『成仏(フィナーレ)は劇場で』第5話(全6話)
19. 合宿稽古場
トニーとまりあと歌手子が稽古終える。
トニー「よし。いよいよ明日はプレビュー公
演だ。今日までの稽古を体に叩き込んで、
よろしくな」
歌手子「はい!」
まりあ「はい!」
歌手子、まりあに声かける。
歌手子「まりあ」
まりあ「なによ」
歌手子「いろいろ付き合ってくれて、ありがとう」
まりあ「あんたのためじゃないから。この舞
台が成功しないと、困るのは私なの」
歌手子「そうね。ごめん」
まりあ「それに…共演者は、最後まで付き合
うもん、でしょ」
歌手子「ありがとう」
まりあ、去り際に
まりあ「明日ね」
歌手子「うん、明日」
20. 廃劇場
翌朝。歌手子がやってくる。工事情報
的な張り紙を見て驚く歌手子。
歌手子「嘘でしょ…」
地下に降りて行く。キープアウト的な
テープが貼られている。
歌手子「村松さん!イオリさん!」
村松、イオリが出てくる。
村 松「おお、歌手子!お前今日本番じゃね
ぇのかよ?」
歌手子「劇場行く前によってみたんですよ、
挨拶したくて。それよりどういうことです
か?取り壊しって…しかも明日じゃないで
すか」
村 松「トニーだよ」
歌手子「ええ!?」
村 松「あいつが取り壊すんだ。ホストクラ
ブでもつくるんだろ。見損なったぜトニー」
歌手子「そんな話聞いてないですよ」
村 松「舞台の演者に相談するわけないだろ」
歌手子「でも…取り壊されたら、おふたりは
どうなっちゃうんですか」
村 松「成仏できなきゃ悪霊化だ」
歌手子「そんな…」
村 松「けど、今さらお前にのりうつるわけ
にもいかねぇしな。イザベラ役、稽古して
ねぇし。諦めたよ」
イオリ「トニーさんとはうまくいったの?」
歌手子「はい…。いろいろ聞きましたよ、村
松さんとの昔のこと…」
村 松「何聞いたか知らねぇが、今のあいつ
はもう昔のあいつじゃねぇ」
歌手子「そんなことないですよ!村松さん、
なんとか今日の公演が終わるまで生き延び
てください」
村 松「もう死んでるから無理」
歌手子「じゃあ死にのびてください」
村 松「なんじゃそりゃ」
歌手子「公演終わったら、トニーさんをつれ
てきます。それで、私にのりうつって説得
すれば…」
村 松「いいんだよ。もう話したくもねぇ」
歌手子「でも…」
村 松「いいったらいいんだよ!お前は本番
をがんばれ。な。最後にお前と会えて、楽
しかったぜ」
歌手子「そんな…」
村 松「いけ!お前が死んだらあの世で会おうぜ」
イオリ「行きな、歌手子ちゃん」
歌手子「いろいろ教えていただいて、ほんと
にありがとうございました!」
村 松「やりきれよ、イザベラ」
歌手子「はい」
村 松「じゃあな」
歌手子、深くお辞儀して劇場を出て行く。
イオリ「なにかっこつけてんのよ」
村 松「うるせぇ」
イオリ「どうすんのよ。答えは出たの?」
村 松「どうだかな。2週間考えたけど…何
が無念かはよくわかんねぇ。トニーもあん
なんだし、舞台にも立てねぇし」
イオリ「じゃあどうするの」
村 松「だがな。ここがつぶされる前に何す
るかじゃねぇんだ、おれが死ぬ前に、って
いうか、おれがおれじゃなくなる前に、な
にがしたいかはわかった」
イオリ「なに」
村 松「おれはこの劇場を守る」
イオリ「は?」
村 松「わかったんだよ。おれの舞台は、こ
こなんだ。生涯パッとしなかったけど、こ
こが残ればこの世に未練はねぇ。おれはお
れの舞台で、おれの芝居で、この劇場を守
る。よりによってトニーに潰されるなんて
ごめんだ。工事は中止させてやる。ぶっつ
ぶされてお陀仏するかこの劇場を守って成
仏するか、イチかバチかだ」
イオリ「わかったけど、どうやって守るの」
村 松「ふふふ…おれ、感情が高ぶると…どうなるんだっけ?」
イオリ「オッサンまさか…」
村 松「ポルターガイストだ!」
21. プレビュー公演の劇場ロビー
うつむく歌手子のところに、姉あゆみ
があらわれる。
歌手子「お姉ちゃん…」
あゆみ「(招待券的なものを見せて)トニー浅
井からの招待は断るわけにはいかないから」
歌手子「トニーさんが…」
トニーがやってくる。
トニー「どうも」
歌手子「妹をよろしくお願いします」
トニー「こちらこそ、お預かりします」
あゆみ「じゃあ。見てるから」
歌手子「ありがとう」
あゆみ、去る。
歌手子「トニーさん、お話が…」
トニー「本番始まるぞ。姉貴に見せてやれ、
妹の晴れの舞台」
トニー、行ってしまう。
歌手子「はい…」
22. 廃劇場/プレビュー公演の劇場
まずは廃劇場。
建築業者が入ってくる。
あちこちを破壊し始める。
村 松「おれの感情が一番高ぶるのは、やっ
ぱりこれだ。いくぜ、歌手子のイザベラと、
オレの女王、場所を超えた共演だ」
プレビュー公演の劇場。
幕があいて拍手。
歌手子が舞台に立っている。
※以後、舞台のカミテとシモテで場所を超えた同時進行。
村松の女王マゼンタ役と、歌手子のイザベラ役。
歌手子「なぜだ!なぜそうしてまで!」
村 松「私はここで生まれ、ここで育った!
