『成仏(フィナーレ)は劇場で』第2話(全6話)
2. 藤川家・リビング
歌手子が帰ってくる。待っていたのは、
姉の藤川あゆみ(28)。水商売っぽい
格好。
歌手子「ただいま。ごめん遅くなって」
あゆみ「予備校は6時まででしょ。店あける
前に帰って来てよ」
歌手子「ごめん…」
あゆみ「明日の午前中、水道の工事が来るか
ら立ち会いお願い」
歌手子「え、明日は…」
あゆみ「私は朝までお店だから無理なの。お
願い」
歌手子「わかった…」
あゆみ「予備校はちゃんと行ってね。じゃよ
ろしく」
あゆみそのまま行っちゃう。歌手子、
しょげる。
3. 廃劇場・翌朝
村松とイオリが座り込んでる。
村 松「なんで来ないんだ」
イオリ「もうお昼だね。おなかすいた」
村 松「すくわけないだろ、幽霊なんだから」
イオリ「あんたと一緒にしないで。私は単な
る地縛霊じゃないの」
足音をたてて歌手子がやってくる。血
の気が多い感じ。
歌手子「おはようございます。遅れてすいま
せん」
村 松「遅かったな、藤あゆの妹」
歌手子「え、どうしてそれを…」
村 松「電話の画面」
歌手子「そうですか…知られたくなかったな」
イオリ「どうして?」
歌手子「七光りっていうじゃないですか」
村 松「それは親だろ」
歌手子「姉も一緒ですよ。まぁ、光ってない
けど、わたし」
村 松「でも血統はいいってことだ。あとは
特訓だな」
イオリ「それより、よく来たね」
歌手子「あらためまして。藤川歌手子です。
よろしくお願いします」
村 松「かしゅ…こ?」
歌手子「歌手の子で、歌手子です」
村 松「じゃもしかして藤あゆは…」
歌手子「姉の本名は藤川歌手美です」
村 松「親どうかしてるだろそれ」
歌手子「そうですね…どうかしてると思いま
す。いなくなっちゃったし」
村 松「そうなのか。すまん…」
歌手子「ふざけた名前の姉妹ですよ、ほんと
に…」
イオリ「かわいい名前じゃん」
歌手子「そんなことないです」
村 松「かわいくてもかわいくなくてもどっ
ちでもええわ!とっとと特訓始めるぞ!」
イオリ「うぇい。オッサン、何からやる?」
村 松「まず、お前の実力を見せてもらおう」
イオリ「そもそも審査って何すんの?」
村 松「たしかに。なんだ?ホン読み?」
歌手子「はい。台本の一部をもらっていて…
(簡易台本を床に広げる)これです。それを
実際やってみせるのがメインで、あとは歌
って聞いてます」
イオリ「ダンスないじゃん」
村 松「本番ではあるんだよ。どれどれ…
(座って二つの台本をのぞき読む)女王の
ラスト口上と、歌か…俺のときと同じだな」
歌手子「やっぱり、村松さんも、受けたこと
あったんですか」
村 松「ある」
歌手子「それは生前…」
村 松「当然だろ」
歌手子「結果は…」
村 松「聞けぬままこの世を去ったのさ」
イオリ「どこまでほんとかわからないけど」
村 松「ほんとだよ。いい線いってたはずだ」
歌手子「そうなんですね…」
村 松「とりあえず、アホウドリは忘れて、
狙うは女王だ。台本の、ここやってみろ」
歌手子「いきなりですか」
村 松「ああ。実力を見るぞ」
歌手子「…わかりました」
歌手子、簡易台本を持って立ち上がっ
て、ぎこちなく演じはじめる。
歌手子「い、いいえ、終わりなものですかー。
まだ終わりでは、ありませんー。さあ行く
のですイザベラー。二度と戻ってはなりま
せんー」
絶望的にヘタクソである。絶句する村
松とイオリ。
村 松「これは…やばいかもしれない」
歌手子「すいません…」
村 松「お前がオーディション受かってくれ
ないと話にならんからな…なんとかしない
と。発声練習からやるか…歌手子、今から
おれがやること、マネしてみろ」
歌手子「はい…」
村 松「あいうえお!いうえおあ!うえあお
い!えおあいう!おあいうえ!はい!」
歌手子「あいうえお…いうえお…」
村 松「全っ然!だめ!腹から声が出てな
い!もう1回!」
歌手子「あいうえお…」
村 松「ダメダメ!腹から声出せ腹から!
