剣な表情で、
「あなたは賢い子です。どうか、兄弟たちをあなたの知恵で守ってやりなさい。危険は剣や弓だけとは限りませんよ。ほら、か弱いねずみも、火から逃げる時は穴を掘って隠れるなんて言うじゃありませんか。どんな方法でも自分の身を守る方法は、必ずあるはずです。
いいですか?私はいつでもあなたたちを見守っています。どんなに遠く離れていたとしても。さようなら、我が甥よ。無事にまた会えることを毎日祈っています」
ダルマの化身とも言われるヴィドゥラの目をしっかりと見返し、深くユディシュティラは頷きました。
「はい、必ずやまたおじさんの元へ戻って参ります」
“パーンダヴァたちが、ハスティナープラを出て、
ヴァラナーヴァータに行くらしい。”
噂は風のように町々へ駆け抜けました。ハスティナープラに住む人々は不吉な予感を感じ、逆にヴァラナーヴァーラタの人々は大喜びしながら、急いでお迎えの準備に取り掛かりました。
王宮前で盛大にお別れのパレードを行ったパーンダヴァ5兄弟は、
母クンティーも連れて、ついにヴァラナーヴァータへと旅立ったのです。
自分の思う通りにいったはずなのに、こうも町が沈んでいるのを目の前にすると、なんとも腹立たしい気持ちのドゥルヨーダナ。
とはいえ、ついにあのパーンダヴァを王宮から追い出したのです。
すぐにシャクニと一緒に練っていた次の作戦を実行にうつすため、
ドゥルヨーダナは大臣を務めるうちの一人、プローチャナを呼び出しました。
ドゥルヨーダナは、人気のないことを確認してから、
「お前は父上の補佐をしているのだから、俺の言うこともきくよな?」
と睨みつけました。
「はい。もちろんでございます」
「よし、いいか、お前はすぐにここをたち、ヴァラナーヴァータへ向かうのだ。そこで、パーンダヴァ達がすむ宮殿を建てろ。王子が住むにふさわしい素晴らしい建物をな」
そこでドゥルヨーダナはにやりと笑います。
「けれども、それは全て燃えやすいものを使うのさ。
火が付きやすい素材を使って、でもそうとバレないように工夫を施すのだ。
そして、そこに住んだあいつらがすっかりその宮殿に慣れて、ぐっすり眠りこけている間に・・・」
「間に・・・?」
「お前は火をつけるのさ!!」
大きな声で言った後、周りを見渡したドゥルヨーダナは、声を潜めて続けました。
「これはお前にしかできない重要で偉大な仕事だよ。俺はもっともお前を信用している、だからお前に頼むんだ。お前の働きがあれば、あのにくい王子たちを消せる。俺はこの国を父上から継ぎ、もっと立派な国へと成長させてみせる。
そのためにも、お前の力が、本当に大事なんだ」
プロ―チャナはごくりと唾をのみ込みました。もちろん彼の決意は定まっています。
「このような光栄な仕事を賜って、わたくしめは幸せでございます。
必ずや成功させて参ります」
そういうと、大急ぎでプロ―チャナはハスティナープラを出立し、
パーンダヴァ達がすむ宮殿を建てる為大急ぎでヴァラナーヴァ―タへと向かったのでした。
《ガネーシャのひとりごと》
ぐーぐー。