
雪月花生きる灯りを求めて
素敵なお言葉は時を超えて今も心に・・・・・
私は病気につまづいている頃このお言葉にお会いしました。
佐々木閑 花園大学教授 朝日新聞より

生きる力になりました。ありがたいお言葉でしたからいつでも見れますように大事に自分のノートを作り大事にしまっていたものです。このお言葉に生きる力をいただけました私でした。

1[文]園田二郎 [掲載]2012年11月27日
『しあわせは微笑みがつれてくるの』
[掲載]2011年10月21日
素敵なお言葉は生きていく力を下さいました。

心の持ち方で顔つきが変わる本当に私もそう思いました。気をつけましょう。
1[文]園田二郎 [掲載]2012年11月27日
『しあわせは微笑みがつれてくるの』
[掲載]2011年10月21日
東京都調布市の修道会の96歳のカナダ人シスターが、日頃、心がけている気持ちをつづった「しあわせは微笑(ほほえ)みが連れてくるの」(メディアファクトリー刊)が静かな反響を呼び、版を重ねている。 コングレガシオン・ド・ノートルダム修道会のジャンヌ・ボッセさん。1947年、30歳でカナダから来日。修道会設立の福島市の小中高校の音楽教師、調布市の女子大生寮の寮母、北九州市の修道院長をへて、97年から調布の修道会で聖書の勉強会を開いている。 在日65年で初めて書いた本が話題になった。ボッセさんが寮母をしていた時の寮生で、勉強会に参加する蒲田恵里さん(52)が、「いつも新鮮な考えを語ってくださるボッセさんの言葉をみんなに知ってほしい」と勧めた。 蒲田さんが書き留めていた言葉を拾い出し、こめられたボッセさんの思い本の最初の言葉は、「いつも微笑んでいましょう」。蒲田さんによると、ボッセさんに会った人はだれもがほほ笑みが忘れられないという。ボッセさんは、「心の持ち方で顔つきが変わる」「当たり前と思っていることにあらためて感謝する」気持ちがあれば、「顔が輝く」と書いた。 「小さなことにも大きな喜びを見つけましょう」は、一番、いいたかったこと。フランス語の「ル・サンス・ド・レメルヴェイユモン」(ワー不思議って驚く感覚)が大切と書き、生き物、星、食べ物にも宝物のような発見があり、好奇心を持って、暮らしを楽しもうと呼びかける。 「ピンク色のメガネをかけたつもりで」は、楽観的に物を見る勧め。「心に垢(あか)をためないよう、毎日きれいに洗いましょう」とも書いた。 「とげの刺さる思いをしたときが、振り返るチャンス」という言葉は、70代で北九州市の修道院に赴任した体験。「なぜ派遣させられるのかが納得できず、何にも興味がわかなくなった」が、「今まで仕事ができたのは神様の力、まわりの人々のおかげ」と気がつき、「それまでよりも人の苦しみを理解できるようになった」と書く。 89歳で足を手術。90歳でパソコンを覚えた。毎日午後は、カナダの親戚へメール。自分で髪を整え、アイロンがけや掃除も。朝ドラを見て、ミサではオルガンを弾く。「いちばんの罪は食欲」とも書き、和食が大好きで、3時のおやつは、のりをまいたおにぎりだ。 本は最後に、「(人は)生きているかぎり成長し続ける作品」「私もまだまだ旅の途中」と結ぶ。
2 ノーベル文学賞トランストロンメルの俳句詩
[掲載]2011年10月21日
言葉を失うことで手に入れた言葉 今年のノーベル文学賞に決まったスウェーデンの詩人、トーマス・トランストロンメル(80)は、母国で最近は「俳句詩」で知られている。北方の叙情を感じさせる作風で、日本人にも親しみやすい。 20代のときから俳句の定型表現に関心があり、作品を作っていた。正岡子規のことを「死の板にいのちのチョークで書く詩人」と表現したことがある。 1990年に脳卒中で倒れ、右半身の不随と失語症という後遺症をかかえてから、表現が凝縮された俳句詩への傾倒を深めた。逆説的な言い方だが、言葉を失うことで、新しい言葉を手に入れたのだろう。 96年の詩集『悲しみのゴンドラ』は11編の俳句詩を収め、99年にエイコ・デュークの訳でその後の詩も加えて思潮社から刊行された。初版300部で一般読者の目にほとんど触れなかった。11月上旬に重版が出る予定だ。この詩集から3編を紹介する。 「高圧線の幾すじ/凍れる国に絃(げん)を張る/音楽圏の北の涯(は)て」 音楽を愛する人らしい硬質の叙情。 「蘭(らん)の花の窓/すべり過ぎ行く油槽船/月の満ちる夜」 前衛画家の古賀春江を思わせる幻想。 「つがいの蜻蛉(とんぼ)/固く絡んだままの姿/揺らぎ揺らいで飛び去る」 この作品などは日本の俳句に類句がありそうだ。トランストロンメルの俳句詩は、5・7・5の俳句詩型を踏まえて3行詩の形をとっている。1編で完結した作品から、複数の俳句詩を連詩のように組み合わせて豊かなイメージを紡ぎだす作品まである。 04年の詩集『大いなる謎』は45編の俳句詩を収める。18編からなる黙示録のような連詩「鷲(わし)の崖」が、「現代詩手帖(てちょう)」05年9月号でエイコ・デュークの訳により紹介されている。その中のこんな1編は、とりわけ今の日本人の心に響くかもしれない。
本当に素敵で感動いたしました。
小さな器も愛しましょうね?日々お料理も可愛らしく、時には渋くもがコンセプト

雪月花エイコ花💐