あ!い!う!え!お!」
歌手子「あ!い!う!…」
村 松「(遮って)もういい。じっとしてろ」
歌手子「へ?」
村 松「目つむれ」
歌手子「変なことしないでくださいよ?」
村 松「黙ってつむれ!」
歌手子、目つむる。
村松、歌手子の体に乗り移る。
村 松「目開けていいぞ」
歌手子、目開ける。歌手子が出す声に、
村松の声が重なってしまう。
歌と村「あれ、村松さんは…え!声が!嘘!」
村 松「ここだ」
歌と村「えっ?」
村 松「お前に乗り移った」
歌と村「うそー!」
村 松「うそじゃない。体動かないだろ」
歌と村「ほんとだ…」
村 松「ほれ」
村松の動きは、歌手子の動きになる。
村松は歌手子の手で歌手子の頭を叩い
たりして遊ぶ。
歌と村「ちょっと!やめてください!」
村 松「はっはっは。んじゃ、やるぞ」
歌と村「あいうえお!いうえおあ!うえあお
い!えおあいう!おあいうえ!」
村松にシンクロして、歌手子もいい声
が出る。
歌と村「…すごい」
村 松「腹から声を出すってのは、こういう
ことだ。まだいくぞ」
歌と村「東京特許許可局許可局長の許可!」
村 松「こういう基礎は毎日やっとけ」
歌と村「はい…」
村 松「じゃ次、セリフ」
歌と村「いいえ、終わりなものですか!まだ
終わりではありません!さあ行くのですイ
ザベラ!そして二度とここに戻ってはなり
ませんー!」
言い切って、村松は歌手子から出る。
村 松「わかったか。こんな基礎もできてな
くて、女王役は勤まらんぞ」
歌手子「あの…アホウドリじゃ、だめなんで
すかね…女王はまりあちゃんで決まってる
ような気がするんですけど…」
村 松「だめだ!女王じゃなきゃ特訓しない
ぞ。第一俺は女王しかできん」
歌手子「わかりました…」
村 松「じゃあ次は、踊ってみるか。イオリ!」
イオリ「うぇい」
歌手子「よろしくお願いします」
イオリ「じゃー、まず自由に踊ってみよっか」
歌手子「自由に、ですか」
イオリ「頭の中で音楽鳴らして…こんな風に」
イオリ、その場でささっと踊る。それ
はすごいイケてる。
歌手子「すごい…」
村 松「死ぬ前はダンサーだからな。当然だ」
イオリ「今でもダンサーだから」
歌手子「イオリさんも、亡くなってるんです
か?あの世の公務員ていうのは…」
イオリ「天使も基本、元人間なのよ」
村 松「なーにが天使だ」
イオリ「うっさい!はい、レッスンするよ。
歌手子ちゃんやってみて。5、6、7、8(手
拍子を始める)」
歌手子、踊ってみるが…絶望的にダサ
い。まったくダメである。
村 松「こりゃダメだ」
イオリ「黙ってて」
歌手子「せめて音楽かけちゃダメですか」
イオリ「いいけどここラジカセないんだよね」
歌手子「ラジカセ?」
イオリ「え、ラジカセはラジカセだよ」
歌手子「イオリさん、亡くなられたのって、
いつですか?」
イオリ「97年」
村 松「モー娘。のオーディションでいい線
いってたんだよな」
イオリ「やめて」
歌手子「そうなんですね…やっぱりそれが未
練で…」
イオリ「違う違う!って死人の過去を普通に
エグるのやめてくんない?」
歌手子「すいません…」
村 松「生きてたらもうオバサンだ」
イオリ「うっさいなぁ。死んでるんだからい
いでしょ。で、ラジカセないけど!」
歌手子「ちょっと待ってください」
歌手子はスマホで音楽を流す。
関心するイオリ。
イオリ「音楽も流せるんだ。でもそれCD入ら
なくない?MD?」
歌手子「YouTubeです」
イオリ「ゆーちゅーぶ?」
村 松「あ、昨日おれが浅井が出てる番組見
たのもなんかそんなのだった気がする」
歌手子「いろんな動画がのってるサイトなん
です。たぶんおふたりが亡くなったあとで
すね、出てきたの…」
イオリ「すごーい。もしかして、○○の「×
×」って曲、あったりする?」
歌手子「ちょっと待ってください。あ、PVが
ありました」
歌手子のスマホから○○の「××」が
