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小説『旅と本と〇〇と』マレーシア編 #3 空港パスポート

はじめに

いつ、どこに、誰と、なぜそこに行くのか。
それは旅する数だけあります。
旅は一つの物語であり、旅の面白さだと感じています。
『旅と本と〇〇と』は多くの人が登場し、〇〇にはそれぞれの思いや旅のテーマが入ります。
また、旅している場所がテーマになった本や豆知識が散りばめられています。
舞台になっている場所への興味や、旅に出るきっかけになれば嬉しいです。

『旅と本と〇〇と』より

「ドキドキするね。」
私は職場の同期、美玖、桜子と3年ぶりの成田空港にいる。
出国ロビーの突き抜けるような天井の解放感、
これから日本を出る、自分の国へ帰る人たちが入り混じった空間。
非日常に足を踏み入れ、これから本当に海外に行くんだという実感が湧く。
この日をどれほど待っていたか、、、

大学卒業後、あこがれだった旅行会社に就職した。
旅行で人を幸せにしたい。
旅行業界の厳しさを知って早々と転職した同期も多い中、
私の思いは変わらず誇りをもって働いていた。
しかし、その思いはコロナという予想もできない形で突然崩れる。
緊急事態宣言後、業務ができるかは生活に必要か否かで判断され、
旅行業は真っ先に規制された。
私の仕事は生活に必要ない仕事だったのか、、、
このままコロナが収束しなかったら旅行には行けなくなる。
収束したとしても旅行は必要ないものとして人々に忘れられてしまうのではないか。
そんな不安がつきまとって離れなかった。

「七海、パスポートの有効期限大丈夫だよね?」
手荷物検査を待つ列で、美玖が突然聞いてくる。
海外旅行に行く時は必ず訪問する国のビザやパスポートの条件を確認する必要がある。
私たちが行くマレーシアは下記の条件がある。
・観光や商用目的での90日以内の滞在についてはビザは不要
・入国時にパスポートの有効期限が6ヶ月以上残っている事と帰路(または次の目的地)の航空券の所持
「今更聞かないでよ、大丈夫だよ」と笑いながらも、
再度パスポートの有効期限が6ヶ月以上残っていることを確認する。
無事に手荷物検査を終えた荷物が出てきた。

手荷物にはヴェルデの『八十日間世界一周』が入っている。
主人公たちがさまざまな困難を乗り越えながら80日間で世界一周を目指す小説。
約150年前の小説にも関わらず、現代に読んでもその面白さは変わらない。
今のように飛行機やインターネットがなく、
誰もが気軽に旅行に行けない時代でも、
人はこの本で旅に憧れ、夢を膨らましていたのではないか。
コロナで旅行に行けない状況でも、みんな旅への夢は持ち続けてほしい。
不安に押しつぶされそうになった時に、何度も読んだ本だ。

国内旅行、海外旅行の順に規制は解かれ、
業務が再開できるようになり徐々にお客さんが戻ってきた。
嬉しそうに旅行の相談をするお客様の顔を見るたび、
旅行は忘れられていないことを実感する。
コロナの流行は誰にとっても喜ばしいことではない。
ただ、旅行ができることのありがたさを改めて考えるきっかけになった。
旅行は健康や平和、お金、時間、あらゆる条件が揃わなければできない、幸せなことなのだ。
その分、旅行ができたとき、旅行の経験や思い出は人生を豊かにする。
「日本航空クアラルンプール行き便のお客様はただ今から71番ゲートよりご搭乗いただきます。」
搭乗開始のアナウンスが流れる。
さあ、私に勇気を与えてくれた『八十日間世界一周』と一緒に、
旅行を愛する同期と一緒に、まずは私が旅行の素晴らしさを確かめに行こう。

※本作品は2023年8月に執筆しています。
 マレーシアの入国条件など最新の情報についてはマレーシア政府観光局HPでご確認ください。

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