ここの仲間を守るのは女王のつとめ!」
歌手子「こんな牢屋みたいな場所で…なにが
王国だ!お前はこの鳥小屋の中で、えらそ
うにしているだけじゃないか!」
村 松「この鳥小屋が嫌なら出てゆくがよ
い。イザベラ、お前を許します。お前なら、
どこへでも飛んで行けるでしょう。さあ、
行くのです、その翼を広げて!」
歌手子「無理だ!もう終わりだ!終わりなん
だ!ここも、私たちも!」
廃劇場側では、工事の音とともに建築
業者がガンガンものを壊している。
イオリ「オッサン!無理だよ!諦めな!」
工事の音が引いて行く。
村 松「いいえ、終わりなものですか!」
そのとき、建築業者が吹っ飛ぶ。
業 者「うわ!なんだ!物が勝手に…!」
地鳴りが始まる。
村 松「まだ終わりではありません!さあ行
くのですイザベラ!二度と戻ってはなりま
せん!」
建築業者たちが吹っ飛ばされまくる。
業 者「うわあああああ!」
歌手子「こんな姿でどう生きて行けと!」
村 松「それでは私の飾り羽をあげましょう
(羽をちぎる芝居)。私には、いつでも飛ん
で行けるだけの翼があれば、飾りなんてい
らぬ!」
地鳴りがすごい中、
業 者「中止!中止!いったん作業中止!
全員退避!」
建築業者たちが撤退していく。翼を広
げて羽ばたくようなダンスをするイオ
リ。冒頭と同じく、めっちゃうまい。
踊りながらイオリ、テンション上がる。
イオリ「うおー!オッサン!やりやがった
よ!すげー!」
歌手子、歌のパートに移っている。
以下、歌手子の歌と村松の芝居、イオ
リの羽ばたきダンスの同時進行。
歌手子♪孔雀の女王になりそびれ
痛み傷ついたこの翼
それでも私は空を飛ぶ
私は私の空を飛ぶ
私を支配できるのは
この世で私ひとりだけ
孔雀の女王になりそびれ
大きくもないこの翼
とうに抜け落ちた飾り羽
それでも行きたい場所がある
私の居場所はどこにある
孔雀の女王になりそびれ
見たことのない空を飛ぶ
私は私の空を飛ぶ
この命尽き果てるまで
村 松「(以下のセリフを言っている芝居なの
だが、声にはなっていない。観客には、歌
手子の歌だけが聴こえている)みなのも
の!さあ続くのです!自由という名の大空
へ!自分の力で羽ばたいて行くのです!つ
いて来なさい!この孔雀の女王、マゼンタ
の導きに!」
ラストシーンが終わると、静寂。建築
業者もいない。やりきった村松とイオ
リだけがいる。
プレビュー公演の劇場では、歌手子が
お辞儀をしている。拍手喝采。
村松、天を見上げて、
村 松「どうだトニー、歌手子…おれはまだ
…終わってねぇぞ…」
ぶっ倒れる。イオリかけよる。
イオリ「オッサン!」
23. プレビュー公演の劇場
トニーが電話している。
トニー「いったん中止って…。わかりました。
でも僕はいま公演期間なので、終わったら
直接見に行きます」
トニーにかけよる歌手子。
歌手子「トニーさん!」
トニー「おお。お疲れさん。今日は…」
歌手子「トニーさん!あの劇場…壊しちゃだ
めです」
トニー「あの劇場…ああ、なんでお前が知っ
てるんだ」
歌手子「とにかくダメです!あの劇場がなか
ったら、私…」
トニー「なにがあったんだ。それに、劇場は
たぶんまだ残ってるぞ。怪現象が起きて、
工事がいったん中止になったらしいから
な」
歌手子、驚いて走り出す。追うトニー。
トニー「藤川!」
〜最終話へつづく〜