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オーストラリアでのキャリアインタビュー:美容師

シドニーのレッドファーンに拠点を置く、フリーランス美容師。レッドファーンも気に入っているけど、住むのはボンダイが大好きで、「ボンダイに骨をうずめたい」と、お酒を片手に語る。笑 とにかくお客さん皆に愛されているMiho。


オーストラリア滞在歴は?
ずーーーうっとシドニー。

ボンダイに骨をうずめたい。

(筆者M:ボンダイ愛がすごい!笑笑 私もボンダイとかブロンテとか住んでみた〜い)

他海外の滞在歴は?

英語力は?
渡豪前:無 

あまりにもできない状態で行こうとしていたから、当時のとあるお客さんがそれを見かねて、ガストで中学生レベルの英語を教えてくれたことが。でも、飲み込みはゼロ。

現在:読み書きができない、喋りだけで押す人。会話は可能です。酒とハサミさえあれば。

ビザ取得の経緯は?
ワーホリビザ

→学生ビザ

→永住権

→ボンダイに骨うずめたい

(筆者M:機会があればいつでもボンダイを推してくる、ボンダイラバー笑)

ビザ取得の苦労話はある?
特になし。

ただ、学生ビザにするときお金が無くて、日本に帰って親にお金をねだりには行った。

渡豪前の日本での仕事はどうだった?
札幌にある、大きめの会社の美容室の郊外店で6年ほど働いてた。

おっきい会社だから、セミナーがしょっちゅう。ファックス(古い?)が来る度に、また「今夜セミナーです」の案内なんじゃないかとハラハラしていたほど。今となっては、そのセミナーのおかげで、今ひとりでやっているビジネスにかなり役立っているけど。

地元にあった美容室だったこともあり、地元の友達がみんな来てくれて、特に週末は同窓会のような集まりになって、美容室のスタッフも巻き込んで、いつも楽しくやってた。

その日の最後のお客さんは、大体私にいつもの焼肉屋へ連れて行かれる羽目に。車でしか行けない場所にある焼肉屋だったから、毎回男友達か男性客と。そのため、焼肉屋のマスターからは、彼氏とっかえひっかえの客だと思われていた模様。

そんな具合で、楽しいスタッフやお客さんに恵まれ、最後の美容室の送別会で大泣きしたのは今でも覚えている。


(筆者M:Mihoさん、ボンダイじゃなくても、どこにいても楽しそう。笑)

オーストラリアに来るきっかけは?
友達がワーホリでカナダに行ってるの知って、単純に「かっけー!」と、思って。

親からもちょうど、「あんたお母さんいなくなったら、どうすんの?何もできないのに。餓死するよ。」と言われ、はっとして、「やべーこのままでいかん!」となり、早速ワーホリについて調べてみた。

元々はフランスに憧れていたけど、ワーホリビザはあるにはあるけど、取りにくいと聞く。

次にカナダが候補に上がったけど、ほぼ札幌と気候変わらないと聞く。

じゃあ、オーストラリアかニュージーランド?ニュージーランドよくわからないや?じゃあ、オーストラリアで!11月に行けば、もっかい夏を味わえる!

と、いう消去法でオーストラリアへ。

「色んな国の友達ができたら、かっこいいかなー」なんて思って外国来てみたけど・・・

いざこっちに来て、外国人に声をかけてみても、英語できないとぜんっぜん会話にもならず。

周りの友達からも、「英語ゼロな状態で来て、一体ここに何しに来たの?」なんて言われる始末。

それを機に、悔しさから、とにかく英会話の勉強を必死にした。

ビールを飲んで勢いをつけて、めちゃくちゃな発音の英語でも、妙なコミュニケーションが取れるようになり、どんどん友達もできてきた。

オーストラリアではこれまでどんな仕事を?
⭐️中国系美容室

はじめは日本人経営だと思って入った美容室。入ってみたら、実は中国系だった。

英語が出来なすぎて、めっちゃこき使われて、もはや奴隷状態。

もうひとりだけ働いてる日本人美容師から「このままだと髪も切らせてもらえずに、シャンプーマンで終わっちゃうよ。」と、忠告され、3ヶ月で辞めることに。

今思えば、その美容室で、英語で髪型を聞く方法とか、中国式マッサージも取得できたからよかったなーなんて、振り返っているけど。

⭐️レッドファーンのローカル美容室

またまた日系だと思って行ったら、ローカルのオランダ人のオーナーの美容室。

ただ、ここでは、英語全然できないのに、速攻でお客さん切らせてくれた。なんと、慣れていない、アボリジニの髪も。

日本好きなお客さんが多かったから、自然と会話ができるように。その辺りから、髪を切りながら英語をしゃべるという技を取得しはじめた。

居心地はよかったけど、オーナーの都合で辞めることに。

⭐️シドニー大学の中にあった美容室

前に働いてたところのお客さんからシドニー大学に美容室があると聞いていたので、ある日、急に思い立っていきなりレジュメを持っていった。

その日のうちに面接で、次の日には採用決定。

レッドファーンの居心地があまりにもよく、離れらず、少し場所は変わったけど、今もレッドファーン。(でも、骨はボンダイにうずめたい。笑) (筆者M:でました!笑)