流れてくる。
イオリ「うわ…懐かしい」
歌手子「そっか…ここって、音楽聴けないで
すもんね」
イオリ、音楽に合わせて踊り出す。
キレッキレのイケてるダンス。
イオリ「ほら、一緒に踊ろ。教えるから」
イオリ、歌手子に乗り移る。簡単なス
テップに切り替えて、歌手子の体を動
かすイオリ。二人の動きはシンクロし
て、そこそこいい感じに踊れている。
曲が流れ終わり、イオリは歌手子から
出る。歌手子はすっかり息切れ。
イオリ「こんな感じ。基礎中の基礎だけど」
歌手子「いえ、こちらこそ…なんか、気持ち
いいですね、踊るって」
村 松「はい次は歌!なんか歌ってみろ。歌
は得意なんだろ?」
歌手子「はい…ピアノ借りてもいいですか」
村 松「どーぞどーぞ」
歌手子、ピアノの席につく。
歌手子「では、いきます」
歌手子、ピアノ弾き語りを始める。。
歌手子 ♪街灯のあかりが町を包み
光が粒になって流れてゆく
帰りの切符はポケットの中
夜行列車に揺られ揺られ
君のもとへ
君のもとへ
小さな頃から憧れていた
たくさんの人に愛されること
何もできないわたしがただひとつ
褒められることは、ほら
こうやって歌うこと
うたを歌うこと
想いを込めたの
いつか届くように
心を込めたの
歌手子「…こんな、感じです」
思わず拍手する村松とイオリ。
村 松「いまの、お前がつくった曲?」
歌手子「はい」
村 松「まじか!なかなか…というか、よか
った。すごくよかった」
イオリ「(半泣き)すごくよかったどころじゃ
ないよ!すごくよかったよ!」
村 松「さすが、藤川あゆみの…」
イオリ「(ひっぱたく)オッサン!」
村 松「いて!ああ、すまん…とにかく、お
前、歌はいけそうだな」
イオリ「そうだよ、絶対いけるよ!オーディ
ションもいいけど、それで一発かました
ら、絶対歌でやってった方がいいよ!レコ
ード会社にデモ送ったりさ、やってみなよ」
村 松「そうだな。ゆーちゅーぶにのせたり
すればいいんじゃないか?」
歌手子「それは全部、もうやったんです」
村 松「あら」
歌手子「ほんとは、歌でいきたいんです。デ
モも送りましたし、渋谷で歌ったり。
YouTubeもニコ動もチャンネルあるんで
す。でも、全然ダメで。レリゴーを歌った
動画だけは、再生回数のびましたけど、自
分の歌の方は…」
村 松「れりごー?」
歌手子「ああ…まぁ、ちょっと前にはやった
曲です。そういうのは、ウケがいいんです
よ。みんな知ってるから。でも私はどうし
ても、自分でつくった歌を聴いてもらいた
くて。だから、このオーディションに受か
って、私の歌もちょっとは注目されたらい
いなぁなんて。調子いい話か…腹黒いって
いうか、甘いですね、私。嫌になっちゃう」
村 松「なるほどな。それでこんな芝居もダ
ンスも下手なのにオーディションに応募し
たわけだ」
歌手子「だから、特訓してもらえるのは、ほ
んとにありがたいんです」
イオリ「なんか、ごめんね。軽はずみに歌手
やればーなんて。っていうか、元はといえ
ばオッサンが成仏するために私たちがいろ
いろ巻き込んでるのに」
歌手子「いえ、それより久しぶりに人に歌聴
いてもらえて…ありがとうございます」
イオリ「私はすごいイイと思ったよ。ねぇオ
ッサン」
村 松「まぁそうだな。ちょっと、びっくり
した。オーディションでも歌った方がいい
と思うぞ。トニー浅井に聞かせてやれ。お
前の歌を」
歌手子「はい!」
村 松「あと、おれが教えた芝居を」
歌手子「はい!」
イオリ「…わたしは?」
村 松「ああ、そうね」
イオリ「ひどい!」
村 松「とにかく、今日からおれたちはチー
ムだ。歌手子、生きてるのはお前だけだが、
3人で絶対に女王役をつかむぞ!」
歌手子「はい!」
〜第3話につづく〜
※作中の歌詞はやまだゆりこさん(https://osakana-yurico.jimdofree.com/)によるものです。