静かなるバンド・リーダーの交代劇 前編
ちょっとアプローチを変えたアルバム・レビューをお届けします。第1回はThe Doobie BrothersのLivin’ on the Fault Line(邦題:運命の掟)。
バンドの転換期を決定づけたこの作品を、ちょっとした寓話形式を交えて論じます。バンドと関係ない話で始まりますが、後々話が繋がる様になっています。
なお、全体が長くなってしまったため、前後編の2回に分けお送りします。
1. とあるイタリアン・レストランの決断
2. バンド存続を賭けたレシピとは
名実ともにThe Doobie Brothersの顔であったトム・ジョンストン。その彼が突然の病に倒れツアーを降板してしまった。窮地に陥ったバンドだったが、それを救ったのは当初サポートで参加した新メンバーのマイク・マクドナルド。
ラジオから流れて来ればすぐさま耳を捉える圧倒的な声の持ち主であり、作曲家としても優れた逸材だった。
そんな彼のボーカルを看板にしてバンドはスタイルを大胆に変えてしまった。
レストランに例えるなら、シェフの交代で売り物だった料理がポークカツレツからローストビーフに変わったようなもの。
じゃあ合わせて他の料理のラインナップも見直しましょうか?副シェフ(パトリック・シモンズ)は新メニュー開拓に意欲的だし、中途採用のスタッフ(ジェフ・バクスター)は元々そちら方面で修行した凄腕だ。
実は前任シェフの路線に行き詰まりを感じていた古参スタッフ(タイラン・ポーター)も乗り気だった。当初シェフの交代に難色を示したオーナー(テッド・テンプルマン)の同意も取り付けた。
元からあった音楽要素の配合を変え、ノーザン・ソウル寄りのスマートさを。前リーダーが担ったブルース要素の代わりに新リーダーが得意とするゴスペル、R&Bスタイルを前面に。
サウンドの鍵はマイクの弾く鍵盤のテンション・ノートを効かせたハーモニーだ。ならば荒々しいギター・サウンドの代わりに鍵盤と響き合うR&B、ジャズ的なギター・プレイを加えよう。
こうしたサウンドの変化はこの時期アメリカで台頭しつつあった音楽の潮流、当時の呼び方に倣えばクロスオーバーへの意識的な接近だった。後にはAORと呼ばれる様になるジャンル、台頭著しいBoz Scaggs, Steely Danなどと近似する個性への転身だった。
3. 時代の潮流に乗って
新路線の第一弾となるアルバム Takin' It To the Streets は、従来のファンを戸惑わせながらもミリオン達成の成果を上げた。マイクの手になるタイトル曲も全米13位を記録するシングル・ヒットとなり、彼は名実共にバンドの救世主となった。
こうして急場を凌ぐ以上の成功を収めたバンドだったが、続くアルバムでマイクを中心にした新路線の継続か、トムが復帰して従来のロックン・ロール路線に戻るのか、が注目された。
だが、その決着は意外な形で着く。続く新作のセッションに参加したトム・ジョンストンだったが、結局は自作曲を取り下げて脱退を決意したのだった。
前編はここまでになります。肝心のLivin’ on the Fault Lineまで話が進んでいませんが、後編もそう間を置かずに公開しますので、どうぞお楽しみに!