現地の若い子たちと一緒に働いたり、大学生・教授・大学で働いている人たちがお客さんで来たり、自分とは全く違う次元の人と関わレテ、なかなか面白かった。

レッドファーン駅から歩いて大学の方に向かう度に、学生のような気分になれた。

同僚の美容師も出身国がみんな色々で、レバノン人美容師からは中東系の男性スタイルを、カナダ人美容師からは白人女子スタイルを学び、いいバランスで新しいスタイルへのスキルが習得できた。

という訳で、結局こっちで日本の美容室は働いた経験がない。というのも、面接は受けたけど全部落ちて、日系じゃないところが拾ってくれから。笑

一瞬、ジャパレスの「お疲れビール」ってやつに憧れて、ジャパレスで働こうかとした時もあったけど、単純にその時は時給が美容室の方がよかったからやめた。笑

美容師として独立をしたきっかけは?
最後に働いたシドニー大学内の美容室での経験がきっかけ。

そこで、オーナーが給料関係で色々やらかして。(変な契約書にサインするまで、「このバックルームから出さないぞー」と、ガタイいいオーナーに言われたことも。笑)

(筆者M:ひょえー!皆さんにも、万一こういうことがあれば、なるべく確固たる証拠を残して、fairworksにしっかり伝えましょう。この記事で、連絡先など軽くまとめていまーす。)

前々から独立してやってみたいなと思っていたので、ちょうどいいタイミングなのかもと思い、たった2週間で準備し始めた。

自分が独立したら、どれだけの人が付いてきてくれるのか、どれだけ広げれるのか知りたかった。

今どんな感じでフリーランス美容師してるの?
レッドファーン駅前にあるサロンの一部の椅子とシャンプー台を借りてやっている。

基本完全予約制で、お客さんの管理などアドミンも全て私が自分で。

間借りさせてもらっているサロンのお客さんはサロンのお客さん。通りすがりの人も皆サロンのお客さん。

「水曜日から土曜日のみ」、という日本人美容師から見ると怠けた営業している状況。とはいえ、どうしてもその曜日に合わなかったり、小さな子供がいて出張希望だったら、別の曜日もやっている。という訳で、なんだかんだほぼ毎日働いている。笑 でも楽しいからOK!

お客さんの比率はは大体こんな感じかな。

・日本人:40%〜50%くらい(紹介してくれる方が多い)

・あとは、オーストラリア人、ヨーロッパ人、中国人、インドネシア、タイ、ベトナム、などなどバラバラ。(中国人のお客さんも紹介がすごく多い!)

日本人のお客さんははビザの関係でいなくなる人も多いけど、紹介で次にも繋がっていく。こっちにずっと住んでいるお客さんは、1度気にいると美容師を変えない方が多く、ずーっと来てくれている人が多い。中には10年くらい通ってくれている人も。私も彼らの生活の一部になってるみたい。笑

ご趣味は?
趣味といえる趣味はないかな。飽きっぽいので。

奇跡的に続いてるのが美容師。笑

あえて言うなら、ビール?

酒好きに悪い人はいない!と、よく言う。

あと、自分が今置かれている状況がラッキーなことに、色んな人と関わることができるため、たまに、ミホスタイルママ会やったり、ミホスタイル合コンやったり、ミホスタイルパーティやったり。

自然と、誰と誰が合いそうって分かるようになり、自分のお客さんとお客さんをつなげるのも楽しみの一つに。

(筆者M:私も先日参加させてもらい、Mihoさんのおかけで、楽しい時間と、いい人脈が増えました〜!)

今後の展望は?
いつか、美容室兼スナックをやりたい!

酒と人が好きだから!

もし渡豪前の自分にアドバイスができるなら、なんて伝えたい?
酒に溺れないように!

あ。今の自分にも伝えた方がいいか。笑

筆者M:これまで3カ国で働き(🇯🇵・🇨🇳・🇦🇺)、オーストラリアでは3社目、就労ビザ取得にも苦労し、人生迷子になって犬グルーミングの学校にも通ったことがあるけど、今は理想の会社でウェブ担当。英語就活のコンサルサービスはこちらまで。


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